第27話 休暇の始まり、そしてレスタール領へ
風の月(6月に相当)が終わると陽の月、煌の月の2ヶ月間、学院は長期の休暇となる。
学院に通う貴族は高位も下位も関係なく自領や実家に帰れないし、許可が無ければ家族と会うこともできないのだが、休暇の時期だけは帰ることが許されている。
なんで年の終わりじゃなくこの時期なのかは、帝国の主食である冬撒きの小麦が収穫を終えて税額を確定し、徴収するのに一番忙しいということで人手を確保するためだったって聞いたな。
まぁ、各領が税額を確定させて徴税官が帝国中を巡回するのがこの時期ってのは本当で、それは単に雨期や帝国北部の厳寒期だと移動が困難な場所が多いからだけどな。
まぁ、そんな事情はともかく、俺たち学院生にとっては待ちに待った羽を伸ばせる期間というわけで、俺も愛しのレスタール領に帰ることに。
もっとも、辺境伯って名前が付くくらい帝都から遠いので、領地に居られるのは10日ほどしかないんだけど。
んで、いくら渋ちんの親父といえど、さすがに帰郷は馬車を使わせてくれる。
……ホントは山のようなお土産を持ち帰らせるためだけどな。
なので、晴れて今、レスタール領から派遣されてきた馬車に乗って帝都を出発したばかりというわけなのだが。
「……なんでリスが一緒に乗ってるんだ?」
そう。
どういうわけか男装の公爵令嬢、リスランテ・ミーレ・フォルス嬢が、それも俺の乗っている馬車に座っている。
「随分とつれない態度じゃないか。つい先日父上には会ってるから別に領地に帰る必要もないし、僕もレスタール辺境伯領には興味があるからね。こんな機会でもないと行けないだろう? それとも、僕が一緒だと何か不都合でもあるのかい?」
いや、別に不都合ってわけじゃないけど、自領を気に入ってもらって求婚しようって相手を連れて行くのに、友人で、男装しているとはいえ、女性を帯同させるってどうなんだ?
そもそも別の馬車に乗ってるサリーフェ嬢に了解取ってないし。
「心配しなくても、フォーとサリーフェ嬢の邪魔はしないよ。何だったら彼女にキミの良いところをさりげなくアピールしてあげてもいい」
「むっ?」
俺が難しい顔をしていたのか、リスはそんなことを申し出てくる。
けど、その内容は結構魅力的だ。
俺が下手なアピールするより同性のリスが推してくれたほうが説得力があるかもしれない。
「わかった、わかった! 別に俺だってリスがレスタールに来てくれるのは嬉しいしな。サリーフェ嬢も周囲の女性がレスタールの人間しか居なかったら不安になるかもしれないし、フォローを頼む」
「任せてよ」
俺の言葉に、リスはドキッとするような綺麗な笑顔を見せる。
「それにしても、この馬車も馬、で良いのかな? 牽いている動物も見たことがないくらい大きいんだけど」
「俺たちはリグムって呼んでるレスタール領の森に住んでる動物だよ。外見は馬に似てるけど牙もあるし雑食性だぞ」
我がレスタール領のある森は他の場所では見ないような凶悪な動物や魔獣が多いのだが、このリグムもそのひとつだ。
体高は2.5リーグ(約2.5m)で体重は1500ケルド(1.5t)を越える巨体で気性も荒い。
ただ、それだけに魔境と呼ばれる森でも生きていけるほど強くて力もあるから、レスタールの民は昔から飼い慣らして馬代わりに使っている。
並みの馬より頭が良いから子供の頃から育てるとちゃんと懐くし、主人の命令に忠実だ。
そんなリグムが2頭立てで牽くのはウチの馬車。
当然大きさも並みの馬車2台分以上の物で、大人が6人十分ゆったりできるくらい広い。……はずなんだけど、今はその半分以上をお土産が占領している。
うちが用意した馬車は3台なのだけど、俺たちが乗っているのの他に1台は荷物が満載。もう一台にサリーフェ嬢と祖父である前ボッシュ男爵、侍女がひとり乗っているのだ。
ただ、本来3台もの馬車を用意した理由は帝都で大量のお土産を買い付けて持ち帰るためだったので、サリーフェ嬢たちのために馬車を空けた分、載せられなかった荷物はリスの用意した公爵家の馬車に積ませてもらっている。
その意味でもリスに一緒に来てもらったのは助かったと言える。
「強そうで良いね。帰りに何頭か譲ってもらえないかな」
「売るのは構わないけど、多分育てるのは難しいぞ。何しろ滅茶苦茶食うからな、コイツら」
狩っても狩っても凶悪な獣が湧いてくる魔境が領地だとリグムの餌になる肉には事欠かないが他の領地だと費用が馬鹿にならないはずだ。
水さえあればひと月近く食べなくても平気なんだけど、その分食べられるときは一頭で一日羊一匹くらいは軽く食っちまうからな。
