第32話 賑やかな晩餐
レスタール領の俺の家に到着して早々バタバタしたが、とりあえず部屋の準備ができたということでサリーフェ嬢たちに部屋を案内した。
一応、こんな帝都から遠く離れた辺境の街でも、お客さん用の部屋として10部屋くらいは用意されている。
といっても、実際に使う機会なんて滅多にないので普段はあまり掃除されていないから、急な来客に大急ぎで掃除してくれたらしい。
この家で働いてくれているピジェさんには本当に感謝である。
あ、ピジェさんってのはかれこれ20年以上も家のことをしてくれている通いの家政婦さんで、恰幅のいい明るいオバちゃん。
たったひとりで家のことを一手に引き受けてくれている働き者だ。多分この人が居なきゃ今頃レスタール家は滅茶苦茶になってたかもしれない。
まぁ、小っちゃい頃はピジェさんに叱られてばかりだったけど。頼りになる俺のもうひとりの母さんのような人だ。
辺境伯という地位に見合わないくらい小さめで簡素な部屋を少しばかり恥ずかしく思いつつサリーフェ嬢、ボッシュ前男爵、リスランテにそれぞれ一部屋ずつ。それと少し広めの二部屋をボッシュ家とフォルス家の従者さんに使ってもらうことにした。
リスの護衛のために同行した公爵家の騎士達は申し訳ないが隣接する練兵場脇の兵舎で寝泊まりしてもらうことに。
今の話でわかると思うが、ウチは無駄に高い地位の割に領主の館はそれほど大きくないし華美でもない。
というより、無骨で飾り気はほとんどなく、ちょっと大きい程度の規模しかない。
多分だけど、子爵とかちょっと大きな商会主と同じか、むしろ小さいくらいなんじゃないだろうか。
なので、ピジェさん以外の使用人なんて忙しいときに手伝いを頼む数人がいるくらいだし、それで事足りるのだ。
まぁ、そんなわけで、大して案内する場所があるわけでもないので、少しばかり部屋で身体を休めてもらって、すっかり日が沈んだ頃、食堂に案内する。
一応来客があった時のために食堂は割と広めだ。
俺がサリーフェ嬢とリス、ボッシュ前男爵を連れて食堂に入ると、そこにはすでに親父と母さん、そして弟妹たちが待っていた。
「先程は失礼した。俺がレスタールの長、ガリスライだ」
母さんに叱られたのでさすがに今の格好はなんとか貴族に見える程度の略礼装で、顔を覆っていた髭を剃り、髪も整えられている。多分髪の毛は母さんがしてくれたんだと思うけど。
おかげで魔獣と間違われるような風貌がかろうじて人間に見えるようになった。と思う。
それでも座っていてなおボッシュ前男爵と同じくらいの背に、幅と厚みは2倍近い巨漢のせいでかなり威圧感がある。
ほら、ボッシュ前男爵の顔は引きつり気味だし、サリーフェ嬢は悲鳴を堪えてるようで顔色が悪い。
「ご無沙汰しております。フォルス公爵家の娘、リスランテです。一度お会いしただけなので覚えていらっしゃらないかもしれませんが」
リスはまったく萎縮していない態度で優雅に一礼する。……令嬢っぽくはない仕草だけど。
「ん? おお! あの口煩い堅物の娘か! 久しぶりだな。随分と大きくなったものだ」
ヲいヲい! 公爵つかまえて口煩い堅物って、失礼すぎるだろ!
だが俺の心のツッコミを余所に、リスは笑みを浮かべて聞き流し、親父は楽しそうに大口開けて笑ってやがる。
が、母さんに脇腹を思い切り抓り上げられ慌てて口を閉じる。
ザマァ!
