表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/70

第36話 魔境の狩人

「と、とりあえず別の場所に行こうか」

 女性とは思えない力で大柄な男が引きずられていくのを見送った後、微妙な空気になってしまったのを取り繕うように提案する。

「そ、そうですね」

「うん、それが良さそうだ」

 ふたりもどこか信じられないものを見たかのような目をしたまま頷く。


 ともかく、再び夫婦喧嘩、いや、旦那への暴行が勃発しないうちに離れるに越したことはない。

 もっとも、この街のどこに行っても似たような光景に出くわす可能性は非常に高いんだけどな。

 何しろ女性の性格は別にしても、この領の男たちは豪放磊落と言えば聞こえが良いが、細かいことを気にしない大雑把過ぎる性格で、しかもろくすっぽ考えもせずに口にしたり行動したりすることが多い。

 結果として奥さんや周囲の女性たちの地雷を踏みまくって折檻されるのまでが一連の流れ、お約束なのだ。

 というわけだから、リスの護衛にくっ付いてきてる騎士の人たちもお口開けてないでちゃんと付いてきてね。


 とはいえ次にどこに行こうか。

 帝国南部の、他国と接していない領地だったら観光が産業になっている領地もあるって聞くけど、この街はそういうのとはほど遠い場所だからな。

 他に案内できるところって言えば職人の工房が集まっている所くらいだ。

 狩人とその家族ばかりのレスタール領だが鍛冶や木工、石工などの職人が居ないわけじゃない。

 多くが他領から流れてきた職人やその子孫だが、怪我や年齢で狩人を続けられなくなった者や生来身体が強くない(レスタール基準で)男が弟子入りして職人になる場合もある。

 そういった人たちが営む工房は街の東側に集まっていて、互いに連携しながら物作りを担ってくれている。

 

 レスタールは狩人中心の社会と言えるのだが、職人たちは狩りができないからと差別されることはない。

 それどころか、狩りや生活に欠かせない道具や家を作ってくれる職人たちはものすごい大事にされている。余所に出て行かれたら大変だからね。

 ある意味、この領で一番安全で豊かな生活をしているかもしれない。

 とはいえ、そんな工房に案内したところでご令嬢が喜ぶとは思えないし。


「あの、確か狩りをしてきた人たちが肉類を交換する市場があると伺いました。そちらを見せていただくことはできますか?」

 俺が行き先に悩んでいると、ふと思い立ったようにサリーフェ嬢がそんなことを言ってきた。

 が、俺が素直に頷くには抵抗がある。


「え~と、別に見せられないわけじゃないんですが、あまり女性が見て楽しい所じゃないというか、お勧めはできないですよ。血まみれの動物の死体とか沢山あるし、厳つい狩人が沢山集まってるので」

「ですが、レスタール辺境伯領といえば精強な狩人と名高いですし、その、もしレスタール家の方とご縁を結ぶことがあるなら知らないと言うわけにはいきませんし」

 え゛?

 今、サリーフェ嬢、レスタール家と縁を結ぶって言った?

 それって、お嫁に来てくれる可能性があるってこと、だよね?

 まだ”もし”が付いてるけど、少なくとも嫌とは思っていない感じだし、それなりに好感度が高くなったってことで良いよね?


 いやまて!

 逆に考えると、見せる物によってはせっかく稼いだ好意が一瞬で吹っ飛ぶ可能性も。

 さりとて、サリーフェ嬢の要望を無下にするとそれはそれで印象悪くなるよな?

 ど、どうすりゃいいんだ?

 返答に悩む俺が、思わず助けを求めるように目を向けたのはリスランテ。

 いつも何かと助け船を出してくれる友人であるリスは、俺と目が合うと心底呆れたといったわざとらしい仕草で肩をすくめる。


「先のことはともかく、ボッシュ男爵家とは今後も付き合っていくつもりなんだろう? だったら多少血なまぐさくても領にとっては大切な産業なんだから見せないわけにはいかないと思うよ。それに、どっちみち見せるなら早いほうが良いよ」

 ぐぅ。

 おっしゃるとおりです。

 

 実際、サリーフェ嬢の実家のボッシュ男爵家の借金は貸主兼寄親であるテルケル伯爵家との決闘の報酬として無くなり、フォルス公爵の手前これ以上の手出しはしてこないだろう。

 けど、当然ながら伯爵家と男爵家の関係はこれまで通りになるわけがなく、小領主に過ぎないボッシュ男爵家は今後、寄親の支援無しに領地運営をしなきゃならない。もしかするとテルケル伯爵家から嫌がらせがある可能性もある。