レスタール領だと人間が食わない肉食の獣や動物の内臓、同じく人間が食べない木の実が大量にあるから餌には困らないが。
「う~ん、それじゃ公爵家の騎士団に使わせるのは難しいかぁ。でも僕や父さんが個人的に騎乗するなら問題無いかな」
「それくらいなら大丈夫かもな。帰ったら子供のリグムを何頭か回してもらうよ。それくらいから育てないと懐かないから」
そんな話をしながらのんびりと馬車に揺られて街道を移動していった。
「若、そろそろ出発して2刻(4時間)くらいになりますぜ。帝都のお嬢さんじゃ疲れちまわないですかね」
リスとは毎日のように顔を突き合わせてるだけに話のネタはすぐに尽き、つい眠気に負けそうになっていると、馬車の外からそんな声を掛けられて意識がハッキリする。
「あ~、そうだな。良さそうな場所があったら小休止しよう」
いつもは俺と荷物の護衛として来ているレスタールの兵士だけだから日が暮れるまで一気に移動してるからうっかりしてたけど、確かに普通の令嬢や引退した老貴族が揺れる馬車で座りっぱなしは辛いかも。
それから少しして街道脇の広い場所に馬車を寄せて止めた。
俺は馬車を降りると、サリーフェ嬢の乗っている馬車のところに行き声を掛ける。
「少し休みましょう。降りられますか?」
「は、はい。ありがとうございます」
すぐに返事が聞こえて内側から扉が開かれる。
侍女の人が外を確認し、俺が立っているのを見ると中に向かって頷き、サリーフェ嬢とボッシュ前男爵が姿を見せた。
どちらも顔に少し疲れが出ているようで、こちらに向ける笑顔もぎこちない。
「手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます。きゃっ!」
座りっぱなしで足が上手く動かなかったのか、サリーフェ嬢がステップから足を踏み外すが、とっさに支えてゆっくりと地面に下ろす。
……顔を真っ赤にしてるのが可愛い。
コホン。
前男爵にも手を貸して降りてもらうと、少し離れた場所に早くも簡易天幕が張られ、テーブルまで用意されているのが見えた。
どうやら公爵家の人たちが準備してくれたらしい。
リスが手招きをしているので遠慮なくご相伴に与ることにしよう。
「リスランテ様、ありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。ひとりでお茶を飲むのは気が引けるからつき合ってもらえると嬉しいんだ。レスタール辺境伯領は遠いからね。長い旅路なんだから気楽に行こうよ」
さすがはリス。令嬢の扱いが手慣れている。
ただ、非常に気になっているのが、サリーフェ嬢のリスを見る目が若干潤んでいるように見えるのと、俺の顔を見るときより恥ずかしげに頬を染めていることだな。
……考えると泣きそうになるから止めておこう。これから先に俺にもチャンスがあるはずだ。
「れ、レスタール辺境伯様の馬車は大きいのですね。それにとても……」
気まずくなったのかサリーフェ嬢が馬車を話題に出すが、濁した言葉の意味はすぐにわかったので苦笑する。
「無骨で頑丈なのは昔からなんですよ。うちの領に出入りする商人の馬車も皆箱馬車です。人の住んでいる場所から離れた街道だと魔獣が襲ってくることがあるので荷物を守らなきゃならないから」
「そ、そうですか」
軽く言ったつもりが、俺の言葉にサリーフェ嬢の顔が引き攣った。
「その、レスタール辺境伯殿の兵は精強だと聞いておりましたが、なるほどとても強そうですな」
孫のフォローをしようと前男爵がうちの兵士を褒めてくれる。
今回のレスタール領へはうちの馬車3台とリグムが10頭&兵4人、公爵家の2頭曳き馬車が5台に換え馬を含む馬が30頭と騎士が10人といういつにない大所帯なんだけど、リスの護衛騎士よりレスタールの兵はかなり体格がデカい。
確かに強そうには見えるよ?
けど実はただの一般兵。
あと、髪はボサボサ髭はモジャモジャ。簡素で安っぽい服に腰に長剣が一本だけで軽鎧さえ身につけていない。
馬車にレスタールの紋章が描かれていなかったら間違いなく野盗にしか見えない。
俺たちの視線に気づいた兵士(25歳独身、兵歴2年で妹に虐げられ歴15年)がこちらに顔を向け、ニッコリと精一杯愛想良く笑顔を見せた。
ちなみにコイツは先程休憩を提案してきた気遣いのできる穏やかな男だ。
「うっ!」
「ひっぃ!」
前男爵が一瞬で顔を青くし、サリーフェ嬢は小さな声を上げて顔を伏せてしまう。
……大丈夫、だよね?
先行きが不安になってきたんだけど。




