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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第37話 祭りの前夜

「あの、フォーディルト様、何かあったのですか?」

 広場を後にした俺たちだったが、領主の屋敷に向かって歩いていると困惑したようにサリーフェ嬢が訊ねてきた。

 あ~、これからのことをいろいろ考えてたせいでろくに説明してなかったな。

 案内していた俺が突然難しい顔して戻るなんて言い出したから不安にさせてしまったようだ。

 見ればリスもどことなく心配そうに俺とサリーフェ嬢を見比べている。


「ごめん。ちょっと森に異変というか、問題が発生したから領として対応しなきゃならなくなったので」

 俺はジェスバさんから聞いた森の状況と、今後の対策を説明する。

「周辺の集落から避難って、結構大変な事態じゃないのかい?」

「いや、一応点在してる小規模な村でもそれなりの備えはしてるから滅多なことでは村の中に魔獣が入ってくることは無いんだけど、女性や子供、年寄りなんかの戦えない人が居るから念のための避難だよ」

 

 森に点在している領内の集落は小さな農地はあるもののやはり住んでいるのは狩人たちだ。

 領都の周辺よりも危険な魔獣や猛獣が多い場所に暮らすだけに精強な連中ばかりだし、集落も堀や頑丈な柵に覆われているのでそうそう危険はないのだが、それでもその家族の中には戦えない者も居る。

 だからこうしたイレギュラーなことがあるととりあえず領都に避難してもらうことにしているのだ。


「あの、噂として聞いたのですが、レスタールの森に住む魔獣はとても大きくて危険、時に街を滅ぼすことすらあるとか。その、大丈夫なのですか?」

 サリーフェ嬢が不安そうにしているが無理もない。

 よりにもよって自分と祖父が来ているときに魔獣が近くに来るかもしれないと聞けば恐いだろう。

 ほんの少しでもレスタールの領民や俺のことを心配してくれていたら嬉しいが、さすがにまだそれは望みすぎだろうか。


「さすがに街を滅ぼすとかは大げさですよ。まぁ、デカくて獰猛なんで危ないのは確かですけど」

「話を聞いてるととても安心できないけど、そんな魔獣が近くに来るかもしれないのに狩人たちが盛り上がってたのはどうしてだい?」

 先程の雄叫びのことだろう。

「森の最奥から縄張りを追われて来るってことは、それに押される形で他の、普段はあまり領都に近寄らない森の奥の野獣や魔獣も来るからな。狩人にとっては滅多に食べられない肉や素材が手に入る稼ぎ時なんだよ」

 俺がそう答えると、リスは呆れたような、サリーフェ嬢は複雑な顔を見せた。


 そうこうしているうちに家に到着し、俺はすぐにリスたちをリビングに待たせて、親父が軟禁されているであろう執務室に向かう。

「フォーディルト! ようやく助けに来てくれたのか!」

 山積みになった書類の向こうから、無駄にデカい体を小さくして文官の差し出した書面にサインをしていた親父が救世主を見るような目で俺を迎える。

 が、当然そんなつもりはない。

「違うわ! ってか、どんだけ仕事溜めてるんだよ」

 多分俺が帰ってきたら押しつけるつもりでひと月以上溜めまくっていたんだろう。

 領の行政を支える文官ふたりがむっつりと不機嫌そうに次の書類を用意して親父を急かしているし、母さんは薪割りの斧片手に仁王立ちで絶賛監視中だ。


「まぁ、それより……」

 親父の事情は無視して、ジェスパさんから聞いた状況を説明する。

「明日か明後日には溢れてくるな。よしっ!」

 報告を聞いた親父が喜びに顔を凶悪に歪めながら立ち上がる。が、すぐに母さんに斧の柄を脇腹に突き入れられて悶絶する。

「よし、じゃないよ! アンタは自分の仕事をしな! フォー、悪いけど狩人たちのとりまとめと指揮をしてちょうだい。できるね?」

「わかった。あ、バリーシュとクロアはどうする? そろそろ経験させても良いかと思うけど」

 今回は普段と違い、滅多にない狩人の集団戦。

 絶対に一緒に行きたがって騒ぐであろう弟妹たちを思い出して母さんに聞いてみる。


「あの子たちじゃまだ力不足だから足手まといにしかならないでしょ。でも、一度見学くらいはさせておいた方が良いかもね。駄目だって言ったら勝手に付いていきそうだし」

「了解。ジェスパさんにでも頼んで後方支援の場所で見させるよ」

 俺はそう答え、絶望のあまり可愛くもない涙目で机に突っ伏している親父を横目に執務室を出た。


「え~! 俺たちは参加させてもらえないのかよぉ」

「ずるい! あたしたちだって戦えるよ!」

 どういうわけかリビングで仲良さそうにリスたちと談笑していた、つまりは勉強をサボっていたバリーシュとクロアに母さんから言われたことを伝えると、案の定不満そうに唇を尖らせている。

