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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第33話 令嬢の意外な一面

 カチャ……

「しー」

 ヒタヒタヒタ……

「せーの」

 バサッ!

「わぁっ!?」

「きゃう!」


 俺が肌掛けを跳ね上げると慌てたような声が上がる。

 視界を塞がれて固まった侵入者をベッドに押し倒し、その尻を思いっきり引っ叩く。

 スパパーン!

「いてぇ!」

「きゃん!」

 悲鳴がふたつ響き、モゾモゾと肌掛けから抜け出した双子が恨めしそうな目で俺を見てくる。


「気配の消し方がまだまだだ」

 俺を含め、レスタールの戦士は寝ているときでも無意識に周囲の気配を察知している。多分、森の中で過ごしながら野生動物や魔獣を狩っていた頃の名残なのだろうけど、基本的に少し訓練すれば視界に頼らなくてもある程度気配を感じることができるようになるのだ。

 なので、バリーシュとクロアが部屋に入ってくる前には目が覚めていたし、何をしようとしているのかもわかっていたわけだ。

 んで、飛びかかってきた瞬間に掛かっていた肌掛けをふたりに被せお仕置きをしたということ。

 まぁ、襲いかかってきたわけじゃなく、単に驚かせようと飛びかかってきただけなので怒っちゃいないけどな。


「ちぇ~」

「ぶぅ~」

「ほら、むくれてないで着替えてこい。久しぶりに稽古をつけてやるから」

 床に座り込んでぶーたれる双子に笑いながらそう言うと、途端に目を輝かせる。

「本当!?」

「やった!」

 飛び跳ねるように立ち上がると部屋を飛び出していく。

 やんちゃ盛りで手を焼く弟妹たちだけど、こういったところは可愛いもんだ。



 ふたりに稽古をつけるために俺もさっさと着替えを済ませて庭に出る。

「兄様遅い!」

「早く早く!」

 のんびりしてたわけじゃないのに庭ではすでにバリーシュとクロアが木剣を持って待っていた。

 よっぽど楽しみにしていたのか急かすようにぴょんぴょんと跳びはねている。

 昨日到着したときの不意打ち気味なじゃれ合いは別にして、ふたりと稽古するのは1年ぶりだからな。

 成長を見せたくて仕方がないのだろう。


 そんな弟妹の様子に苦笑を漏らしつつ、バリーシュが用意したらしい木剣を受け取ってふたりの前に立つ。

「んじゃ、とりあえずはじめは軽く手合わせしてみようか」

 俺がそう言うと、バリーシュは嬉しそうに、クロアは少し緊張した顔で木剣を構えた。

 ……ひとりずつって考えはないのね。

 まぁいいけど。


 俺が木剣を構えるとそれを合図にしたかのようにバリーシュが身体を低く屈めながら突っ込んでくる。

 学院の連中のようにいちいち声を張り上げたりせず微かな息吹を漏らすだけで弾かれたように間合いを詰めて足元を狙う。

 それと同時にクロアが逆側から俺の首元を狙った突き。

 どちらもギリギリまでタイミングを読ませないよう無音での動きだ。

 狙いも動きも悪くない。

 が、


 首に伸びてくる剣先を鍔元に当てて軌道をずらし、そのまま肩でクロアの側頭部を打つ。

「っくぅ!」

「っ!」

 俺がクロアのほうに身体を移したことで、俺とクロアの位置が入れ替わる。

 当然俺の足を狙っていたバリーシュが慌てて一瞬動きが止まってしまった。

 すかさずまだ体勢が崩れたままのクロアの足を蹴り上げて、バリーシュのほうに向かって投げ飛ばす。

 だがバリーシュは瞬時の判断で横に跳んで躱すと、激突しなかった分空間に余裕ができたクロアも身体を捻ってなんとか着地した。


「良い反応だ。それに去年と比べて動きも良くなってるな。ただ、挟み撃ちにするつもりならタイミングは合わせなきゃダメだ。それか、あえてタイミングをずらして相手の動きを誘導するように」

