第34話 街をご案内!
朝の鍛錬を終えて屋敷に戻るとピジェさんがすでに朝食を準備しておいてくれていた。
と言っても食堂のテーブルに大皿でドカンと置かれた燻製肉と野菜の炒め物と、同じく鍋に入ったままのスープ、籠に山盛りになったパンという、野趣溢れるレスタール流の朝食である。
働き者のピジェさんは用意が終わってすぐに屋敷の掃除を始めているらしい。本当に頭が下がる。
っていうか、間違いなく彼女が居ないとひと月も経たずにレスタール家は崩壊する。
母さんも家事は普通にできるけど、小さいとはいえ領主の屋敷をひとりで管理するのは無理だし、武官として規格外の強さと文官として規格外のポンコツを両立させる我が父親の代わりに領内を切り盛りしているのでそんな余裕は無いのだ。
サリーフェ嬢がジルベラズさんを俺は妹のランジュを呼んで一緒に朝食を摂り、バリーシュとクロアはお勉強へ。
親父の書類仕事嫌いが受け継がれないように、優秀な文官が家庭教師を務めてくれていて、ふたりを引きずって連れて行った。
親父はというと、俺に押しつけようと貯め込んだ書類を処理するため早朝から執務室に監禁中だそうだ。母さんはその見張りね。
そんなわけで、晴れて自由が保障された俺は、サリーフェ嬢とリスランテを連れてレスタールの領都を案内することにした。
ボッシュ前男爵ジルベラズさんも誘ったのだが、長旅の疲れを癒やしたいということで屋敷に残るらしい。ちなみにランジュはピジェさんと一緒にお留守番である。
街に到着したときにも少し話したけど、レスタールの都は高くて頑丈な城壁に囲まれた城砦都市のような形をしている。
ただ、その中は建物が密集しているというわけではなくて、街路や建物の間はかなり広く取られていて圧迫感は無い。
これには一応の理由があって、危険な魔獣が森に現れたときに周辺の集落の人が避難してこられるスペースを確保してあるということと、無駄にでかくて力が強く、気性の荒い狩人が酔っ払って時々喧嘩で周囲のものを壊したりするからだ。
なので建物が密集していると被害が大きくなってしまうので、広くなっているというわけ。
「……それじゃ蛮族って言われても反論できないよ」
俺の説明を聞いたリスが呆れた顔で言うけど、それに関してはぐうの音も出ない。
「いや、まぁ、そうなんだが、それでも当事者以外に怪我をさせることはないぞ。そんなことしたら周りから袋だたきにあうからな」
「野性的なんだか文明的なんだか」
俺とリスの掛け合いを聞いてサリーフェ嬢がクスクスと笑う。
……ウケを狙ったわけじゃないが楽しんでくれたのなら良かった。
辺境とはいえこれでも領都なので、通りにはいくつもの店が建ち並んでいる。
野菜や布といった交易商人が持ち込んだ物だけでなく、鉄器や木工品、装飾品の店や仕立屋、散髪屋なんかもあって結構な賑わいだ。
「女性が多いんだね」
「昼頃まではほとんどの男連中が狩りに出てるか家で寝てるからな」
「子供も多いのですね。それに、男性はその、身体の大きな方が多いのに、女性の方は小柄で嫋やかで、綺麗な人ばかりです」
通りを行き交う人々を見てリスとサリーフェ嬢が興味深そうに呟く。
そう。
確かにどういうわけか、レスタールの女性の見た目は小柄で整っている人が多い。
初めてこの都に来る商人なんか、その外見に目を奪われて鼻の下を伸ばしまくってるのもよく見かける。
反対に、男どもは揃いも揃って大柄で厳つい見た目の奴ばかりなのだが、さっきも言ったように日の出から昼までが狩人の仕事時間なので大半が出払っているし、狩りを休む場合は昼まで寝ていることが多い。
まぁ、前日に酒を飲み過ぎてるからだけどな。
俺は街の通りの中でも特に装飾品の店が集まっている場所にふたりを連れて行った。
理由?
もちろん女の子ウケを狙ってだ。
レスタールの都では他領から来たいくつかの商会以外は個人商店ばかりで小さな店が多い。
作物を育てることが難しい森に囲まれているので、女性たちは手工芸をしたり店を開いて物を売る働き者ばかりなのである。
「……綺麗」
「これは、すごいね。帝都の貴婦人が見たら買い漁りそうだよ」
建物の軒先を店にしているので大きさは露天商とそれほど変わりないが、そこには森に生きる色とりどりの鳥の羽や、加工されて美しく磨かれた動物の角や牙、宝石の原石などが所狭しと並べられている。
どれも帝都の店では滅多に見ないような品ばかりで、洗練された優美さはないが代わりに森の豊かさを象徴するように鮮やかで力強い美しさがある。
こんな辺境の、しかも獰猛な野生動物や魔獣がひしめいているレスタールの領都に、それでも幾人もの行商人がやってくるのもこういった品々が目当てだからだ。
「若様じゃないか。とうとう帝都から女の子連れて帰ってきたのかい?」
サリーフェ嬢が目を輝かせながら並べられた髪飾りやネックレスを見ていると、店番をしていた年嵩の女性が俺に気づいてそんなことを言ってくる。
けど、残念なことにまだそこまでの関係じゃないから、確定するまでは余計な事を言わないでほしい。
ほら、サリーフェ嬢が困ったような顔で赤くなってるし。
「まぁ、気に入ったものがあったら言っておくれよ。若様の知り合いなら安くするからさ」
俺の内心を察したのか、おばちゃんはニヤリと口元を歪めながらそんなことを言う。
「これ以上安くって、大丈夫なのかい? 帝都ならこれより一桁は高いよ」
「そ、そうですね。私の手持ちでも買えてしまいそうです」
リスが商品に括りつけられている値札を見て目を丸くしているが、そうなのか?
サリーフェ嬢もウンウン頷いているから間違いないんだろうが。
森に入ればそれほど珍しいものじゃないからあまり実感がないんだけど。
「えっと、せっかくですから何かお贈りさせてください。どれが良いですか?」
「え? で、でも、そこまでしていただくわけには」
俺の申し出に、サリーフェ嬢が慌てて首を振るけど、ここは押しの一手。
「遠慮しないでください。私のお願いを聞いて訪問いただいたのですからこのくらいはさせていただかないと気が済みません。そうですね、それではレスタールの特産品の宣伝、ということでご協力ください」
途中で気恥ずかしくなって、後半は冗談めかして言葉を加える。
「そ、そこまで言ってくださるなら」
遠慮がちに、それでも嬉しそうな顔を見せるサリーフェ嬢。
その目がチラリと視線を送った先にあった、碧と翠の羽をあしらった帽子。それとサリーフェ嬢に似合いそうな琥珀と紅玉で飾られた首飾りを選んで購入する。
「あ、あの」
ふたつも買うとは思わなかったのか、戸惑う彼女に構わずお金を払い、そのまま首飾りをサリーフェ嬢の華奢な首に掛け、帽子を差し出した。
「フ、フォーディルト様、ありがとうございます」
……はにかんだサリーフェ嬢の顔がとても良い!
「コホン! 僕には無いのかな?」
互いに照れて微妙な雰囲気になりかけたとき、リスがわざとらしく咳払いをして割り込んでくれた。
のだが、ちゃっかりしてやがる。
「……鍛冶屋で短剣でも買ってやるよ」
「フフフ、言質とったよ」
やれやれ。




