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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
学院編

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第18話 閑話 魔境の戦士

side ヴェルテ


 広大な麦畑を踏み荒らしながら進軍してきた数万にも及ぶジェスビア軍。

 私たちではそれを止めることはできないとわかっていながら、少しでも損害を与えるべく迎え撃とうとしていた。

 そしていよいよジェスビア軍が動き始めた直後、我が軍の右側から土煙を上げながら所属不明の集団が突っ込んでいった。

 とはいえ距離があるため判然としないが、それでも数はせいぜい2000ほどでしかない。

 奇襲のような形になったとはいえジェスビア軍はすぐに体勢を立て直して反撃する。そう思われた。


 しかし、実際の光景は目を疑うものだった。

「っ! 魔法を使える者は居るか? 遠見の魔法だ」

 私がそう言うと、すぐ後ろに控えていた騎士のひとりが水桶を持ってきて呪文を唱え始める。

 木桶に入っていた水が玉状になって宙に浮き、やがてその形を変えて円盤状になり遠くの景色を映しだした。

 水魔法のひとつ、遠見の魔法と呼ばれるもので、水の円盤を通して遠くのものを拡大して見ることができる。

 戦いでは欠かせない魔法だが、貴重な真水を使う上に効果時間も短い。なにより移動しながらでは使えないのだが、この場合はそれでも構わない。


「あれは、レスタール辺境伯の兵士、なのか?」

「軍旗を見る限り、間違いなさそうです。しかし、噂には聞いていましたが凄まじい……」

 魔法で拡大したことでハッキリ見えるようにはなったのだが、そのことが逆に信じられないと思わせる。

 思った通り、レスタール辺境伯の旗を掲げた歩兵の一団の数は2000に満たない程度でしかないのだが、彼らが足を進めるたびジェスビアの兵は、騎兵も歩兵も関係なく吹き飛ばされ、そのたびに隊列が引き裂かれていく。

 もちろんジェスビア軍も無抵抗なわけではないのだが、レスタールの兵は3リード(約240㎝)ほどもある大矛を片手で振り回し、近づいてくる兵士を片っ端から切り捨てている。


 将軍が言ったように噂では幾度も聞いたことがあった。

 曰く、単身で百人の兵士を倒す。

 曰く、大岩を素手で砕く。

 曰く、馬よりも速く走る。

 曰く、少数で大軍を相手に戦える。

 お伽話ですらあり得ないような眉唾物の噂でありながら、数体で街を滅ぼすような魔獣が闊歩する魔境に住むという事実が信憑性を持たせる。

 噂の出所は行商人や帝国からということだったが、隣接しているとはいえ帝都の頭越しに交流するわけにもいかないため直接の面識は持っていない。

 荒唐無稽な話ばかりが聞こえてくる近くて遠い領地。

 それがプリケスク王国のレスタール辺境伯領の印象だった。


 今回援軍要請の使者を送ったのも苦肉の策。他に方法がなかったからにすぎない。

 しかも、魔境との距離を考えれば、どれほど急いでも使者が到着したのは一昨日のはずだ。援軍が来るのが早すぎる。

 だけど、私のそんな困惑を余所に、レスタール軍は勢いを落とすことなく進み続け、やがてジェスビア軍のど真ん中まで達すると、それまでの縦列から扇状に広がった。

 そこからさらに信じられない光景が目に飛び込んでくる。

 レスタール兵に押されてジェスビア軍が後退していく?

 いいえ、削り取られていっているという表現のほうが相応しいと思えてしまう。まるで、薄く平らに焼いたパンが大きな顎に囓り取られているよう。


 なかでも一際目立っていたのが真ん中の先頭部分。

 遠見の魔法越しでも豆粒くらいにしか見えないけれど、一際巨大な矛、いや先端は長剣ほどの長さの刃と戦斧が組み合わさったハルバードのような形状だが、通常よりもかなり大きい。

