第21話 決闘を申し込まれたんだが?
事前にリスからも聞いていたが、今回の晩餐会はそれほど堅苦しいものではなく、定期的に行っている懇親会のようなものらしい。
参加しているのは主にフォルス公爵家や親しい貴族家とその寄子貴族。それに主要な派閥の中堅貴族家がランダムに招待されている。
なので、公爵家が主催する晩餐会の中では比較的小規模だと言うんだけど、とてもそうは思えないほどの人数がホールに居た。
俺のイメージでは晩餐会なんて挨拶合戦があったり、下位の貴族からは話しかけちゃいけないとか、ギスギスした雰囲気を覚悟していたんだが、そんなことはないようだ。
公爵自身やその家族はさすがにホストとして招待客の相手をしていて忙しそうだが、その他の連中はホールのあちこちにばらけて集まり、和やかに談笑している。
もちろん交友を広げるために挨拶回りをしている人たちもそれなりに居るので、俺が同じように動き回っても悪目立ちすることはなさそうだ。
「失礼します。ご挨拶させていただけますか?」
早速、比較的近い位置に居た集団に声を掛ける。
貴族家当主らしき人が3人いて、それぞれ配偶者と子女を連れている。
奥方以外の女性は4人。と、小さなレディがひとり。
令息らしき男もひとり居るが、あまりこの集まりに意味を見いだしていない様子で、つまらなそうにグラスを傾けていた。
これなら俺が令嬢に声を掛けても文句は言われないだろう。
「もちろん。私はブリジスト子爵家のタントです」
「私はセセリース男爵です」
「コールベル子爵と申します」
不躾に声を掛けたのに朗らかな笑みを浮かべて名乗ってくれる。
俺よりもずっと年上なのに口調が丁寧なのは、見た目で爵位や官位がわからないからだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。私はレスタール辺境伯の一子、フォーディルトと申します。お見知りおきくださると光栄です」
家の爵位は彼らより上でも、俺自身はまだ貴族じゃないので精一杯謙る。
なのに、名乗った途端、彼らの顔が盛大に引きつる。
「れ、レスタール辺境伯の」
「そ、それほど高位の貴族家とは、わ、我々では分不相応ですな」
「我々も他の方々へご挨拶に伺わねば」
あ、あれ?
慌てたようにそそくさと立ち去る集団を、間抜け面さらして見送る俺。
令嬢たちに至っては顔色を青くして俺の視線を避けるように顔を背けてるし。
……酷くない?
え? もしかしてレスタール家って、俺が思ってた以上に嫌われてる?
い、いや、確かに蛮族貴族なんて陰口を叩かれてるくらいだから、きっと田舎に偏見があるんだろう。
全部が全部そんな貴族ばかりじゃないはずだ。
「申し訳ないですが、レスタール辺境伯家と我が領地は距離が離れすぎていて……」
「武門の名家が相手とは恐れ多くて……」
「娘にはすでに婚約者が……」
「レスタール領に行った人間は生きて帰れないと聞いていて……」
泣いていいですか?
俺が声を掛けると、貴族らしい丁寧な口調で応対してくれつつスススーッと距離を取られてしまうんだけど?
中には露骨に嫌そうな顔をしたり、名乗った途端に悲鳴を上げる令嬢まで居る始末。
特に最後の奴!
風評被害もいいところだ。
普通に商人も行き来してるし、他領から来た民だってそれなりに居るぞ!
