第25話 鎧袖一触って男の華だよな
決闘会場となっている宮殿の練兵場。
目一杯かっこつけたせいで内心羞恥に悶えながら入口に近づくと、空気を読んでくれた騎士が扉を開けてくれた。
あ、ちょっと笑いを堪えただろ? 口元が歪んでるぞ。
扉を抜けた途端目に飛び込んできたのは観覧席で練兵場を見下ろしている沢山の貴族たちと、練兵場のど真ん中で俺を待ち受けている男たち。
大将となっているテルケル伯爵家の青年と20人ほどの全身甲冑姿の兵士。動きやすそうな軽鎧姿のは傭兵だろう。
あ、フォルス公爵も居る。
まさかのご本人が立会人を務めるつもりらしい。
良いのか? 帝国宰相なんて重鎮が、こんなしょうもない決闘に。
「ふん。他の者はどうした? まさか臆して逃げ出したのか、それとも人望がなく誰も助けてくれなかったと?」
案の定、馬鹿貴族のボンボンが嫌みったらしいアホ面で煽ってくるが、美少女の応援を背に受けた俺がその程度で動じるわけがない。
「南部の甘ったれ貴族の子飼い騎士相手に援軍なんていらないでしょ」
あっ、つい本音が。
俺の言葉に、ボンボン(というには少しばかり年上だが)と甲冑姿の騎士達が怒りに顔を赤くする。
「双方、私語は慎むように」
俺に向かって何か怒鳴ろうとした伯爵子息にフォルス公爵閣下がそう言って制止する。
さすがにこれ以上公爵の機嫌を損ねたくはないのだろう、こっちを睨みながらも大人しく引き下がった。
俺は公爵閣下に向かって肩をすくめ、戟を包んでいた布を解いて丁寧に畳む。
ごく普通の綿の布だけど、結構厚手なので割といい値段がするのだ。破ったりしたらお小遣いが減ってしまう。
「双方、前へ!」
公爵閣下のかけ声でテルケル伯爵家の令息と騎士達(それから傭兵たち)が整列し、俺もそれに向かい合うように立つ。
「これよりわがフォルス公爵立ち会いのもと、カリウス・ハウレ・テルケルとフォーディルド・アル・レスタールの決闘を執り行う。
勝敗はカリウスあるいはフォーディルドのいずれかが降参する、または戦闘不能と私が判断した場合に決する。
双方、相手に求めるものを述べよ!」
「我がテルケル伯爵家とその家人に対する侮辱の撤回と謝罪を求める!」
「あ~、今回の決闘の直接的な原因となった、テルケル伯爵家が持つボッシュ男爵家とその領地に対する全ての債権を放棄してもらう、ってことで」
伯爵子息の後に俺が要求を口にすると観覧席にいた暇人どもがザワつく。
本来決闘は名誉を賭けるものというのが建前だってことくらい貴族なら理解しているだろうけど、こうまで直接的に利益が絡んだ要求をするとは思っていなかったはずだ。
でも、別に俺自身やレスタール辺境伯家に利益をもたらすってわけじゃないし、ボッシュ男爵家はテルケル伯爵家と同じ派閥。
なので、どういう経緯で俺がこんな要求をしたのか色々と想像していることだろう。
伯爵家が遙かに格下の男爵家相手に借金の形に令嬢を要求したなんて普通に醜聞になるだろうから言えるわけも無い。
さっきからものすごい形相で睨んでくるけど、別に俺は気にしないよ。そもそもその要求を呑んだのはそっちだし?
まぁ、それでも決闘で俺に勝てばそれなりに面目は保たれる、かどうかはわからないけど、衆人環視のなか、これだけの人数差で負けでもしたらそれこそ、少なくとも現当主の孫の代くらいまでは社交界で肩身の狭い思いをすることになるだろうな。
ん?
