第26話 決闘の結末と、レスタール領へのお誘い
「やっぱりアイツ、レスタールの若龍じゃねぇか!」
「あんなガキが!? ウソだろ?」
「じょ、冗談じゃねぇ! 魔境の住人なんて相手してられるか!」
ん?
何やら傭兵たちがもめているみたいだけど、なんだ?
大将の前に陣取っていた連中が大声で何やら叫びながら、手に持っていた剣を鞘に戻したり、戦斧を布で覆ったりし始めている。
「お、おい! 貴様等何をしている! ヤツが近づいて……」
ボンボンが焦った顔で傭兵に怒鳴るが、連中は命令に従うどころか逆にボンボンを睨みつける。
「テメェ、決闘相手がレスタールの若龍だって黙っていやがったな!」
「いや、若龍だけじゃなく、レスタールのヤツが相手だって知ってたら引き受けるわけねぇだろうが」
「魔境の連中はどいつもこいつも化け物揃いだ。俺たちは降りさせてもらう。他を当たってくれ」
「重大な契約違反だからな。別に違約金なんざ取らねぇが、文句も言わせねぇぞ」
「ま、待て!」
必死になって引き留めようとする伯爵令息をガン無視して、傭兵たちは近づいてきた俺に向かって頭を下げる。
「申し訳ないが、俺たちは降参させてもらうことにした。どうか見逃してほしい」
「相手がアンタだって知ってたら引き受けなかった。俺たちに敵意はないんだ」
あれま。
別に攻撃してこないなら俺は別に構わないからそう伝えると、傭兵たちはあからさまにホッとした顔で審判役の公爵閣下のところに歩いていった。
…………。
なんか、拍子抜けした。
ってか、ウチの領って、傭兵連中にも名前が知られてるのか。
そういえばレスタール領に近づくと盗賊も出ないって商人から聞いたような気もする。
見ると公爵閣下もどこか呆れたように苦笑を浮かべながら傭兵たちに向かって練兵場を出るように促しているようだ。
とはいえ、まだ決闘は終わっていない。
向こうは降参を宣言していないし、公爵も勝敗の判定を出していないからな。
なので、呆然と立ち去っていく傭兵や未だに地面に転がったままの兵士たちをみているテルケル伯爵家令息に改めて視線を向ける。
「ひっ!」
俺が見ているのを感じてようやく精神が現実に引き戻されたらしいボンボンが、短く悲鳴を上げながら後ずさる。
「さて、オトモダチは誰も居なくなったみたいだけど、まだやる?」
一応訊いてみる。
すると、真っ青な顔で足をガクブルさせながらへっぴり腰で剣を抜いて俺に向ける。けど剣先が不安になるくらいブルブル震えてる。
「て、テルケル伯爵家の名誉のために、お、俺が負けるわけには……」
「あ、そう? んじゃ、遠慮なく」
「ちょ、ちょっと待て、いや、待ってくれ。貴様の要求は呑む。だからここは引き分けということにしてくれな……」
周囲に聞こえないようにだろう。声を落として阿呆なことを言い始める男に構わず、戟を振って中途半端に突き出された剣を弾き飛ばす。
だいたい、今の状況はどう見てもテルケル伯爵家側の圧倒的不利。というか、実質的にはすでに決着が付いていると言ってもいい。
それなのにいきなり引き分けたりしたらたちまち俺に非難が集中するだろう。そもそもコイツが約束を守る保証なんてどこにもないし。
交渉するメリットが欠片もないんだから、俺としてはこんな茶番はとっとと終わらせたい。
信じられないといった表情で飛んで行く剣を見ているボンボンの顔面に、戟、はさすがに可哀想なのでそこそこの力を込めた拳を叩き込む。
「ブグェ!」
ちょっと手加減しすぎたか。
1リードほど飛んだだけでまだ意識があるボンボンが立ち上がろうとした瞬間、今度は顎に真下から掌底をかます。
「びじゅぇ!」
今度は左右の頬。
「あべべべべ……」
まだ大丈夫そうだな。
俺は相手の甲冑、胸の上側を右手で掴むと、身体ごと持ち上げて地面に叩きつけた。
「ごふぉっ!」
背中部分が地面にめり込む。
いくら鎧で全身を覆われていても衝撃自体はどうしようもない。