かなり凹みながらも、それでも諦めずに周囲を見回す。
さっきまでは令嬢にばかり注意していたせいで気がつかなかったけど、晩餐会に参加している貴族たちはいくつかのグループに分かれているようだった。
一番大きいのはやはりフォルス公爵家に近しい貴族たちのグループのようで、皆が気心知れたというか、リラックスしているように見える。
その他は10数人ごとの集団で、おそらくは別々の派閥なのだろう。
公爵は特定の派閥に属していない。というか、ある意味公爵自身が派閥の長のような立場だ。
だから複数の派閥からそれぞれの有力貴族をこの晩餐会に招待しているらしい。
派閥によって晩餐会を楽しんでいるところもあれば、不満そうな態度をチラホラ見せているところもある。
派閥にもいろいろあって、皇位継承権上位の皇族をそれぞれ支援している派閥や、貴族の権限を拡大しようとしている派閥、中央集権を進めたい派閥などがあるのだが、フォルス公爵は皇帝陛下に忠誠をつくしつつも、領主貴族と行政機関のパワーバランスの均衡を指向する立場だ。ようするに現状維持派だな。
不満そうにしている連中はそれが面白くないが、さりとて公爵に隔意があると見られたくないということなのだろうな。
こういうところが親父が帝都に来たがらない理由ってことだな。本当に面倒くさい。
まぁ、どこの派閥にも属していないのは我がレスタール家も同じ。
お呼びが掛かったこともないしな。
その分派閥の力関係なんて複雑な事情に構うことなく行動することができるわけだ。
半ば心が折れそうになってはいるけど、それでも折角来たからにはひとりでも条件に合う令嬢と出会いたい。
そう決意を新たに、無駄にだだっ広い晩餐会の会場を歩き回る。
すると、会場の奥の方、公爵たちのグループからはかなり離れた場所にいる集団が目に入った。
20代くらいの男と俺と同じくらいの少年、それから年配の男の3人が、初老の男性と10代後半くらいの令嬢を囲むようにしながら話しかけている。
が、どうにもあまり和やかとは思えない雰囲気だ。
男たちの方はニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべているし、初老の男性は青い顔をしながら令嬢を男たちから引き離そうとしているように見える。
加えて、その令嬢は怯えたように顔を引きつらせていて、今にも泣き出しそうな感じ。
どうしようか。
言い寄られて困っているようなら助けに入った方が良いのだろうけど、事情を知らない俺が下手に首を突っ込んで主催者の顔を潰すわけにもいかない。
幸いなことに俺のほうに意識は向いていないようなので気配を殺してさりげなく近づいてみる。
会場の外れに近いとは言ってももちろん周囲にそれなりに人は居るので難なく盗み聞きできるくらいの場所に来ることができた。
うん、人聞き悪いけど仕方がないよな。
「だから、いい加減良い返事を聞かせて欲しいと言っているだろう」
「し、しかしいくらなんでも無体が過ぎます! それに担保として孫を行儀見習いに出せなどと。それもこんな場所で言うことではないでしょう」
「融資してくれと泣きついてきたのは貴家のほうだろう? それに何度も使いを出しているのに一向に話が進まないのだから仕方がない」
ふむふむ。
どうやら老人と令嬢の家はあの3人組の家から融資? 借金? そんなようなものをしていたらしい。
んで、その返済の担保として令嬢を寄越せと。
……どこの悪徳商人だよ。
しかもここがどこだかわかってる?
帝国随一の名門貴族、フォルス公爵家主催の晩餐会だよ?
まぁ、だからこそ相手も逃げたり騒ぎを大きくしたりできないから、それが狙いなんだろうけど。
けど下手をしたら公爵に睨まれることになるってのはわかってるはず。なのにそれをするってことは、公爵とは距離のある派閥ってことなのかもしれない。
話を聞いた範囲だとどちらが悪いとも言い切れない。
実際、貴族だからといっても経済的に豊かとは限らない。領地によっては税収も少ないし、それでも立場上帝都に邸宅を構えたり、見栄を張らなきゃならない場面も多いから支出が半端ない。
ましてや、産業が農業に偏っていると天候次第で一気に収入が減るなんてこともあるからな。
そういうときは寄親に支援してもらったり、近隣の貴族家から融資を受けたりして当座をしのぐなんて事も少なくないらしい。
中には財政が逼迫して、爵位を返上する家もあるくらいだ。
とはいえ、さすがに令嬢を要求するのはやり過ぎじゃないかと思う。
行儀見習いなんて言っているが、男たちの目を見るに明らかに目的はそれだけじゃなさそうだ。
ぶっちゃけ、スケベ親父のねちっこいイヤらしさしか感じない。
その視線を浴びてる令嬢はというと、なんか、すっげぇ可愛いんですけど?