ボンボンの後ろに居る傭兵っぽい連中が顔を見合わせて何か言ってるな。こっちをチラチラ見てるけど……特に知ってる顔は無いな。
まぁいいや。
俺は相手兵士をひとりひとり見て、体格や重心、見える範囲の筋肉から大凡の力量や得意とするだろう動きに当たりを付ける。
甲冑越しに見るだけなのでかなり大雑把な予想でしかないが、それでも割と当たるのよ。
そうこうしているうちに、公爵閣下のありがたくも長々とした口上(ルール説明)が終わったので練兵場に引かれた開始線まで下がる。
向こうの布陣は伯爵家の兵士10人が半数ずつ左右に分かれて前衛。その後ろ側真ん中に傭兵たちが後衛、というよりも後詰めで固まっている。その後ろに居るのが大将であるボンボンだ。
必勝を期するならまず傭兵を先にぶつけて相手を消耗させ、子飼いの兵士で包囲するって形になるんだろうが、多分傭兵は保険で、できるだけ伯爵家の力だけで勝っておきたいんだろう。
まぁ、俺としてはどちらでも大した差はないから構わないんだけど。
テルケル伯爵家と俺、双方の準備が整ったのを見て公爵閣下が開始の合図をすると練兵場にラッパの音が鳴り響く。
形式張ったそれがどうにも奇妙に思えるが、決闘なんてもの自体儀式めいたものだ。
すぐに気持ちを切り替えて前方の兵士が突撃してくるのを待ち構える。
「うぉぉぉ!」
ブォン!
「ぐぁぁっ!」
「ぎゃぁっ!」
何も考えていないような勢いで長剣を突き出してきた兵士がふたり。
振り下ろすんじゃなく突き出してきただけまだましだけど、長柄武器を持った相手に真っ直ぐ突っ込んでくるというのは阿呆すぎる。
俺が戟を一振りすると、左側に居た兵士の脇腹を直撃し、そのままもうひとりを巻き込んで吹っ飛ぶ。
ふたりめは一応丸盾で受け止めようとしたらしいが、大の男一人分の質量が飛んできては堪えきれるはずもなく、そろって十数リードほども転がって、気を失ったのかどちらもそれきり動く気配がない
初手の二人が一瞬で潰れたことに驚いたのか、残り8人の足が一瞬止まる。
これも実戦経験の無さから来るものだろう。
戦場ではわずかでも足が止まればたちまち矢を射かけられるか、囲まれて槍でメッタ刺しだ。
いくら相手が想定外の強さを見せたからって、いや、それならなおのこと動き回って攪乱するくらいのことはしないとただの練習用人形に成り果てる。
もちろん俺がそれを見逃す理由はない。
一番近い位置まで来ていた右側の兵士の胸を戟の先端で突き、そのまま横に振って別の兵士が持つ丸盾に背の鈎を引っかけて跳ね上げる。
それと同時に無防備になった腋、防具が覆っていないところを狙ってつま先で蹴っ飛ばす。コイツはかなり痛いんだよなぁ。
感触から肋骨が2本ほど砕けていると思うが、これ以上動かなければ大丈夫だろう。蹲ったままだし。
視界の片隅で様子を見つつ、すでに次の動きに移っていた俺は逆側の兵士3人に突っ込むと同時に戟を一振り。
『な!? ぎゃっ!』
ほぼ同時に揃って同じ悲鳴を上げて吹っ飛ぶ兵士たち。
全員が甲冑の上からぶっ叩いたから命に別状はないはずだ。骨は数本折れてるだろうけどな。
「ひっ!?」
「そ、そんな」
「化け物!?」
残りの3人はすでに完全に腰が引けている。
当然そんな状態でまともに戦えるはずもなく、威嚇の一振りでへたり込んでしまった。
「さて、次は……」
兵士たちはもう放っておいても問題無いだろう。もし態勢を立て直してきたとしてもそれほど役に立たないし。
俺が用心しなきゃならないのは大した実戦経験のない伯爵子飼いのヘボ兵士じゃなく、戦場を生き抜いてきたであろう傭兵のほうだ。
戦場では礼儀だの流派だの地位だのは何の意味も持たない。
ただ敵を倒し、生き残る。
常に魔獣の脅威にさらされ、辺境故の他国との小競り合いにも加わることが多いレスタールの人間は幼い頃からそれを叩き込まれる。
だからこそ同様の精神性を持っているだろう傭兵は何をしてくるかわからない。
連中は生き残るためだったらどんなことでもするからな。




