第41話 八つ当たりですが、なにか?
ガタゴトガタゴト……。
街道を進む馬車の車輪が騒々しい音を響かせる。
といっても、さすがは公爵家の馬車。音のわりには振動も少なく、乗り心地は悪くない。
が、俺はそれを楽しむ精神的な余裕は無いんだけど。
「はぁ~~~……」
箱馬車の小さな窓から見える景色をぼんやりと眺めながら溜め息を吐く。
「辛気くさいなぁ。まぁ、気持ちはわかるけど」
対面に座るリスランテが呆れたように苦笑を浮かべている。
いつもなら文句のひとつでも返すところだけど、今の俺はとてもそんな気分になれない。
「けっこういい線いってたと思うんだけどな。でも、あんなに怯えられたんじゃ嫁に来てほしいなんて言えないよなぁ」
「それでもフォーがどうしてもって言えば、あれだけ恩を受けたボッシュ男爵が断るとは思えないけど? それに、今はフォーがイメージと違いすぎて戸惑っててもしばらく暮らせば慣れるかもしれないよ」
俺が独り言のように呟くと、リスは揶揄い混じりにそんなことを言ってくる。
「それじゃ俺が向こうの弱みにつけ込んで無理矢理サリーフェ嬢をモノにしたみたいじゃんか。あの決闘仕掛けてきたバカ貴族と同じになりたくないっての。それにそんな悲壮な覚悟で嫁に来る令嬢と穏やかな生活をできる気がしない。おれは結婚したらイチャイチャして過ごしたいんだ!」
言ってて泣きたくなってきた。
このやり取りでわかるだろうけど、サリーフェ嬢にレスタール領を見てもらって少しでも悪いイメージを払拭し、それから嫁入りを打診するという作戦は見事に失敗した。
原因は俺が狩りの時の戦う姿を見せたことで怯えさせてしまったこと。
翌日になって多少落ち着いた様子を見せていたサリーフェ嬢だったけど、俺と目が合うたびにビクッと肩を震わせたり、先日まで見せていた気安い態度はどこかよそよそしいものに変わってしまった。
俺はなんとか彼女の気持ちを和らげようと明るい話を振ってみたり、街の案内を再開しようとしてみたのだけど、サリーフェ嬢はぎこちない笑みを浮かべるだけだった。
そんな孫娘の態度に、ボッシュ前男爵も取りなそうとしてくれてはいたようだけど、こればっかりは彼女の感情の問題なのでどうしようもない。
それに、俺も顔を合わせるたびに怯えられてしまっては、それ以上距離を詰める気にならず彼女をレスタールに迎えるのは諦めることにしたのだ。
俺がサリーフェ嬢をレスタール領に招待した目的を察していたボッシュ前男爵はしきりに詫びてきたんだが、もちろんこれは彼に責任があることじゃないし、サリーフェ嬢が悪いわけでもない。
そんなわけで、ボッシュ前男爵とサリーフェ嬢は我がレスタール領の兵士が護衛しつつ自領までお帰りいただくことになった。
もちろん俺の招待でこんな辺境までわざわざ足を運ばせたのだからと、できる限りのお土産は用意して、うちの荷車で責任持って送り届ける。
「本当に君は人が良いというか、ねぇ。こんな結果になってもボッシュ男爵家への支援の約束は守るんでしょ?」
「当たり前だろ? 別にサリーフェ嬢の嫁入りを条件にしていたわけじゃないし、勝手に首を突っ込んでおいて思い通りにならなかったからって約束を反故にできるわけないだろ」
「理屈ではまったくその通りだよ。けど、そんな風に考えない貴族は少なくないからね。まぁ、フォーは今のままでいてほしいよ」
例の決闘ふっかけてきたバカ貴族みたいになるくらいなら俺は、ってかレスタール領の連中はいつでも爵位なんてぶん投げて森に引きこもるだろうよ。
「とにかく! いつまでも落ち込んでたってしょうがないよ。帝都に帰ったら学院でまたお嫁さん候補を探すの手伝ってあげるからさ。まずはフォルス公爵領で気晴らししなよ」
「……そう、だな。気を使わせてすまん」
わざとらしく明るい声で発破を掛けるリスに、俺は一度大きく息を吸ってから気持ちを切り替えることにする。
……空元気も元気のうちだ。
いつまでも友人に気を使わせるのはレスタールの男として情けないからな。
