第24話 かくして決闘開始の鐘が鳴る
フォルス公爵家の晩餐会の翌々日。
俺はどういう経緯でそうなったのか、皇宮の中にある練兵場にやって来ていた。
理由は当然、決闘のためなんだが、公爵が見届け人ということでてっきり公爵邸でやるものとばかり思っていたんだけど。
しかも、物見高い暇な貴族が聞きつけたのか、それとも公爵が告知したのか、練兵場の観覧席には沢山の貴族連中がいるようだ。
「なんだこりゃ」
「どうかしたのかい?」
俺が練兵場の出入り口で呆然と立ち尽くしていると後ろから聞き慣れた声が。
「どうしたじゃねぇよ。なんでこんなに人が集まってるんだ?」
「あぁ~……」
我が親友、リスランテが俺の質問に呆れたように肩をすくめる。
「なんか、テルケル伯爵とその令息が随分と吹聴して回ったみたいだよ。フォーへの意趣返しもあるだろうけど、フォルス公爵家の晩餐会で決闘なんて言いだした醜聞を、武勇で知られるレスタール辺境伯家の次期当主に勝ったところを見せて少しでも払拭したいんじゃない? よっぽど自信があるんだろうね」
「アホらし」
「でもそう目論むのも無理ないと思うけど? 大丈夫なのかい?」
リスがそう言いながら探るような目を俺に向ける。
まぁ、確かに端から見れば今回の決闘、俺にとって圧倒的な不利のように見えるだろう。
決闘方法が公爵を通じて俺に伝えられたのは晩餐会の翌日。
その内容は、多対多の集団戦。
あちらさんは30人用意するらしい。
なので、こっちも同じだけ連れて決闘に臨んでも良いってことだ。
件の伯爵の魂胆は実にわかりやすい。
帝都に人脈をほとんど持たず領地から滅多に出てこないレスタール家が、戦える人を集めるのは難しい。
どうやら子息のひとりが学院に通っているらしいから俺がそれなりに強いと聞いていたのだろう。確実に勝つために卑怯と言われないギリギリの人数を提案してきたというわけだ。
決闘で問われるのは個人の武力だけじゃない。
戦略、計略、知略、人脈、あらゆる力を総合した強さが必要、らしい。
つまり、人数を集められずに負ければそれは単純に俺の人望が無いだけと見做されると。
ともあれ、俺はその条件を受け入れた。
決闘は翌日ということで断ることもできるっちゃぁできる。
けどその場合、向こうは好き勝手都合の良いことを捲し立てるだろうし、そっちの方が面倒くさい。
なので、決闘は俺ひとりだけで受ける。
……べ、別に決闘に誰も力を貸してくれなかったわけじゃないよ?
ただ、俺の友人たちは平民や下級貴族が多いから伯爵家と敵対するような行動すれば実家に迷惑を掛けてしまうし、友人唯一の高位貴族であるリスもいるが、今回フォルス公爵家は決闘の見届け人なので俺に肩入れするわけにいかない。
あとは、護衛や戦闘を生業にしている傭兵を雇うって手もあるんだが、どうせそっちは連中が手を回してるだろうから無駄なことはしたくない。
ってことで、事実上選択肢は無いんだよな。まぁ、別に構わないけど。
「向こうはキッチリ30人で来てるのか?」
「そうだよ。子飼いの騎士が20人と傭兵が9人」
ん?