 なので、当面は俺の家が後ろ盾となる必要があるのだ。

 サリーフェ嬢だけでなくボッシュ前男爵ジルベラズさんがレスタール領に同行してきたのは彼女を心配してというだけでなく、そのことの交渉もあるからだ。


 なので、サリーフェ嬢がお嫁に来てくれるかどうかにかかわらず、乗りかかった船の責任としてボッシュ男爵家とは交流していくことを決めている。

 幸い、帝都の南部に領地を持っているボッシュ男爵領は借金の原因となった麦や豆だけでなく少量ながら高品質なワインを作っているらしい。

 これまではそれは全て寄親の伯爵家が買い取っていて、田舎者の我が領に入ってくることはなかった。それを今後はレスタール辺境伯家に、というわけ。


 親父は酒に目がないので帝都でしか手に入らない高級ワインが買えて、希少価値の高い魔境産の鉱物や素材はボッシュ男爵家が自領の商人に高く売れる。

 お互いにとって十分に利益があるし、繋がりを内外に知らしめることもできる。

 加えて、けっして後ろ盾になる見返りとしてサリーフェ嬢をという誤解を受けないように事前にしっかりと約束をしているのだ。


 そんなわけで、悩んだところで結局いつかは見せることになる以上は諦めるしかない。

 サリーフェ嬢がドン引きしませんようにと祈りながら西門前の広場に向かう。

 近づくにつれ、行き交う荷車の数が多くなり、まるで地響きのような喧噪がドンドン大きくなってくる。


「すごい熱気だね」

「そ、そうですね。商店が並んだ大通りも活気がありましたけど、こちらはまるで……」

 サリーフェ嬢は途中で言葉を濁したけど、言いたいことはよくわかる。

 森から獲物を引きずって帰ってきた狩人たちは広場で肉や皮、内臓や骨など売れそうな物をできるだけ良い条件で売ろうとし、商人は少しでも多くの利ざやを稼ごうとこちらも真剣に交渉する。

 狩人同士の肉の交換は食味と重量で決まるのである程度の目安があり揉めることはほとんどないのだが、商人との取り引きは貨幣だ。

 危険と隣り合わせの狩人も、魔境と呼ばれる辺境まで買い付けに来ている商人もどちらも命がけの仕事なだけに余計な駆け引きはしない。

 それだけに交渉は早いが何しろ狩人の数は多く、獲物の数はさらに多い。

 広場のそこら中で怒号が飛び交い、良い条件で交渉が成立すると雄叫びが上がる。


 ……こうして見ると、本当に蛮族と言われても仕方がない気がする。

 まぁ、細かいことを気にしない大らかな狩人ばかりなので、ほとんどの場合商人の交渉勝ちとなるのだが、彼らも狩人を怒らせたら意味がないので良いバランスを保てるように上手い落とし所を用意しているのだ。

 なので、大概はどちらも笑顔で握手をして終わる。

 まぁ、過去には何人もの商人が狩人を怒らせて這々の体で逃げ帰る羽目になったことがあったのでその辺は弁えているようだ。

 脳筋だが馬鹿じゃないし勘が鋭くないと狩人なんか務まらないからな。


「うっ!」

「大丈夫ですか?」

 血が流れたままの獣や、剥がされたばかりの毛皮、むき出しの内臓に周囲に立ちこめる濃厚な血の匂いと獣臭。

 さらには2.5リード(約2m)近い返り血まみれのむくけつき男たちが沢山。

 どいつもこいつも仕事帰りのギラギラしたガラの悪さという状況に、心配していたとおりサリーフェ嬢は気分が悪くなってしまったようで口に手を当てて顔色を真っ青にしていた。


 俺はすぐに彼女の腰に手を回して支えつつ……役得とか思ってないよ……広場の外れ、風通しの良い場所にサリーフェ嬢を誘導して座らせる。

「申し訳ありません。私の我が儘で連れてきていただいたのに」

「いや、僕もここまでとは思ってなかったからね。さすがに足が震えたよ」

 頭を下げるサリーフェ嬢をリスが苦笑を浮かべながら慰める。

 令嬢ながら男装しているだけあって並の男以上の胆力を持っている彼女であってもあの雰囲気には圧倒されたようだ。


「街道を護衛してくれたレスタールの兵士たちもすごい威圧感だったけど、あれでもまだ気を抜いた状態だったんだとわかったよ」

 買い出し部隊の連中は比較的見た目が温和しめの奴を選抜してるし、狩人にとっては帝都までの往復なんて休暇みたいなものだからな。

 森から帰ったばかりでまだ気を抜いていない狩人とはそりゃ雰囲気が違うのも当たり前だ。

 

「はぁ~、僕もそれなりに剣の技量に自信があったけど、彼らと戦ったらあっという間に蹴散らされるだろうね」

「それでも前に立てるのはリスランテ様だからです。私など目が合っただけで腰が抜けてしまいます」

「これでフォーはあの狩人たちよりもずっと強いっていうんだから、本当にレスタールの狩人っておかしいよね」

「それは、とても意外に感じます」

 えっと、どういう意味かな? サリーフェさん?


