第23話 決闘かぁ……
話し合い、というか、事情聴取が終わって晩餐会の会場に戻ると、すでに招待客たちが帰りはじめる頃だった。
結局、結婚相手を探すどころじゃなくなってしまったどころか、ろくすっぽ令嬢と話すらできなかったのが地味にショックだ。
本来の目的をすっ飛ばして余計なトラブルに巻き込まれてたら世話ないよな。
まぁ、首を突っ込んだのは自分なんで恨み言をぶつける相手は居ない。いや、そもそもこんな場で借金の返済を強要してた連中に責任を取ってもらおう。
「あの、フォーディルト様、申し訳ありませんでした。我が家の問題に巻き込んでしまって」
閑散とし始めた会場で立ち尽くしていると、先程の令嬢、サリーフェ嬢が深々と頭を下げてきた。
「い、いえ、かえって問題を大きくしてしまって、ご迷惑ではなかったでしょうか」
迷惑と感じているかはともかく、俺が割って入ったことで公爵まで介入することになってことが大きくなってしまったのは確かだ。男爵でしかないボッシュ家としては戦々恐々とした気分だろう。
「フォルス公爵閣下にまでご迷惑をおかけして、身の置き所がありません。ですけど、あのときフォーディルト様が助けてくださらなかったら私は……」
連中はイヤらしい顔で舐め回すように見てたからな。
下位とはいえ貴族令嬢としては耐えられないほどの恥辱だろう。
そんなことを思いながらも、改めてサリーフェ嬢を見ると、女性としては平均的な背丈に艶のあるブラウンの髪をアップに纏め、質素ながら清潔感のあるドレスを身にまとっている。
顔立ちはやや垂れ気味の優しげな目元と通った鼻筋、綺麗な形の唇は派手さはないがとても整ったものだ。
あんなことがあったばかりなのであまり不躾に身体を見るのは避けるようにはしているけど、うん、結構な美人さんだ。
あの阿呆どもの審美眼だけは評価してやろう。
「余計な口出しとならなかったなら良かったです。それに、決闘の勝敗でボッシュ男爵家に不利益がでないよう公爵閣下が計らってくださるそうなのでご安心ください」
「で、ですが、それではフォーディルト様に負担をお掛けするだけに」
「それがサリーフェ嬢の安寧に繋がるのなら男として本望、とまでは言いませんが、目の前でご令嬢が困っているのなら少しくらい手を貸したいと思うものです。なに、巷で蛮族などと噂される程度には腕に覚えもありますから心配いりませんよ」
かっこつけて言ってみる。
あまりに似合わない台詞のせいで背中がムズムズするけど。
だってさぁ、よく考えてみたら、サリーフェ嬢って俺の望む条件にピッタリなんだよ。
下位貴族の次女で性格も良さそうだし、俺が望むべくもないほどの美人。しかも聞いたところ婚約者とかもいないっぽい。
恩に着せて、なんてことは考えてないけど、少しでも良い印象を持ってもらえたらもっと親しくなれるかもしれない。
内心で俺やレスタール領にどんな印象を持っているかはわからないが、決闘に勝利してボッシュ男爵家の問題を解決することができたら、男爵も前向きに検討してくれるはず。
うん。
俄然やる気が出てきた。
ちなみに、この国における決闘の事を説明しておく。
帝国では決闘は貴族階級のみ認められる問題解決手段だ。
大昔には裁判の代わりに物事に白黒付ける手段だったらしいけど、今では完全に廃れている。そもそも暴力で解決なんて脳筋すぎるからな。まぁ、うちの領では似たようなことを今でもよくやってるけど。
なので、現在は問題が起こった場合は法に則って処理される。例外は貴族が名誉を傷つけられた場合だ。
下位貴族が上位貴族に名誉を傷つけられた場合、その回復手段として決闘を申し込むことができる。
ここで要注意なのが、上位貴族から下位貴族に決闘をふっかけることはできないということ。そして申し込まれた方は勝ったときの条件を要求できるのだが、その要求は自分や自家、自領に利益を得てはいけないと決められている。
つまり、上位貴族が不当に下位貴族を侮辱した場合、その名誉を回復するためにその貴族は上位の貴族に決闘を申し入れ、勝てば公式に謝罪と発言の撤回を求めることができ、負けた上位貴族はそれを拒否することはできない。
そして同時に、上位貴族は勝ったとしても利益を得ることは許されないのだ。
じゃないと一方的に難癖を付けて決闘するように仕向けるなんてことができてしまう。
もちろん決闘を仕掛けて負けたら赤っ恥どころの話じゃないし、爵位が下の貴族に負けたらそちらも面目丸つぶれだ。
そして実際に決闘を申し入れると、公平な立場の高位貴族が立会人となり、決闘内容や勝利条件、勝者の要求などを、状況や双方の言い分、過失の有無などを考慮して決定する。
こういった手続きを経ずに行われた決闘は無用な私闘として処罰の対象になる。
こんなふうに手続きが面倒な上に得られるのは名誉の回復だけ。
なので、実際に決闘が行われるのなんて滅多にない。らしい。
本当になんで向こうが決闘なんて言いだしたのか謎だ。
「この馬鹿者が!」
豪奢な箱馬車の中に怒声が響く。
フォルス公爵邸から出てきた馬車の中で顔を真っ赤にしながら息子を睨みつけているのはテルケル伯爵だ。
