第20話 晩餐会の始まり
フォルス公爵。
しつこいようだが帝国の重鎮中の重鎮にして、数ある貴族の中でも歴史、格式、財力、領地、権力、影響力、どれをとっても筆頭貴族の名に恥じないほどの名家でありながら、公爵本人もその人柄と能力で宰相という地位まで上り詰めた俊英だ。
元々の家柄や現皇帝陛下と学友だったという運もあるのだろうが、高位貴族たちの中でそのことを口に上らせる者は居ないと言われるほどの実績がある。
俺もレスタール辺境伯の名代として何度か顔を合わせたことがあるのだが、俺から見た公爵の印象はとにかく厳格な感じ。
宰相という立場もあっただろうけど、長年皇太子の、そして今では皇帝陛下の片腕として辣腕を振るい、魑魅魍魎が跋扈する貴族社会を統括してきた威厳がこれでもかと滲み出ていて、とても冗談どころか、要件以外の言葉を出すことなんてできなかった。
噂によると剣の腕もかなりのもので、今でも鍛錬は欠かしていないのだとか。それは立ち居振る舞いを見てもわかる。
そんな人物が、目の前で険しい表情をしてこちらを見ている。
正直、もの凄い居心地が悪い。
なに? 俺、睨まれてる?
愛娘と仲良く馬車に乗って来たから?
いやいや、俺とリスはそんな関係じゃありませんよ?
「……相変わらず帝都での仕事を押しつけられているようだな。ガリスの奴にも困ったものだ」
「いや、まぁ。自分が何を言っても聞く耳を持たないので、宰相閣下から厳しく指導していただけると助かります」
うちのクソ親父の事を愛称で呼んでいるのでそれなりに親しいのかもしれない。そう言えば皇帝陛下と同い年の友人付き合いしてたということは公爵とも学友だったということか。聞いたことは無かったけど。
いい加減な性格の親父と、厳格な公爵とじゃ相性はあまり良くなさそうだけどな。
「私が言ったところで同じだろうがな。……ところで」
公爵の声のトーンが一段下がった。
怖いよ。
「リスランテとかなり親しいと聞いているが?」
うわっ、直球で来た。
「それは、その、そう、ですね。割と仲は良いと思います。同性の友人のような付き合いですが」
言外に特別な関係じゃないという意味を込める。
「……そうか。まぁコレは少々変わり者だから迷惑を掛けているだろうが、よろしく頼む」
俺の答えに、一瞬虚を突かれたような表情を見せた後、公爵は困ったように溜め息を吐きつつそう言って踵を返した。
「開始までまだ少し時間がある。別室に案内するからそこで待っていてくれ。リスランテ、頼んだぞ」
「はい、父上」
公爵は振り向くことなくそう言って歩いて行ってしまった。
「愛想がなくてごめんね。まだ来賓も全員揃っていないみたいだし、半刻くらい時間潰していようか」
そうしてリスに案内されたのは応接室だ。
広さはそれなり。調度品は抑え気味だがどれも一目で質の良さがわかる。こんな部屋がまだいくつもあるんだろうなぁ。
「今日の晩餐会で、フォーはとにかく令嬢と話をしたいんだよね?」
「当然!」
それが目的だからな。
さすがに一日だけで距離を詰めるのは無理だろうけど、最低でも脈がありそうな令嬢を見つけたい。
子爵家か男爵家の令嬢で、次女か三女くらいの穏やかそうな女の子と知り合えたら最高だ。
「僕は残念なことに主催者側だからね。フォーにエスコートされる機会は別に期待するとして、一緒には居られないからあまり羽目を外さないでくれよ」
「わかってるって。宰相閣下に目を付けられたくないからな」
なにより令嬢たちにドン引きされたら目も当てられない。
せめて外面くらいは紳士に振る舞えるよう頑張るつもりだ。
拳を握って決意を新たにしている俺を見て、リスが心底呆れたように肩をすくめる。
高位貴族が主催する晩餐会はそれなりの手順というかルールが存在する。
よく言われるのが爵位の低い家から入場し、主催者が最後に会場に入るというもの。
茶会やパーティーという形式だとそこまで格式張ったことは無いらしいけど、晩餐会となれば細かなルールが暗黙の了解としてあって、そこから外れたことをすれば常識が無いとみなされてしまう。
地位だけの蛮族と名高い我がレスタール家は他の貴族を招いて晩餐会なんて開かないし、当然のことながら明文化されていない暗黙の了解なんて知るよしもない。
なので、今日までの数日間、リスや晩餐会に参加したことのある友人(下級貴族)から色々教わった。
んで、今も時間ギリギリまで、うんざりとした顔を隠そうともしないリスにあれこれと質問したのだった。
「リスランテ様、お時間になりましたので公爵閣下のところへおいでください。フォーディルト様も会場へご案内いたします」
たっぷり半刻(1時間)ほど待たされ、ようやく公爵家の侍女がそう伝えてきた。
リスと俺はソファーから立ち上がり部屋を出て、そして別々の場所に向かう。
「じゃあ、フォーも頑張ってね」
「ああ、色々とありがとな。時間があったらまた後で話そう」
友人の激励に、俺は笑顔で拳を見せる。が、帰ってきたのは溜め息だった。なんでだ?
侍女さんに先導されて晩餐会の会場に入ると、そこは下級貴族の屋敷がすっぽりと入りそうなくらい広いホールだった。
大きな窓も開け放たれ、夕闇に沈みつつある庭園が見える。
会場には既に多くの人、多分100人を優に超えるくらいの貴族やその家族が居たのだが、どういうわけか俺の方を見てザワついている。
「レスタール辺境伯家の令息だと?」
「あれが魔人卿か」
「これまで茶会にすら出てこなかったのに、何故?」
「見た目は意外に普通だな」
「あんなに小さいのか」
どうやら社交界に縁のなかったレスタール家の人間がフォルス公爵家の晩餐会に出席しているのに驚いているらしい。
まぁそれも無理もないか。実際、ウチはこういう場に呼ばれたこともなければ主催したこともないんだから。山猿とか蛮族とか言われてるくらいだし。
ただ、最後の奴、お前の顔は覚えたかんな!
俺は小さくなんてない。少しばかり成長が遅れてるだけだ!
表面上はなんとか笑みを保ちつつ心の中でぼやく。
リスに言わせると俺は考えていることが顔に出やすいらしいので気をつけないとな。
気持ちを切り替えて、さりげない風を装いながら会場を見回す。
聞いていたとおり未婚の令嬢もそれなりに出席しているようで、顔だけは見たことのある学院の生徒もチラホラ確認できた。
既婚や婚約者がいる令嬢は肘上までの長い手袋をする慣習らしいのでわかりやすくて助かる。
俺がどうやって令嬢たちに声を掛けようか考えを巡らせていると、会場に公爵とその奥方、そしてリスが入ってきて、会場の貴族たちが一斉に拍手をして出迎える。
リスには弟がひとり居るそうなのだが、まだ社交界デビューしていないのでこの場にはいないようだ。
「今宵は我が公爵家の晩餐会に出席していただいたこと、感謝する。といっても、さほど代わり映えのないいつもの晩餐会だ。気を使わず楽しんでもらいたい」
公爵がごく短い挨拶をして、杯を掲げる。
「アグランド帝国と偉大なる皇帝陛下に」
『アグランド帝国と偉大なる皇帝陛下に!』
会場の人たちが声を揃えた。
さぁ、いよいよお嫁さん探しをはじめよう。