「レスタールの領都も興味深かったけどフォルス公爵領のクレスタも結構良いところだよ」
「歴史の講義で習ったけど、帝都より昔から栄えてるんだろ? 一度行ってみたいと思ってたよ」
雰囲気を変えるためだろう、今俺たちが向かっている場所の話題を出してきたので俺もそれに乗っかる。
そう。
予定よりも少し早めにレスタール領を出発した俺たちだが、向かっているのは帝都ではなく、帝都の南側に広がるフォルス公爵の領地なのだ。
サリーフェ嬢が俺に怯えるようになったため、彼女の心身の安定のために予定を切り上げて男爵領に帰って行ったことで日程に余裕ができたのもあるが、一番はレスタール領に来る道中に約束した我が領自慢の馬、馬なのか? デカい荷車を悠々と牽いていたリグムを届けるためだ。
帝国の馬と比べて遙かに大きく、強く、頑丈で、気性の荒いリグムをリスが大層気に入り、譲ってほしいと頼んできた。
俺は日頃からいろいろとリスに世話になっているし、決闘騒ぎの件でフォルス公爵に不本意ながら多少の借りも作ってしまったので、快くリグムを進呈することにしたわけだ。
丁度リグムの子供が生まれて一月ほど経った頃で、飼育している牧場には沢山の子リグムが居た。
普段なら沢山居ても飼育しきれないので乳離れと同時に10数頭を残して他は森に放してしまうのだが、それを知ったリスは放す予定のリグムを全部欲しいと言ってきた。
リグムはとにかくよく食べる。のだが、予定よりも数が多いとはいえせいぜい20数頭の大食らい程度、フォルス公爵家にとっては大した負担にならないらしい。
飼育している狩人にしても、まだ成獣になっていないリグムの子供を森に放しても大半が他の猛獣の餌食になるのがわかっていて、常日頃から可哀想には思っていたらしく代金も見返りも無しで提供してくれた。
当然、帝都の公爵邸で飼える数ではないというわけで、少し回り道をして公爵領に届けることになったのだ。
それに俺も同行させてもらっている。
レスタールの馬車はサリーフェ嬢たちの送迎で使ってしまっているから公爵家の馬車に乗せてもらえるのはありがたい。一日の移動距離は同じでも、帝都まで歩くのは嫌だからな。
レスタールの領都を出発して数日。
公爵領に近づくにつれて街道の道幅は広くなり、地面は整備されて轍や凹凸が少なくなる。
帝国がまだ大陸東岸のフォーレシア王国という名の小国だった頃に婚姻を機に同盟を組んだ国が現在のフォルス公爵家の始まりだ。
フォーレシア王国の南征に合わせて併合され、旧クレスタ王国の王族が公爵に叙されて元々の版図がそのまま領地として認められたって習った。
だから帝国屈指の歴史と、それに相応しい繁栄を今も維持しているらしく、そのおかげで隣接する他の領地も恩恵を受けている。この街道もその現れなのだろう。
「といっても最近は面倒なことも増えているらしいんだけどね」
俺が整った街道を褒めていると、リスが憂い顔で小さな溜め息交じりにそうこぼした。
「面倒?」
俺が問い返すと彼女は心底嫌そうに顔をしかめる。
「帝国の歴史が長くなって、あちこちで統制が緩んできてるみたいなんだ。勝手に税率を上げたりするのもいれば、ろくに統治せずに治安を悪化させたり、無法者を使って違法な取り引きをしたり、ね」
「マジですか」
確かに学院で尊大な態度の貴族令息やボッシュ男爵家に無理難題を押しつけていたテルケル伯爵家みたいなのが蔓延ってる帝国の将来に不安を覚えないでもなかったけど。
「うちの領地周辺でもそんな領主が居て、逃げ出した領民が野盗になったりしてるんだよ。父上も色々と手を打っているけど立場上あまり強権的なことはできないみたいなんだ」
あの厳格な、うちの親父に言わせると口煩い堅物の公爵閣下のことだから確たる証拠を押さえてからじゃないと動けないのだろう。宰相っていうのもある意味不自由なものだ。
「それに、最近の報告だと野盗が妙に組織だってきてるみたいで、巡回の警備兵が負傷することも増えているんだってさ」
これまた随分引っかかることを。