 動いたのは同時でもクロアは直線的に突きを、バリーシュは回り込むように足を狙ったせいで時間差ができて対応するのは簡単だった。

 狙いは良いが連携ができてない。


「ちぇ、上手くいくとおもったのに」

「ぶぅ~、やっぱりだめだったじゃん」

 同時攻撃はバリーシュが言い出したことなのか、クロアが失敗を不満そうにしている。

「悪かったわけじゃないぞ。単に練習不足だ」

 俺はそう慰めてから、改めてひとりずつ相手をする。


 バリーシュはパワー重視の戦い方。

 とにかく重い一撃を叩き込むことを主眼に、相手の急所を狙って剣を振るっている。

 それに対してクロアはスピード重視。

 手数で圧倒してつけいる隙を与えないことを考えているようだ。

 どちらも方向性としては悪くない。

 それぞれの得意な部分を理解して伸ばそうとしているし、向いてもいる。

 ただ、いかんせんまだ成長途上の体格では無理がある。

 身長も低いし体重も軽い。

 だからどちらも中途半端な攻撃になってしまうのだ。

 ある意味、俺と同じ欠点を抱えているわけだけど、さて、どうしたもんか。


「早いね、フォー」

 俺が弟妹たちの鍛錬方法に頭を悩ましていると不意に声を掛けられて振り返る。

「リス、と、サリーフェ嬢まで。どうしたんですか?」

 屋敷の入り口から出てきたのはリスランテとサリーフェ嬢。

 まだ朝も早い時間だけど、慣れない環境で早く起きてしまったのかもしれない。けど、ふたりが手に持っているものを見て首を捻るしかない。


「僕はいつもの鍛錬だよ。移動中はあまりできなかったからね運動不足解消しなきゃ。聞いたらサリーフェ嬢も馬車にずっと座っていて動きたいって言っていたから誘ったんだ」

 俺の視線に気がついてリスが手に持った木剣をフリフリする。

 まぁリスは普段でも剣の鍛錬は怠らないし、俺と一緒にやることもあるから驚くことはないけど、意外だったのはサリーフェ嬢も一緒だったことだ。

 それも手に持っているのは長さ2.5リード(約2m)の鈎槍。

 槍の刃の根元に鈎の着いた長柄武器で、帝国の警備兵がよく使うタイプのものだ。

 レスタール領ではあまり使っている奴は居ないけど練習用に何本か刃を潰した物が用意されているからそれを借りたのだろう。


「わたくしも貴族家の娘ですから最低限の武芸は嗜んでおります。レスタールの方々に見せるのはお恥ずかしい水準でしかありませんけれど」

 恥ずかしそうに頬を染めながら言う、どこからどう見ても嫋やかなご令嬢。手には鈎槍。

 ま、まぁ、女性であっても一応学院で武術は習わなきゃならないし、有事の際、当主が戦地に赴けば文字通り家を守るのは妻の役目。

 その建て前を守って令嬢にも武芸を教え込んでいる貴族家もあるとは聞いたことがある。ボッシュ男爵家がそうだとは思わなかったけど。