 ふたりはそんな会話を交わしながらも、来たいと言った手前、帰ろうとは言い出せないのか幾分引きつった顔で広場を眺めている。

 俺はというと、サリーフェ嬢がこの光景をどんな気持ちで見ているのかが気になって仕方がなかった。

 どう考えても良い印象はないだろうし、買い付けに来た商人すら慣れるまでは気分を悪くするくらい生々しい生の営みがむき出しになった光景だ。

 帝都の普通の令嬢が足を踏み入れたら悲鳴を上げるか気を失うかしても不思議じゃない。

 せっかく嫁入りを前向きに考えてくれそうなのに、やっぱり失敗だったかなぁ。


「若!」

 俺がサリーフェ嬢のほうをチラチラと見ながら埒もないことを考えていると、見知った狩人のひとりが手を上げながら近づいてきた。

 あ、若っていうのは領民たちの俺の呼び名だ。

 レスタール辺境伯領の若君で、"若“。まぁわかりやすい。

 オッサンになったらどう呼ばれるか気になるが。


「ジェスパさん、久しぶり」

 他の狩人たちよりはやや背は低いとはいえ230カル(約185cm)ほどはある壮年の男だ。返り血などは浴びていないようだが身体の分厚さはやはりレスタールの狩人に相応しい。

 これ以上サリーフェ嬢を怯えさせないように俺から近づいて挨拶をする。

「若も元気そうで何よりだ。が、来てたんなら丁度良い」

「……何かあった?」

 俺を見かけた只の挨拶かと思いきや、真剣な目を向けてきたので俺も眉を顰める。


「北の森から獣が減ってる。おそらく東に移動したんだろう」

「ってことは、溢れた?」

「いやまだだ。予想では北の主が代わったんじゃないかと思う。追われた方が下がってきたんだろうな」

 ジェスパさんの言葉を頭で整理する。


 魔境と呼ばれているレスタールの領地は広大な深い森が西、北、東の三方に広がっているのだが、何度も言っているようにこの森には獰猛な野生動物だけでなく、魔獣と呼ばれる一際危険な生き物が生息している。

 そんな魔獣の中でも、さらに強い個体は森のいくつかの場所を縄張りにして基本的にそこから動くことはないのだが、そこはそれ野生の摂理に縛られているのは他の生き物と同じ。

 時折縄張り争いに敗れて追い出される魔獣が他の縄張りを求めて移動することがある。


 負けたとはいえ元は主と呼ばれるほど強大な魔獣が移動するのだ。当然周囲の動物にも影響を与え、場合によっては他の魔獣や猛獣を追いやって、そいつらがレスタールの都近くまで押し出されてくる。

 そうなると基本単独行動か少数で組んで狩りをしている狩人にとってかなり危険な状態になるのだ。

 これを俺たちは「溢れる」と呼んでいるのだが、前兆として危機察知能力の高い草食動物が逃げ出す。

 ジェスパさんの話では今はこの段階。


「親父には俺から話すよ。ジェスパさんは狩人たちに伝えて準備を頼む。それと、足の速い奴に北側の集落に向かわせて、こっちに避難させて」

 俺がそう指示すると、ジェスパさんはニヤリと笑みを浮かべた。

「承知したぜ。久しぶりだな」

「避難が完了するまで動いちゃダメだからね」

「わかってるって!」

 踵を返して戻っていくジェスパさんを見送って、俺は盛大に溜め息を吐いた。


「フォー? どうかしたのかい?」

「フォーディルト様?」

「ああ、うん。悪いけど街の案内は一旦中止にして家に戻るよ」

 その言葉に、リスとサリーフェ嬢は顔を見合わせた。

 その直後、


「よっしゃ、祭りだぁ!」

『うおぉぉぉ!!』

 広場から野太い雄叫びが上がった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
次回わフォーと愉快な狩人たちのO・MA・TU・RIですかなwktk
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