たとえ数が少なかったとしても野盗が警備兵に手を出すことはまず考えられない。
警備兵なんて襲ったところで金銭なんてほとんどもっているわけがないし、相手は訓練された兵士だ。少なからず損害を被るだろうし、仮に首尾良く倒せたとしても討伐部隊を出されて近隣で活動することができなくなる。損しかないのだ。
となると考えられるのはその場さえ凌げれば討伐隊が組まれる前に逃げる自信があるか、それをものともしないくらいの組織力や武力があるか、あるいは帝国自体や領主への怨恨か。
まぁ、長年にわたって周辺国を武力で併呑してきた国だし、ろくでもない領主貴族だって居ることを考えれば恨んでいる個人や組織なんて腐るほど居るだろうから不思議でもないけどさ。
そんな話をしながら街道を進み、フォルス公爵領との領境にさしかかったところで野営となった。
辺境地域以外の場所ではおよそ25~30ライド(約20~24km)、徒歩や荷車で半日程度の距離ごとに共同野営地が整備されていることが多い。その場所は整地され井戸も掘られていて、隊商や行商人、警備兵や軍の遠征などに使われているので、俺たちも利用させてもらっている。
と言っても、帝都から離れるにつれ整地面積が狭くなったり井戸がなかったりしてくるし、辺境地域にはほとんど整備されていないので点在する村などに場所を借りて野営することがほとんどだったりするが基本的に村は街道沿いに作られているのでそれほど不便でもない。
帝都に近づくにつれて商人の行き来も活発になるので、農村に負担を掛けないようにという理由で野営地を整備しているという事情もあるらしいので仕方がないのだ。
閑話休題
領境の野営地はすでに数台の大型荷車の隊商と、それに便乗した行商人の荷車が居たのだが、公爵家の紋章を掲げた馬車を見ると慌てて場所を空けてくれた。
別にリスや公爵家の騎士達が求めたわけじゃないのだけど、商人たちからすれば相手は大領の大貴族だ。変に遠慮すれば逆に落ち着かないだろうということで、申し訳なく思いつつ空いた場所に馬車を駐めて天幕の準備に取りかかる。
公爵家の薫陶行き届いた騎士達の規律正しさは近隣でもよく知られているようで、気を使われつつも商人たちは過剰に怯えたり警戒している様子はない。
むしろ、荷が積まれた馬車に数珠つなぎで歩いているリグムの子供たちを興味深そうに見てくる。
仕草などから子供だと察せられるのに大きさはすでに普通の馬と同等で、見るからに頑健そうな馬のような生き物だ。商人としては興味をそそられるのだろう。
……レスタール領の兵士が定期的に買い出しするときは成獣のリグムが荷を牽いているのだけど、その時は商人は近づいてこないからなぁ。
リスと俺が馬車から降りると隊商を率いている商人がすぐに挨拶に出向いてくる。
「この度は公爵家縁の方とこのような場所でご一緒できる幸運に感謝しております」
「いえ、割り込む形になって申し訳ありませんね。あまり気を使う必要はありませんので普段どおりにしていてください」
「いえいえ、近頃は護衛を増やしても安心できませんから公爵家の騎士様がいらっしゃるだけでなにより心強く思います。後ほどささやかながら差し入れを送らせていただきます」
壮年のがっしりした体格の商人は朗らかに笑みを浮かべながらリスに礼をとる。
その表情と口調には不満や含むところなどは無さそうで、その言葉は本心のものだと思われる。
実際、帝国のあちこちに荷を運ぶ隊商は専属の護衛を抱えているが、人数を増やせば安全が増す分、費用も掛かる。
なのでいくつかの商会が合同で隊商を組んだり、行き先や方向が同じ隊商や行商人と一時的に同行して護衛を確保することも少なくない。
見たところ隊商の護衛は10人ほど。
多分専属契約を結んだ傭兵だろうけど、それほど練度が高いようには見えない。まぁ、腕が立ち信用がおける傭兵は少なく、ほとんどは帝都で店を構えるような大店が抱え込んでしまうので仕方がない。
行商人に至っては護衛無しか居ても一人か二人がせいぜいだ。
