第35話 レスタール領の女達
装飾品の店を出た俺たちはそのまま通りを目的もないまま歩く。
「結構いろいろな店があるんだね」
あちこちの店先を覗きながらリスが感心したように言うと、サリーフェ嬢も朗らかに笑みを浮かべながら頷いている。
時折俺の贈った首飾りを手で撫でたりしているので気に入ってくれたようだ。
よしよし。
少しずつ好感度が上がってる気がするぞ。
「帝国内だけじゃなくプリケスク王国からも行商人が来るようになったし、中にはこの街で店を開いてくれる人も居たからな。おかげで昔みたいに他の街に買い出しに行かなくてもほとんどの物が買えるようになったらしい」
レスタール領に行商に来る商人は今でも変わり者とか命知らずなんて言われることもあるらしいけど、その分この街周辺で採れる産物が他領で高く売れるとか。
それに、実際はうちの狩人達が街道周辺の獣や魔獣を定期的に駆除して回っているし、魔境なんて悪評のせいで野盗の類も滅多に近寄らないから、もう十年以上行商人が襲われるようなことはない。
なので、年々レスタール領を訪れてくれる商人は増えていて、今では常に数十人から百数十人の商人が街に滞在しているほどだ。
しばらくとりとめのない会話をしながら歩いていると、サリーフェ嬢がチラチラと俺の顔を窺うような仕草をしているのに気がつく。
「えっと、何か気になることでもありましたか?」
俺がそう訊ねると、彼女は少し困った顔で目を伏せる。
「何か聞きたいことがあるならフォーに言ったほうが良いよ。お互い知らないことばかりなんだから、思ったときに聞いておかないと後からだと遅いかもしれないよ」
「あ~、リスの言うとおりです。別に隠したいことなんて無いから些細なことでも訊いてくれると嬉しいです」
リスの取りなしに、俺も頷いて言い添える。
「その、少しだけ気になったのですが、フォーディルト様は婚姻の相手に他領の下位貴族を望まれているとお聞きしました。てっきりレスタール領では釣り合うお相手がいないのかと思っていて、ですけど辺境伯閣下の奥方様はこの領の平民出身の方だと」
「そうですね。ご存じのように悪評高い田舎ですから辺境伯なんて爵位をもらっていても特に身分にこだわりはないです。一応最低限の体面を考えて子爵家か男爵家の方をと思っていましたけど」
誤魔化してもしょうがないので正直に話す。
俺が学院で婚活に励みまくっていたのは周知(羞恥)の事実だしな。
実際、俺も親父も母さんも、結婚相手の身分とかはほとんど気にしていないのが本音だ。
ただ、領内の女性なら別だが、無駄に高い爵位があるのでさすがに他領や帝都の平民女性を相手に選ぶといろいろと問題が発生して、相手の家族に迷惑が掛かってしまう。
だから権力の中枢から遠い下位貴族家の令嬢を探していたわけだ。
「それで、その、来てみたら領都の方々、女の人は皆さんとても見目麗しいですのに、どうして他領の令嬢を望まれるのでしょうか」
なるほど。
確かにレスタールの女性たちは見た目は整ってる人が多い。というか、見た目だけなら帝都でも人気になりそうだと思う。
小柄で華奢、目鼻立ちは整っていてスタイルも良い。
見ている分には文句なしだ。
が、それは見た目だけの話。なんだよなぁ。
「えっと、少し言いにくいのですが」
俺は周囲を見回し、人気の少ない広場の隅にサリーフェ嬢とリスを誘導してから声を潜める。
「その、確かにこの領に住んでいる女性たちは他領の人から見ても美人が多いんですが、俺とは性格的にちょっと合わない部分があって」
慎重に言葉を選ぶ。
何しろレスタールの連中は男女問わず身体能力が高いだけでなく、目も耳もすこぶる良すぎるのだ。
近くに人が居ないからと油断なんてできない。
ただ、言葉を濁したせいでふたりにはいまいち伝わっていないようだが。
リスには以前話したことがあったと思ったけど、多分、貴族が帝都で婚活するのは普通のことだから気にしていなかったんだろう。
「ですが、まだ少し話をしただけですが、レミエール様もピジェさんも、とても朗らかで素敵な方だと思いますけど」
それは否定しない。
母さんやピジェさんだけじゃなく、この領の女性は帝都の婦人方とは違ってそれほど着飾ったり上品だったりはしないが、別に性格が悪いわけじゃない。
むしろ明るいし人の悪口は言わない、面倒見も良い。
余所の領の奴がレスタールの女性を悪く言おうものなら俺は間違いなく怒る。
ただ……。
ドカーン!
俺が意を決して理由を説明しようとした瞬間。
少し離れた場所にある建物の扉が壮年の男と一緒に外に吹っ飛んできた。
「アンタ……今の台詞もう一度言ってみなよ」
驚いて目を見開いたリスとサリーフェ嬢を余所に、扉が無くなった建物の中からひしゃげた鉄鍋を片手に女性が姿を現す。
状況を見るに男はその鉄鍋でぶん殴られたのだろうが、女性のほうは穏やかにすら見える微笑みを浮かべている。
……纏っている雰囲気は表情と真逆だが。
「ま、まて、悪かった! あれは言葉のあや」
「へぇ? まぁ? アタシも若い頃のような瑞々しさはなくなってるよ? そりゃ子供3人も産んでるんだから体型だって崩れるってものさ」
「だ、だから、俺は別に……」
「アタシがババアだってんなら、アンタは若い頃のままなのかい? ねぇ?」
扉ごと転がった男が慌てて起き上がり、土下座する勢いで謝っているが女のほうはその程度じゃ治まらないようだ。
見るからにゴツい鉄鍋がひしゃげるほどぶん殴られているが、レスタールの男は頑丈なので、物音で集まってきた周囲の連中も男を心配する素振りは見せず、むしろ呆れたように見ているだけだ。
まぁ、こんな光景はこの街のあちこちで毎日のように繰り広げられているので見慣れているのだ。
やがて、女性は男の耳を掴んでズルズル引きずりながら家の中に戻っていった。
そして再び鉄鍋で何かを殴る音が響く。
「…………」
「…………」
唖然として一連の騒動を見ていたリスとサリーフェ嬢が、なんともいえない表情で俺に顔を向ける。
「……俺が他の領地の女性と結婚したい理由、わかってくれるか?」
俺が溜め息交じりにそう言うと、ふたりは顔を引きつらせながら頷いてくれた。
帝国の他の地域に暮らす女性と比べて、レスタールの女性は小柄でスタイルも良い。
けど、とにかく気が強いんだよな。
そして、見た目からは考えられないほど力が強い。
もちろん単純な腕っ節は男のほうが上なのは当然なのだが、この土地の男たちは女子供を守るのが当たり前の価値観で育ってきたので、同胞の女性に手を上げることは絶対にない。というか、そんなことをしようものなら周囲から袋だたきに遭う。
なので、基本的にレスタール領の家庭はかかあ天下なのである。
それが悪いというわけじゃないんだけど、俺としては家庭を持つなら穏やかに、イチャイチャして過ごしたい。
お嫁さんに怯えながら暮らすのは嫌なのだ。