俺より2、3は年上みたいだけど、派手さはないが優しそうで目鼻立ちもかなり整ってる。怯えて顔色を悪くしているけど、かなりの美人さんだ。
となれば、どちらに肩入れしたいかなんて考えるまでもない。
願わくばお近づきになりたいくらいだけど、恩を売って声を掛けたんじゃあの男たちと同じになってしまう。
とりあえずこの場を収めることを優先して公爵か、公爵に近しい高位貴族に間に入ってもらった方が事が大きくならずに済みそうだ。
俺がそう考えて公爵の姿を探すために連中から目を離した直後、令嬢の悲鳴のような声が響く。
「や、止めてください!」
「は、伯爵、後日必ずお伺いしますので、どうかこの場はお許しください」
「うるさい! いつまでものらりくらりと逃げられるなど……なんだ貴様は!」
やっちまった。
男のひとり、20代くらいの奴が令嬢の腕を掴んで引き寄せようとしているのを見て思わず身体が動いてしまった。
男の手首を捻り上げ、令嬢を解放してから身体を間に割り込ませる。
「少々お酒が過ぎるようですね。ここは公爵閣下の晩餐会ですよ」
できるだけ穏やかに聞こえるようにそう宥める。
けど、こういう輩には無駄なんだろうなぁ。
「貴様には関係ないだろう! 放せ! い、痛、うぐぁ!」
あまりに尊大な態度にイラッときて思わず掴んだ腕に力がこもる。
メキッとか音がしたけど大丈夫だよな?
「貴様、我々がテルケル伯爵家だと知っているのだろうな」
今度は年配の男が割って入り、掴んでいる手を振り払おうとしたので大人しく離す。ついでにご丁寧に自分の爵位を言ってくれた。
テルケル伯爵、確か帝国南部の交易都市を領地とする貴族だっけか。
かなりの資金力を持っていて、その権勢は侯爵と同等以上とか聞いたことがあった気がする。
まぁ、とにかく名乗られた以上はこっちも挨拶はしておかなきゃな。
「それは失礼しました。自分はレスタール辺境伯の嫡男、フォーディルト・アル・レスタールと申します」
家としての爵位は上だけど、俺自身はまだ平民と同じなので丁寧に頭を下げておく。もっとも謙るつもりはないけどな。
「レスタール辺境伯だと? 魔境の蛮族が何故公爵の晩餐会に居るんだ」
んなもん、招待されたからに決まってるだろうが。
ってか、陰口たたかれ慣れしすぎていたせいで聞き逃すところだったが、コイツ普通に魔境の蛮族とか言いやがったな。
「ほう、確かに我が領は辺境ではありますが、いささか口が過ぎるのでは?」
「社交界にも出てこない野蛮人を蛮族と呼んで何が悪い。どの派閥からも声が掛からない田舎貴族には理解できないかもしれんが、余所の派閥の中のことに口を挟まないでもらおうか」
完全に喧嘩売ってきてんな、コイツ。
爵位は上でも、中央に人脈のないレスタール家が手を出せないとでも思っているんだろう。それはまぁ事実だけど。
ただ、それは逆にコイツらがレスタールに手を出す手段もないってことだ。
「社交界、ねぇ。だったら田舎者にもわかるように教えてもらいたいんだけど、立場を笠に着て、いい歳した男が3人揃ってたったひとりの令嬢に乱暴狼藉をはたらくのが社交界の礼儀って奴なのか? 蛮族もビックリな治安の悪さだな」
たっぷりの皮肉を込めて言ってやる。
細かな事情は知らないが、一連のやり取りは端から見ててそうとしか表現しようがなかったからな。
当然その言葉に向こうは一瞬で怒りに顔を赤くする。
煽り耐性なさ過ぎない?
「無礼な! 爵位も継いでいない小僧が、我々を侮辱するつもりか!」
「事実を指摘したことが無礼にあたると? では、つい先ほど当方を蛮族だの野蛮人だのといった貴族にあるまじき言葉で罵ったのは無礼とは言わないのでしょうか? 随分と都合の良い言い分ですね」
必殺、正論パンチ!
俺の冷静な指摘に言葉に詰まるテルケル伯爵家の面々。
ふっふっふ、ダテに毎日のように嫌味な令息に絡まれてないぞ。喧嘩と名前がつくなら殴り合いでも罵り合いでも負ける気はない。
「貴様!」
こっちを睨みながらプルプルしてる。
さすがにここで暴力沙汰を起こすほど馬鹿ではないだろうからそろそろ引き下がってほしいものだけど、落とし所をどうするか。
煽ったのはいいけどもちょっと俺も考え無しに行動しすぎた。
けど、そろそろこっちの不穏な雰囲気を察して公爵あたりが来ると思うんだけどな。さっきから眉を顰めてこっちを見ている貴族たちも居ることだし。
そんな風にある意味時間稼ぎしていたら、相手は思ってもみない暴挙に出てしまった。
「もう許さん! カリウス・ハウレ・テルケルは名誉を守るため、貴様に決闘を申し込む!」
「…………は?!」
なに言ってんだ?