「今回は普段の狩りと違って他の狩人たちと連携しなきゃ危ないからな。まずは見学してどんな魔獣が、どういう動きをするか、連携の仕方、間合いの取り方なんかをしっかり勉強するんだ。いきなり加わったって邪魔して仲間を危険にさらすことになるんだ。それに、後方ったって野獣が回り込んでくることだってあるし戦う機会はあるぞ」


 現金なもので、俺の言葉に俄然やる気を出す弟妹に一応釘を刺しておく。

「後方支援はジェスパさんに指揮を執ってもらうつもりだけど、ベテラン狩人の指示には絶対に従うこと。反論したくなっても我慢しろ。指示には意味があって、ベテランはその経験と勘を大事にして生き残ってきたんだからな」

「わかったよ」

「ん。言いつけは守る。だから次はわたしたちも参加させて」

 弟妹たちはまだ向こう見ずな子供だが、根っこには狩人の血が息づいている。

 俺の言葉には決して無視しちゃいけないものが込められているのを感じたのだろう。素直に頷いた。


「フォー、僕たちも彼らと一緒に後方で見学させてもらえないかい?」

 話が途切れたのを見計らってリスがそんなことを言い出したので驚いた。

 リスと、それからサリーフェ嬢にも目を向けると、彼女も何かを言いたげに俺の方を見ている。

 好奇心、なのかな?

 まぁ、帝都周辺に暮らしている人が魔獣なんて見る機会はまずないから噂話に聞くだけの存在を見てみたいと思うのは無理もないかもしれない。

 けど、俺の答えは決まっている。


「さすがにそれは駄目だ。バリーシュたちにも言ったが、後方って言っても負傷者が出たときの治療や交代要員が待機しているだけで危険がないわけじゃない。狩人の動き方や空気感が読めないと行動が遅れてかえって危ないからな。周りも」

「そうか。そうだね。僕も人に迷惑を掛けてまでとは思わないから諦めるよ」

 残念そうに肩をすくめるリスの姿に少しばかり罪悪感。

 チラリと見るとサリーフェ嬢もどことなくがっかりしているように感じるし。


「そうだなぁ。北側の城壁の上からなら見るくらいはできるかも。リスは遠見の魔法使えるだろ?」

 俺がそう言うとリスがサリーフェ嬢と顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「もちろん! 水系の魔法は得意だからね。なんだかんだ言ってもフォーは優しいよね」

「ありがとうございます。決して邪魔はしないようにしますので」

 嬉しそうなふたりに、俺は頬を掻きながら小さく笑った。




Side リスランテ


「あっ、邪魔するね」

 リスランテが布を片手に浴室に入ると、先客が居るのに気づいて苦笑気味に挨拶をした。

「あ、いえ、申し訳ありません」

「謝る必要なんてないよ。自由に入って良いって言われてるんだし」

 レスタール辺境伯家の屋敷には領都の近くに湧き出る温泉を引いた浴室がある。

 もちろん屋敷だけでなく、街にはいくつかの公衆浴場があって、誰でも自由に入ることができるようになっているそうだ。

 より正確に言えば、温泉が湧き出ているからこそこの場所を領都として整備したということだ。


「ふぅ~……贅沢な気分だね」

 腰まで湯に浸した状態でリスランテが溜めていた息を吐きつつ微笑むと、サリーフェは少し緊張気味に頷く。

 入浴なのでどちらも肌を晒していて、サリーフェはチラチラとリスランテの肢体を盗み見ながら気まずそうに肩まで湯に浸かる。


「なんというか、不思議な所だよねレスタール領って」

 魔境、辺境のさらに外れの未開の地、蛮族たちが暮らす森。

 帝都だけでなく、帝国の他の領地に住む者達が語るレスタール領はそんな感じのものばかりだ。

 だが、初めて目にするレスタール領は、予想よりもずっと立派な城壁に囲まれて、意外に豊かな生活を送っているように見える。

 

 実際、領都まで訪れる商人たちは多くないので華やかさとはほど遠いが、希少な森の産物は他の地域で高額取引されていて、買い付ける商人は多くの富を築いているし、それらの品の代わりに持ち込まれる布や食料品はかなり大量だ。

 おかげで街は物資に溢れ、貧しい身なりの人はまったく見かけず貧民街も存在しない。

 街の中は森から引き込まれた水が水路を流れ、嫌な臭いも無く清潔だ。

 他領の、比較的経済力のある街と比較してもかなり整っていると言えるだろう。

 もっとも、行き交う男たちは余所から来た商人を除けばむくけつき大男ばかりというのがここがレスタール領であることを明確に突きつけてくるのだが。


「とても、良い所だと思います。確かに狩人の方々はその、迫力がありますけど心根は真っ直ぐですね。貴族の付き合いですと言葉どおりの意味ではないこともありますし」

「あははは、腹の探り合いは疲れるからね。その点、フォーディルトもだけどレスタール領の人たちは素直でわかりやすいから」

 サリーフェの言葉にリスランテは朗らかに笑いながら意味ありげに隣の少女に視線をやる。

 