ボンボンは背中を強打したことで呼吸ができず、足を千切られたムカデのようにのたうち回る。ちょっと動きが気持ち悪い。
……まだ終了の声は掛からないな。
意識はあるようだから続行可能と見做されているのかもしれない。
けどこれ以上はさすがに拷問っぽくなるのでそろそろトドメを刺すことにしよう。
そう思って、顔面に拳を振り下ろそうと腕を振りかぶったところで、相手は両腕で頭を抱えながら蹲ってしまった。
「も、もう許してくれぇ! 降参する! 俺の負けだ! 頼む、もう殴らないでぇ!」
「それまで! この度の決闘、フォーディルト・アル・レスタールの勝ちとする!」
バカボンが宣言した直後、公爵閣下の声が練兵場に響く。
それでも念のため残心をしつつ落としていた戟を持ち直して距離を取る。
……うん、ボンボンも伯爵家の兵士も完全に戦意を喪失したようで地面に蹲ったまま動く気配はない。
これで決闘は終わり、ってことで良いな。
俺が公爵のほうに目を向けると、閣下が小さく頷いてくれたので一礼してから練兵場を後にした。
「フォーディルト様!」
練兵場の入口を抜けたところで出迎えてくれたのはサリーフェ嬢だ。
その表情は安堵と喜びと不安がごちゃ混ぜになった複雑なもので、彼女の今の立場を表しているように見える。
「約束を果たしましたよ。これでボッシュ男爵家がテルケル伯爵家から受けた負債はなくなりました。この結果は公爵閣下が見届け人になっていますから、これ以上彼らが貴女の家に何かしてくることはないでしょう」
俺はあえて明るくそう言って安心させる。
事実、今回の決闘はテルケル伯爵家が言い出したことで、ボッシュ男爵家の債権放棄も了承している。
さらには発端となった晩餐会が公爵家主催で、フォルス公爵が決闘の見届け人となっている以上、ボッシュ男爵家に嫌がらせなどしようものなら公爵閣下の顔に泥を塗ったと思われても仕方がない。
いくらフォルス公爵とは関係のない派閥に属しているといっても帝国きっての名門家に睨まれたらタダじゃ済まないから、派閥の重鎮からも目一杯釘を刺されることだろう。
「はい。フォーディルト様のおかげです。あの、お怪我などはされていませんか?」
上目遣いで俺を見つめながら気遣わしげに心配の言葉を掛けてくれる。
……良い。
この儚げな感じとか、俺のみを案じてくれる優しさとか、なにより、ほんの少しだけ背が低めの俺が見上げられるなんていつぶりか。
(精神的に)頑張って良かった。
ちょっとは格好いいところ見せられたと思う。
うん、決めた!
「あの、サリーフェ殿は昨年学院を卒業されていますよね? 今はどこで暮らしているんですか?」
「え? あ、わ、私はまだ婚姻相手が決まっておりませんので、領地で兄の手伝いなどをするばかりです。今回は、その、お祖父様が私の相手を探すからと言って」
やっぱり。
貴族とはいえ下級貴族、それも男爵家の次女以降だと結婚の相手探しは結構大変らしい。 まぁ、身分的には平民と同じ扱いだからな。
この国で女性がひとり身を立てるってのは現実的じゃないから、できるだけ条件の良い相手を孫に紹介してやりたかったんだろう。
「その、ボッシュ男爵殿には改めて正式に申し込みをさせていただくつもりなのですが」
「は、はい」
俺がそこまで言うと、その意味がわかったのだろうサリーフェ嬢は頬を染めて目を伏せる。
「ぐ、具体的なお話を進める前に、レスタールの領地を見てみませんか?」
「レスタール辺境伯様の領地を、ですか?」
「はい。こう言ってはアレですが、あまりウチの領は他からの評判が良くない、というか、帝都から遠いので色々と誤解されていて、できればサリーフェ殿にはありのままの領地を見ていただいて、そも、今後のことを考えていただけないかと」
俺の一世一代、でもないけど、緊張しまくりの提案。
受けてくれるかなぁ……。