「コホン。とにかく席に座ってもらいたい。知っての通り辺境伯などとご大層な爵位はあるがただの田舎部族の長だ。帝都の礼儀などあまり弁えておらんので失礼があっても見逃してもらいたい」
「い、いえ。帝国最強と名高い辺境伯閣下にお目に掛かる機会をいただけて光栄です。私どもこそこちらの流儀には疎く、無礼な態度に思われることがあるやもしれませんが、ご容赦いただきたい。それから、ご子息のフォーディルト殿には我がボッシュ男爵家の危機を救っていただきました、お礼を申し上げます」
「ボッシュ男爵家一女サリーフェと申します。フォーディルト様は我が身と名誉を危険にさらしてまでわたくしを助けてくださいました。ありがとうございました」
ボッシュ前男爵にとってはこれが同行した目的の最たるものだ。
同じ派閥の上位貴族から仕掛けられた謀略から、派閥外の高位貴族が助けてくれたわけで、後々嫌がらせを受けないようにフォルス公爵が見届け人を務めてくれた。
ここできちんと筋を通しておかないようでは貴族社会ではやっていけない。らしい。
とはいえ、まだろくすっぽ事情を説明していないので親父たちからすれば意味がわからないだろう。
けど、元から細かなことや中央のことに関心がないのでほとんど気にしないだろう。
「詳しいことは知らんが、フォーディルトが必要だと思ってしたのだろう。礼の言葉は受け取るがそれ以上は気にすることはない。森に囲まれたド田舎だから見るものもないだろうが、ゆっくり過ごされると良い」
「そうね。この人が難しいことを考えることなんてできないんだから、フォーが良いって言ったならそれで良いわ。それより、帝都みたいに洗練された料理に慣れた人には物足りないかもしれないけど、量だけはあるから沢山食べてちょうだい」
田舎のオバちゃんか? いや、田舎のオバちゃんだったわ。
母さんがとても高位貴族の夫人とは思えない台詞で堅苦しい挨拶をぶった切った。
「恐れ入ります」
ボッシュ前男爵はそう一礼して、ようやく椅子に腰を落ち着けた。
すると、それを見計らったように厨房に続くドアが開いて、ピジェさんが大きな皿を両手にひとつずつ持って入ってくる。
「はいよ。田舎料理で申し訳ないけど、久しぶりのフォー坊ちゃんのために腕によりを掛けたからね。お腹いっぱい食べておくれ」
言いながらピジェさんは次から次へと料理を運んできて、決して小さくないテーブルがあっという間に料理で一杯になる。
「見たことのない料理が多いね。スパイスかな? 香ばしさと刺激的な香りが美味しそうだ」
「話には聞いたことがありましたが、レスタール領では魔獣の肉を食すとか。それもかなり美味だと」
並んだ料理に目を丸くするリスと、一部の商人の間で囁かれている噂を口にするボッシュ前男爵。
まぁ、何度かウチの領の買い出し部隊が途中でどこぞの商隊を助けたことがあって、野営用の食料を分けたらしい。多分そのことが伝わったんだろう。
実際、周辺の森で獲れる魔獣の肉は結構美味い。
食べ慣れると、帝国各地で飼育されている動物の肉が味気なく感じるほどだ。
それはそうと、さすがにお客さんより先に料理に手を出さないように堪えていた弟たちの我慢もそろそろ限界のようで、ソワソワと料理とサリーフェ嬢たちを見比べて落ち着きがなくなっている。
「とにかく、口に合うかどうかはわからないけど楽しんでください」
「うむ。酒もある。心ゆくまで楽しまれよ」
俺に続いて親父がそう言うと、まずリスが料理に手を伸ばし、それを見てボッシュ前男爵とサリーフェ嬢も恐る恐る自分のさらに料理を取り分けた。
「んっ! これは美味しいね。野趣溢れるというか、旨味が強くて香りも良い。つけ合わせの木の実も」
「確かに。これは商人たちの噂になるのも納得ですな」
「とても美味しいです」
物怖じしないリスはともかく、ボッシュ前男爵とサリーフェ嬢は魔獣の肉と聞いて躊躇いもあったのだろうが、一口頬張ると目を丸くして相好を崩した。
「もう良いよね? いただき!」
「あっ、バリーずるい! あたしも!」
客人が料理を口にしたのを合図に、バリーシュとクロアも魔獣肉、多分森林角牛の焼肉を奪うようにして食べ始めた。
もちろん親父も手近な位置にある別の料理を口にしつつ、森で採れる果実で造った酒を飲む。
母さんはランジュのためにいくつかの料理を取り分け、ようやく俺も久しぶりの故郷の味を堪能すべく肉を奪い合う双子の脇から大きな塊をかっ攫った。