「も、申し訳ありません父上。あと一歩のところであの蛮族に邪魔されてつい」
「だからといって決闘などと言い出す奴があるか! 勝ったとしても口先だけの謝罪がせいぜいだ。ましてや相手はあの魔人公、公爵家の晩餐会でしでかしたことを考えれば恥をかくだけではすまん!」
理不尽に貶められたときの名誉回復の手段として決闘という古い習わしが生き残っているが、実際に行われることがほとんどないのはメリットが無いからだ。
決闘が認められるほど名誉を傷つけられるという事実は貴族にとって恥でしか無いし、傷つけた方も社交界でそのような行為をしたと白い目を向けられる。ことを大きくするのはお互いにとって不利益でしかない。
今回の場合、晩餐会で婦女子の腕を掴んだのを止められたという、本来なら決闘事由と認められるはずのない内容のはず。だから当然あのレスタール辺境伯令息も申し出を拒否すると、そう思っていた。
だが、それを晩餐会の主催者であるフォルス公爵が認めてしまった。
よりによって帝国最高位にして宰相の立場にあるオズワルト・ミーレ・フォルス本人が決闘を認め、さらには見届け人まで務めると。
こうなってはたとえ皇帝だろうと簡単に覆すことはできない。ましてや交易で財を成しているとはいえ高位貴族とも言えない伯爵位、官位も爵位に付随した第五階位でしかないテルケル伯爵の立場では従うしかない。
勝ったとしても公爵からの心証は悪く、負ければそれこそ恥の上塗りで当分の間は社交界の笑いものだろう。
父親の叱責に唇を噛む息子。
だがもうひとり、若い方の男が口を挟んだ。
「落ち着いてください父上。場所が悪かったのは確かですが、兄上が怒るのも致し方ないと思います。なにしろ社交界にも出てこないド田舎の山猿に侮辱されたのですから」
「私もその気持ちはわからんでもない。だが……」
「もともと我が家はフォルス公爵の派閥ではありませんし、今回の晩餐会も各派閥のバランスを考慮して数合わせて招かれただけ。心証はよくないかもしれませんが、立場上これ以上の口出しはしてこないでしょう。後は決闘に勝ちさえすれば最低限面目は保てますし、逆に武勇しか誇るものがないレスタールは評判が地に落ちる、いえ、実際の価値を正しく評し直されることになるでしょう」
「それは確かにその通りだろうが、だが成人していない若造とはいえ3年前のプリケスク王国とジェスビア王国の紛争では獅子奮迅の活躍を見せたと聞くぞ」
父親の言葉に、弟の方は余裕の笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。
「レスタールの兵士が精強なのは確かでしょうが、3年前といえばアイツはまだ入学前の子供です。おおかた後継者に箔を付けるために小さな功績を大げさに吹聴しただけでしょう。学院の武術教練でも評価が高いのは間違いないですが、それでも多少腕が立ってもひとりで戦うのは限界があります」
自信満々な台詞に、伯爵もようやく興味をそそられたようだ。
「策があるのだな?」
「集団戦を提案すれば良いのです。一部隊、30人での集団戦であれば決闘としても練武としても珍しくありません。我が伯爵家の騎士も街を守るために野盗や不満分子の鎮圧で実戦を重ねた精鋭ですし、何人か腕の立つ傭兵を加えれば勝てないわけがありませんよ」
「向こうがレスタール兵の部隊を出してきたらどうするのだ」
「レスタールは帝都に屋敷を持っていませんし、アイツは学院の寮に住んでいるので護衛すら居ませんよ。付き合いがあるのは平民や下級貴族ばかりで、唯一親しい高位貴族はフォルス公爵令嬢ですが、立会人の立場から助力はできないはずです」
「ふ~む、だが人を集められなくても武勇でならす辺境伯家となれば逃げたと受け取られるから拒否もできない、か」
「その通りです。プルバット侯爵令息もアイツのことは嫌っているようですし、学院でアイツに手を貸そうという高位貴族などいないでしょうから」
そこまで聞いて伯爵の顔もようやく落ち着いた余裕のあるものになる。
「なるほど勝算はありそうだな。だが、カリウス、決めるのは貴様だ。どうする?」
「ジュシルがそこまで考えてくれたのです。私も剣には自信がありますので自ら騎士達を指揮して見事勝利を収めて見せましょう」
決闘は試合や模擬戦とは違う。
正式に認められた決闘では、相手を死なせたとしても罪に問われることはなく、法律上戦死として扱われる。
なので、普通は貴族が自ら決闘することはなく、代理の者、つまり可能な限り勝利の可能性の高い腕利きの配下や場合によっては傭兵を雇う。
だが当然、当事者が自ら決闘の場に立つということは勇気のある行為だと賞賛されることも多い。
それに、ただでさえ人数的な優位が明らかなのに当事者が決闘を配下任せにしたとあっては勝ったところで批判されかねない。
しかし、南部地域という、帝国でも紛争や脅威とは縁遠い領地を持つ彼らは知らない。
本物の戦場が野盗や小規模な叛乱などとはまるで別物であることも、戦場を駆け巡ってきた傭兵たちにレスタール辺境伯領の兵士がどう見られているかも。