 高くはないが低過ぎもしない背に、肉付きが良いながらも鍛錬のせいか引き締まるべき部分はしっかりと引き締まり、優しげで見ようによっては儚げにも見える。

 間違いなくフォーディルトの好みに合致するであろう女性だ。

 しかも実家の爵位は低く、それに彼女は次女だ。

 例の決闘騒ぎもあり寄親との関係はあまり良くないので他の高位貴族が口出ししてくることもないだろう。

 何から何までフォーディルトの理想に合致している。


「僕に訊きたいことがあるんじゃないのかな?」

 リスランテがそう言うと、サリーフェの肩が震える。

「僕も帝都以外で腹を探り合うのは面倒だし、サリーフェ嬢が訊きたいのはそんなことじゃないだろう?」

「……あの、リスランテ様はフォーディルト様との関係をどうしようと考えていらっしゃるのでしょう」

 しばしの逡巡の後、意を決したようにサリーフェが訊ねる。


 男爵家の次女でしかない彼女からすれば、帝国きっての名門であり唯一代々公爵の爵位を受け継ぐことが許された家柄の令嬢である。

 謂わば雲の上の存在で、こうして親しく言葉を交わす機会すらまずないはずだ。

 そんな相手に対し、個人的な心情を問いただすなど、怒らせてもおかしくない。

 だがそれでもこのままフォーディルトとの関係が深まる前に確かめなければならないと考えたらしい。


「ん~、難しい質問だね。僕がどうしようと考えたところでいろいろと問題があるからさ。ただ、聞きたいことはわかるからちゃんと答えるよ。僕はフォーディルトのことが好きだし、伴侶にしたいとも思ってる。まぁ、鈍感な彼はまったく気づいていないみたいだけどね」

「…………」

 真っ直ぐな言葉に、サリーフェは困惑したようにリスランテを見返した。

 彼女がフォーディルトに思いを寄せているのなら、サリーフェがレスタール領に来るのを阻止するのは簡単だったはずだ。


 フォーディルト自身、決闘の件を恩に着せて縁談を進めようとしたわけではないし、断っても構わないと言い添えた上で招待してくれた。

 フォルス公爵家からサリーフェの実家に一言でもあればこうして彼女がレスタール領に来ることはなかっただろう。

 それに、これまで特にサリーフェとフォーディルトが親交を深めるのを邪魔される様子はなかったのだ。


 ふと湯船の中で身体を伸ばすリスランテを盗み見る。

 スラリとしてスタイルが良く、胸は大きいとは言えないがそれでも十分に女性らしい美しさをもつ彼女に、同性ながら嫉妬すらおぼえてしまう。

 男装を好み、男性的な口調で話すことに社交界では眉を顰める人も居るとは聞くが、それ以上に聡明さと優美さで憧れる女性が多い。

 フォーディルトもリスランテを信頼しているのが見ていてわかるし、その気安いやり取りはかなりの親密さを感じさせていた。


「勘違いしないで欲しいんだけど、僕は今のところサリーフェ嬢とフォーディルトの仲を邪魔しようとかは考えていないよ」

「そう、なのですか?」

 ますます混乱し、リスランテをマジマジと見返す。

「僕はフォーを困らせるつもりはないんだ。決めるのは彼だからね。なにより嫌われたくないからね」

 何かを堪えているようなその言葉に、サリーフェはリスランテの複雑な心情が垣間見えたように感じられた。


 フォーディルトを想い、彼の幸せを願い、結ばれることを望み、嫌われることを恐れる。

 今回無理を言って同行してきたのも不安の表れなのだろう。

 きっとリスランテはフォーディルトが傷つくと思えば容赦なくサリーフェのことを排除しようとするだろうし、悟られない範囲であればフォーディルトに女性が近づくことも邪魔する。サリーフェにはそう思えた。

 これまで邪魔されなかったのは、リスランテが何かをする前にサリーフェとフォーディルトが出会い、交流を持つことになったからだ。


「僕からも聞いてみようかな。サリーフェ嬢はフォーのことをどう思ってる?」

「……とても良い殿方だと思います。地位を考えなくても、とても気遣ってくださいますし、武威をひけらかすこともないですし」

「そっか」

 サリーフェの言葉に嘘はない。

 辺境伯家嫡男という土台があるにせよ、テルケル伯爵家の横暴から彼女を守ってくれ、ここまでの道中でも常に彼女のことを気遣ってくれていた。

 領都の民とのやり取りを見ても、多くの人から親しみを持たれていて人柄の良さは間違いないと感じていた。


 とはいえ、だからといってすぐにフォーディルトと縁談を結ぶとまでは思い切れていない。

 リスランテとのことも消化しきれていないし、なによりこの厳しい辺境で自分がこれから先の人生を過ごすのには自信と覚悟が足りていない。

「どちらにしても、僕のことは気にしなくても良いよ。最悪、家出してフォーの第2夫人にしてもらうかもしれないけど」

 そう冗談めかして笑みを見せるリスランテに、サリーフェは言葉を返すことができなかった。


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