「サリーフェ嬢はこう言っているけど、なかなかの槍使いの腕前だって話だよ。学院の武術成績も良かったって」

「そ、そうか」

「いえ、わたくしなど騎士様方と比べれば所詮は女子供の手習いに過ぎませんので」

 そう謙遜して見せたサリーフェ嬢だが、鈎槍を持つ姿はなかなか堂に入っている。

 あのなんとかいう伯爵との決闘で見せた不安そうな様子から、戦闘とかの荒事が苦手だと思っていたけど、そういうことではなかったらしい。


「あ、そうだ、ふたりにちょっと協力してもらえないかな」

 ふと思いついてリスとサリーフェ嬢に声を掛ける。

「ん? なんだい?」

「お世話になっているのですから、わたくしにできることでしたら」

「弟と妹、バリーシュとクロアに稽古をつけてやってほしい。普段はこの領の戦士とばかりやってるから別の系統の戦い方も経験させたいんだ」

 俺の頼みにふたりは顔を見合わせた。


「昨日見た限りだとその歳にしてはかなりの技量だとおもうけど」

「わたくしもそう思います。あのときわたくしは一歩も動けませんでしたし、お役に立てるとは思えませんが」

 そんなことを言われたが、まだ弟妹たちの力量は穴だらけだ。

 リスの実力は俺もよく知っているし、サリーフェ嬢も槍術でそれなりの評価を受けているほどであれば十分に勉強になるはずだ。

 俺がそう言って重ねて頼むと、リスもサリーフェ嬢も快く引き受けてくれた。


 んで、肝心の弟妹たちだが、最初は渋っていた。

 というか、ふたりの外見から侮っているような様子が見受けられたんだが、とにかく一度手合わせをしてみるように言うと、渋々といった様子で頷いた。


 まず最初はリスとバリーシュ。

「万が一にも怪我をさせるわけにいかないから頭部への攻撃と刺突は禁止」

「わかってるよ!」

「あはは、大丈夫だよ。フォーの大事な弟に怪我なんかさせないから」

 ルールを説明すると、ふてくされたようにバリーシュが答え、リスの挑発的な言葉にムッとする。

 リスのスラリとした体型と優男のような雰囲気にプライドが傷つけられたのだろう。木剣を手に向かい合った途端に睨みつけるが、リスのほうはいつものアルカイックスマイルで余裕を見せている。


「やれやれ、んじゃ、始め!」

「しっ!」

 ガンッ!

 開始の合図とほぼ同時。

 バリーシュが一気に間合いを詰めてリスの胴体に向かって思いっきり木剣を振り抜いた。

 侮っていた相手から挑発されて、様子見をすることもなく一撃で終わらせようとしたのだろう。

 だがそんな大振りが簡単に当たるわけもなく、リスは落ち着いて木剣で受け止める。が、わずか11歳の小柄な身体から繰り出されたとは思えないほど力のこもった一撃は、受けたリスが思わず後ずさるほどのものだった。