 もしアレが鋼でできているのだとすればとても人に扱えるような重量ではなさそうなのに、まるで木の枝かのように目で追えないほどの速さで振るわれている。

 もちろんジェスビア軍もたった2000にも満たない兵に負けてなるかと押し返そうとはしている。

 件の先頭の戦士に向かって人馬共に甲冑で覆われた重装騎兵が一度に3騎突撃していく。

 が、重装騎兵の槍が届く寸前、戦士の姿は掻き消え、ほぼ同時に3騎が揃って馬も甲冑も諸共両断されて地に落ちた。

 切り捨てられたのだろう。それは、わかる。

 逆に言うとそれだけしかわからない。


「……化け物、ですな」

「将軍、もしアレがジェスビアの次に我々に矛を向けてきたらどうする?」

「…………」

 無意味な質問をしてしまった。

 我が軍が為す術なく蹂躙されるばかりだったジェスビア軍がまるで子供のように蹴散らされるような相手に抗することなどできるはずもない。

 あのハルバードの戦士が突出しているが、他の兵もまさに一騎当千と言えるほどの技量を見せつけているのだから。

 さりとて将軍の立場でどうしようもありませんなどとは口が裂けても言えないだろう。


「それより、彼らにばかり戦わせるわけにはいかないわね。援軍に任せてなにもしなかったなどと言われては堪らないわ」

「確かに。あまりのことに呆然としてしまいました。レスタール軍の脇を抜けて向かってくるジェスビア兵も居るようですし」

 将軍がそう言って表情を引き締める。

「隊列を整えよ! この戦い、勝つぞ! 向かってくるジェスビア兵を迎え撃てぇ!!」

『お、おぉ~~!!』

 やや間の抜けた感じではあるが、それでも絶望的な状況から一転、勝ちが拾えそうになっているのは兵士たちも感じていたのだろう。

 遅れて鬨の声が上がり、我が軍も敵に向かって駆け出したのだった。



「殿下、レスタール辺境伯軍の指揮官をお連れしました」

「入りなさい。くれぐれも指揮官殿に無礼をはたらかないように」

 緊張のあまり声が震えそうになるのを懸命に堪え、何とかそれだけを口にする。

 少し声が裏返ってしまったような気がするけど許してもらいたい。

 あの後、わずか1刻(2時間)ほどであっけなくジェスビア軍は敗走した。だが、当たり前だけど私たちの勝利と浮かれることなどできるわけがない。

 レスタール辺境伯の援軍で混乱するジェスビア軍を相手に我が軍も奮闘したが、それでも討ち取った敵兵の数はレスタール軍の一割にも満たない。数は10倍もの開きがあるのに。


 壊走状態だったとはいえ、ジェスビア軍がこのまま本国に逃げ帰るとは思えない。

 今回の敗戦で数を減らしはしたものの、それでも我が国の兵より遙かに多いのだし、今回の侵攻はあの国にとっても乾坤一擲のものだったはず。

 一度の敗戦でおめおめと逃げ帰ったとあっては軍上層部は軒並み首を晒すことになるだろう。

 私たちがレスタール辺境伯や帝国の援軍無しにジェスビアを打ち破ることはできない。

 とにかく、今回援軍として来てくれたレスタールの指揮官から見捨てられるわけにはいかないのだ。

 なので私はジェスビア軍が敗走したのを見届けるとすぐに使者をレスタール軍に送って会談を申し入れた。


 使者を務めてくれた者によると、レスタールの指揮官はその申し出を快諾してくれ、配下の兵士たちを我が軍とは少し離れた場所に後退させて陣を敷いたそうだ。

 これは私たちにとってもありがたかった。

 戦い直後で気が立っている者も少なくない状況で、面識のない指揮系統も異なる兵士が近くに居れば無用なトラブルが起きかねない。

 そのこと一つとってもレスタール軍が噂に聞くような蛮族ではなく、きちんとした規律と、他国への配慮ができる相手だと思えた。


「どうぞこちらへ」

「ありがとう。あ、一応武器は預けておかなきゃね。はい」

 天幕のすぐ外から案内と、指揮官とおぼしき声が聞こえてきた。

 ……随分と声が若い気がするけど、気のせい?

 直後に案内の兵士の驚いたような、慌てるような声が聞こえたが、それを確認する間もなく入り口の幕が捲られて、二人の男と将軍が入ってきた。

 私はすぐに立ち上がり、歩き寄る。


「ようこそおいでくださった。こちらへ呼びつける形になって申し訳ない」

 そう言って私は入ってきたふたりのうち、()()()()に向かって手を差し出した。

 だが、男のほうは困惑した顔でもうひとりに目を向ける。

「殿下、その、レスタール辺境伯軍の指揮官はそちらの方だそうです」

「え?」

 将軍が申し訳なさそうに頭を下げながら手で示したのは、私が挨拶をしようとした男の隣。

 小柄で、幼さの残る少年。

 歳はどう見積もっても10代の前半にしか見えない。


「あ~、すみません。見た目どおりの若輩ですが、一応レスタール辺境伯の実子、フォーディルトと申します。なんか、指揮官に見えなくてごめんなさい」

「い、いや、こちらこそ、失礼な態度を取ってしまった。申し訳ない」

「いえいえ、普通に考えて俺みたいなガキが指揮官なんて信じられないと思うので」

「そんなことは、とにかく私の確認不足で不快な思いをさせてしまい」

「いえいえ」

「いやいや」

 しばらく間抜けな謝罪合戦を繰り広げてしまった。


 これが私とフォーディルト殿。

 小柄で人好きのする笑みを浮かべた、それでいて無類の強さを持つ戦士でもある彼との出会いだ。

 


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