そんな中、野営地に来たのが公爵家の正規騎士が10名。
装備も練度も傭兵とは比較にならないし、なにより公爵家の紋章を掲げた馬車を襲うということは帝国屈指の権力者を敵に回すことだ。戦争を起こすつもりでもなければ手を出すなんて考えられない。
つまり一緒に居るだけで安全が確保され、無体を言われる心配もないとなればあの愛想の良さも納得だ。
騎士達によって天幕が張られて野営の準備が整った頃には空も薄暗くなっている。
たき火は商人たちが用意してくれて、香草と塩と酢に浸した布で巻かれた生肉も差し入れてくれた。
数日しか保たない生肉は旅ではなかなか食べられない貴重なもの。騎士が丹念に調べた後にありがたくいただくことになった。
串に刺して直火で焼いただけの肉と焼き固めたパンで腹を満たす。
公爵家といえど野営の食事なんて普通の旅人とそれほど違いはない。いや、保存食の質は全然違うけども。
今回は隊商の商人のおかげで満足な食事だったので感謝に堪えない。美味かった。
周囲を見回すと、公爵家の騎士がいる安心感からか、酒を楽しんでいる商人の姿もチラホラ見える。
が、俺はそれに構わず立ち上がり、馬車に括りつけられている長柄武器を外す。
壊れてしまった戟の代わりに家から持ってきたグレイブと呼ばれる槍先が剣状になった武器だ。いまいち軽くて頼りないけど無いよりはマシ。
「フォー?」
「フォーディルト殿、どうかされましたか」
いきなり鍛錬でも始めるのかと訝しげに聞いてきたリスと、主家の令嬢の眼前で武器を出した俺を険しい目で見る騎士の隊長さん。
「誰か、っていうか30人くらいの集団が近づいてくる。野営目的の商人にしては気配が物騒だぞ」
「なんですと!?」
「フォー、間違いない?」
一瞬で騎士隊長の顔が引き締まる。
んで、当然ながら間違いなんかじゃない。
俺だって生まれたときから魔獣猛獣ひしめく森に暮らす狩人だ。
だだっ広くて近くに集落もない開けた場所なら数百リード離れていても気配くらい察知することができる。ってか、その程度できなきゃ魔境じゃあっという間に魔獣の餌だ。
「狙いはやはり隊商でしょうな。我々が居るとは思わなかったのでしょう」
「それにしても野盗にしては数が多くない? 30人なんて盗賊団でもそうそう無いよ」
普通、野盗はせいぜい5、6人程度、辺境の集落を襲う盗賊団でも20人くらいなものだ。それ以上人数が増えると食い扶持が増えて旨味がなさ過ぎるからな。
それなのに近づいてきているのは30人ほど。
集団を維持するためにはかなり大規模に村や隊商を襲わなければならないはずだ。けど、そんなことをすればすぐに大々的な討伐軍が組まれることになる。
そのはずなのに、公爵家ですらそういった情報は得られていない。
となると、誰か、あるいはどこかの支援があるということになるのだが。
「まぁ、今考えても結論なんて出ないだろ? とにかく一応念のために近づいてくる連中を確認して、野盗ならさっさと片付けることにしよう」
何人かは生かしておいて尋問すれば何かわかるだろ。
その辺は公爵家に丸投げすれば大丈夫、のはず。
「騎士さんたちには商人たちの援護をお願いします。回り込まれて隊商が襲われると申し訳ないので」
いただいたお肉の分は恩を返さなきゃな。
「そ、それは構いませんが、もしやお一人で30人を相手されるおつもりですか?」
3分の1くらいは回り込まれると思うから20人くらいか?
10人なら隊商の護衛と公爵家の騎士で十分対応出来るだろう。
「……なんか、フォー、嬉々としてない?」
「丁度良い憂さ晴らしが向こうから来てくれたんだ。厚意はありがたく受け取るのが礼儀ってもんだろ?」
リスが疑うようにジットリと見てくるので、俺は本音をぶちまける。
結果的に今回もまた婚活が失敗し、気分が落ち込んでいるところに、ぶちのめしても誰も文句を言わない相手が向こうからやってきてくれたんだ。
せいぜい目一杯俺のストレス解消を手伝ってもらおう。
ん?
八つ当たりですが、なにか?