「へぇ、さすがはフォーの弟ってところだね。どこからそれだけの力が出てくるんだか」

 リスが苦笑気味にそうこぼす。

 けど、実際、ウチの家系に限らず、森に住むレスタールの民は総じて見かけ以上に力がある。

 ほっそりとした女性であっても男性ひとりくらい軽々と持ち上げるし、鍛えている男なら荷を満載した荷車だって押せるくらいだ。

 多分骨格とか筋肉の質が他の地域の人とは違うのだろうと思う。


 バリーシュは渾身の一振りが防がれたのには少し驚いたような顔をしたが、それがリスを後退させたことに気を良くしたのか、得意げな顔を見せる。

 だがリスは余裕の表情を崩すことなく改めて木剣を構えた。

「ふふ、でも常識外れの力はフォーで慣れているからね」

 言いながら、今度はリスのほうから間合いを詰める。

「くっ、っと、うわっ!」

 上段からの鋭い振り下ろしをバリーシュが木剣で受ける。だが弾いたリスの木剣は反動をそのままの勢いで軌道を変え、今度は空いた脇に向かう。と見せかけて逆の胴に。

 受け身はマズいと思ったらしいバリーシュが反撃のために木剣を渾身の力で叩きつけるが、リスは剣の腹を合わせて力を流してしまう。

 そのたびに体勢を崩され、その隙を的確に突いたリスがバリーシュを圧倒する。

 やがて無理な姿勢から強引に振り抜いたバリーシュの木剣を絡め取るように弾き飛ばしたリスが眼前に木剣の剣先を突きつけて決着。


「こんなところかな? やっぱりその歳でその実力って、レスタール家の人って規格外だよ」

「あ”~、負けたぁ! ちくしょ~!」

 さんざん振り回されたバリーシュは荒い息を吐いて座り込んでいるが、相手をしたリスは汗ひとつかいていない。

 それを見てさらに悔しそうなバリーシュにはリスの賞賛の言葉さえ不満そうに唇を尖らせる。

 ただ、負けたことに対しては言い訳ひとつ漏らさないのは成長してる証拠だろう。


「んじゃ次はあたしだね! にひひ、バリーの仇はとってあげるよ」

「よ、よろしくお願いいたします」

 リスたちが場所を空け、今度はクロアとサリーフェ嬢が前に出る。

 バリーシュがリスに圧倒されたのを見てもクロアは余裕の表情だ。

 力をいなされて負けたバリーシュと違い、速度勝負で手数の多い自分なら大丈夫だと思っているのだろう。

 だが、それもすぐに困惑の顔に変わる。


「え、なに、くっ!」

 互いに向かい合って構えるクロアとサリーフェ嬢の距離はおよそ4リード(約3.2m)。

 やや短めの木剣を斜めに構えて腰を落とすクロアに対して、サリーフェ嬢は半身の体勢で中段に鈎槍を持ち、槍先は膝くらいの高さに構える。基本に忠実な汎用性の高い構えだ。

 こうなるとクロアから見てサリーフェ嬢までの間合いはかなり遠く感じられるはずだ。

 2.5リード(約2m)の槍を構えた相手はほんの2歩前に出るだけで間合いに入るのに対し、クロアは槍をかいくぐりながら5歩は間合いを詰めなければ攻撃が届かないのだ。


 元々周囲に障害物がない場合、剣と槍では槍のほうが有利だ。

 離れた間合いから攻撃できるのはもちろん、相手がどれほど動こうと手元のわずかな挙動で槍先を相手に向けることができるからだ。

 これが長槍ならまだリスク覚悟で懐に飛び込めば、槍が長い分取り回しが悪くてあとは有利になるのだが、3リード以下の短槍が相手だと間合いを詰めても今度は石突き側が武器になる。

 もしサリーフェ嬢の相手がバリーシュだったらまた別の展開になるだろう。

 力を込めた一撃で槍先を跳ね飛ばし、その隙に間合いを詰めてたたみかけることもできる。

 けど、速度と手数を武器にするクロアとの相性はかなり悪い。

 距離は遠ければ速度を生かせず、手数はあっても届かせることができない。


「このっ! わっ!? うきゃぁ!」

 クロアは素早く左右に動きながらサリーフェ嬢の隙を作ろうと頑張るが、彼女は妹の動きに惑わされることなく距離を取りつつ的確にクロアの手足を狙う。

 サリーフェ嬢の槍捌きは教科書どおりで基本に忠実。こと対人戦でならかなりの腕前と言える。

 さすがに実戦経験は無いようで慎重すぎて攻め手に欠ける部分はあるけど、1対1なら新兵程度はあしらえそうだ。

 

「ぶぎゃん!」

 結局、どれほど動き回ろうが崩せないサリーフェ嬢に()れたクロアが強引に懐に飛び込んだところを槍を返して下から石突きに脇腹を叩かれてぶっ倒れた。

 フェイントを交えながらかなりの速度で突っ込んでいった分、カウンター気味に食らった一撃はかなり痛かったようだ。

 泣き出してしまったクロアを、サリーフェ嬢が慌てて抱きしめて謝っている。

 まぁ、俺が相手をするときはもっと派手にぶっ叩いてるから大丈夫だろ。

 それより、サリーフェ嬢の意外な一面を見て、ますます気合いが入る俺だった。


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ひょっとしなくても、鈎槍持ったサリーフェ嬢、テルケル伯爵令息より強い…?
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