「大将は当事者の令息が務めるってさ。さすがにこれだけの人数差なのに決闘を人任せにするのは外聞が悪いって考えたんじゃない?」
いや、公爵家の晩餐会で醜態をさらした上にこっちに不利な条件を突きつけておいて今さら外聞もなにも無いと思うんだが。
「で? 贔屓目に見ても不利な状況だと思うんだけど、勝算はあるんでしょ?」
「無きゃ受けねぇよ、こんなしょうもない決闘」
俺はそう返しながら手に持った長い包みをフリフリしてみせた。
「自前の武器?」
「鍛錬用の、な。刃は潰してあるから死にはしないだろ。さすがにこの人数差じゃあんまり手加減はできないだろうし」
俺は長剣も短剣も使うけど、一番使うのは長さ3リード(2.4m)ほどの長柄武器だ。
鋼芯を皮で巻き、先端から70カル(56cm)に幅広の分厚い刃が着いている。刃の逆側は鈎があり抉ったり引っかけたりすることができる、戟と呼ばれるタイプのものだ。
結構な重さがあって攻撃力は高いんだけど、さすがにそんなのを使ったらとてもご令嬢に見せられない惨状になりかねない。
なので、普段の鍛錬用に作ってもらった同じ大きさと形で重量マシマシの模造戟を使う。ついでに予備武装である短剣も刃の無い練習用だ。
「油断して足を掬われないようにね」
リスの苦笑交じりの忠告に、俺は肩をすくめただけだ。
彼女の心配もわかる。
普通に考えて30人対1人じゃ多少腕が立つ程度じゃどうにもならない。ましてや俺はまだ成人前の学院生でしかないからな。
とはいえ、俺自身としてはまったく不安は無い。
別に相手を侮っているということじゃなく、単純に帝国の兵士や騎士、それも戦火から遠い南部に領地を持つ貴族の私兵の力量は十分把握しているからだ。
稀に突出した武力を持つ奴も居ないでもないけど、そういった連中は抱えている貴族が自慢しまくるのでどの家にどんな奴がいるのかはすぐにわかる。
そして、テルケル伯爵の私兵に名の知れた兵士も騎士もいない。
強いて言えば雇い入れたらしい傭兵の力量はわからないが、それでも一流どころがこんな決闘に加わるとも思えないしな。
どことなくいつもより表情の硬いリスを安心させるように肩を叩く。
「心配いらないって。まぁ見てろよ、魔獣蔓延る森に領地を持つ田舎者がどんな戦いをするか」
「……わかったよ。確かにフォーのとんでもなさは今さらだしね」
失礼な。
リスは信頼だか呆れだかわからない台詞を残して手をフリフリしつつ歩いて行ってしまった。
多分観客席で決闘を見ることになっているんだろう。
リスの後ろ姿をなんとはなしに見送る。
こうして見ると、アイツってやっぱり女の子なんだな。体つきが男とは全然違う。
女性としては肩幅広いけど厚みはあまりない。
あれで武術の実技は上位に入るってんだから、教師も惜しんでいたくらいだ。
まぁ、俺にとっちゃ数少ない心許せる友人だからな。男だ女だって余計な気を回して嫌われないように気をつけよう。
リスの姿が見えなくなってから俺も会場に練兵場に繋がる廊下へと足を進める。
「フォーディルト様!」
廊下の先、練兵場入口の大扉の前に居た騎士に声を掛けようとした瞬間、後ろから声を掛けられて振り向く。
「サリーフェ嬢。見に来られたのですか?」
声の主は、決闘の発端になったボッシュ男爵家の令嬢、サリーフェさん。
貴族令嬢らしい肌を見せない長袖に長いスカートの清楚な姿で俺のほうに駆け寄ってきている。
あんまり急いでいるようなので転ばないかハラハラしながら近づいてくるまでその場で待ってから返事を返す。
「わ、わたくしの家の事情にフォーディルト様を巻き込んでしまいましたから、せめて応援だけでもと」
「しかし、ご令嬢が見るには剣呑すぎますよ? 一応故意に殺害するのは禁止されていますが、決闘は死人が出るのも珍しくありませんし」
俺としても可憐な令嬢にあんまりスプラッタな光景は見せたくないのよ。
そんなことを考えながらあまりお勧めできませんよと言ったつもりなんだけど、彼女は形の良い唇をキュッと結ぶと首を左右に振る。
「わ、わたくしは万が一フォーディルド様が負けた時にはテルケル伯爵家へと差し出される身。謂わばフォーディルト様と運命を共にするのです。それなのに自分ひとり流血から目を背けるわけにはまいりません。どうか、わたくしが側で勝利をお祈りすることをお許しいただけませんか?」
「そ、そこまでおっしゃられるのなら。私はレスタールの名にかけて必ずや貴女をあの家の軛から解放してみせましょう」
やっぱり良いなぁ、この娘。
貴族令嬢として控えめでもしっかりとしてるし、なにより可愛い。
俺より少しだけ年上だけど、3歳差なら大丈夫だよな?
いまいち気分が乗らない決闘騒動だけど、ここで良いところ見せたらもしかするかもしれん。
なので、ガラでもないがちょっとかっこつけたことを言ってみる。
「フォーディルド様」
「どうかご安心を。観覧席で私の雄姿をご覧ください」
俺は精一杯の笑顔をサリーフェさんに見せ、上着の裾を翻しながら練兵場の入口をくぐる。
……むっちゃ背中が痒いです。
リスに見られたら爆笑間違いないな。




