【73】改心と暗躍と
元の世界に戻るのは少しお預けにして、アベルの母親の処遇をどうしようか三日くらい悩んでいたら、妙なことが起きた。
急にアベルの母親が改心したのだ。
「私、今までなんてことをしてきたのでしょう。とても罪深い生き方をしてきました。大切なものはお金ではなく、愛だったのだと……今更気付くなんて!」
アベルの母親がおかしくなっていると、日課のゲテルをかけに行ったオウガに言われて牢屋に行ってみればこの有様だった。
この三日ほど、薬を出せとか、何で私がこんな目にだとか。
自分の事しか考えていない台詞しか吐かなかったのに、どういう心境の変化だろうか。
改心したフリをして、ここから出して貰おうと思ってるのかな。
そう思ったけれど、その瞳は澄み切っていて。
瞳の中には星がキラキラと輝き、まとっているオーラは善人そのものだ。
……こんな状態どこかで見たことあるような?
思い出すのは、前にエリオットがイクシスやフェザーに使った魔法。
古代光属性魔法の最大奥義、《聖なる太陽の祝福》。
触れた人の魔を払う魔法。
その魔法から生み出される小さな太陽のような球体に触れた者は、愛に満ちた善い行いをするようになり、悪い事ができなくなる。
術者の言うことが善い行いだと思い込むから、自白させたり下僕を作るのにぴったりだ。
そう言って私の可愛いエリオットに、ニコルが勝手に教え込んでくれたとんでもない技の一つだ。
アベルの母親が屋敷にやってきた時。
異世界へ旅立つ私達三人以外には、クロードとフェザー、そしてエリオットとメアがいた。
けどその後は大人だけで話し合いを持ったから、アベルの母親が地下の牢屋にいることをエリオットは知らないはずだった。
エリオットに確認しようと思って屋敷を探せば、エリオットは屋敷から外に出ようとしているところだった。
まるでこれから旅に出かけるかのように、エリオットの肩には膨らんだ風呂敷包みのようなものがあった。
「エリオット!」
声をかければ扉の手前で、間を置いてエリオットが振り返る。
「どこ行こうとしてたのエリオット。しかもそんな荷物持って」
「ちょっとおでかけ。それより、何か用?」
エリオットが少し慌てたような様子で尋ねてくる。
「エリオットは最近、《聖なる太陽の祝福》を、最近使ったりした?」
「ううん。メイコと使わないって約束した」
いきなり本題を尋ねれば、エリオットは首を横に振る。
エリオットが私に嘘を付くとは思えないし、嘘をついているようにも見えなかった。
「何かあったの?」
エリオットが首を傾げる。
「それがね……」
言おうかどうか少し悩んで、視線を下げる。
エリオットを疑ってるみたいに思われるのが嫌だったけれど、やっぱりエリオット以外に犯人が思いつかなかった。
「当ててやろうか。急に悪人が善人になって、オレ……僕があの魔法を使ったのだと思ったんだろう?」
妙にはきはきとしたエリオットの声に、顔を上げる。
黒い瞳には自信に満ち溢れた、強烈なまでの色。
いつものふんわりとしたオーラが、威圧的なオーラに書き変わったかのように感じた。
「それをしたのが僕だろうと、そうでなかろうと。悪人が善人になり、一瞬にして毒素が消えたなら、何を困ることがあるんだ」
戸惑う私の顔を見て、ふんと馬鹿にしたようにエリオットが笑う。
「もしもその魔法をかけたのが、仮に、万が一僕だとしてだ。この体の魔力量と技術から言って、明日の朝には元通りになる」
タイムリミットは、明日の朝まで。
そう強調して、エリオットが口にする。
それは自分がやったと認めるようなものなのに、私との約束を破ったという後ろめたさは一切無くて。
子憎たらしい口調で、エリオットは言い放った。
「さっさと聞きたいことを聞き出した方がいいんじゃないか? 色々あるだろう。麻薬の出所や、誰と繋がっているか。善人である間にできることがあるはずだ」
その言葉からして、エリオットは誰が善人になったのか、理解しているようだった。
こんなところで油を売っている暇があるのかという態度だ。
「エリオット……?」
まるでこれではエリオットが、ニコルくんみたいだ。
戸惑いながら名前を呼べば、エリオットがふっと笑う。
「ニコルくん……?」
ついその名前を口にすれば、エリオットが眉を寄せる。
「何を言っている。お前にはこのどこもかしこも白い貧弱な個体が、気高い黒竜に見えるのか」
エリオットの表情は、少々苛立っているようにも見えた。
こんな強い口調で話すエリオットなんて、見たことがない。
「いや見えないけど……」
「なら聞くな。さっさと面倒事を片付けて異世界に行って、白竜になってしまえ」
これ以上話す気はないと言うように、エリオットは外へと出て扉を閉じてしまった。
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どう思い返しても、さっきのエリオットはニコルくんみたいだった。
問い詰めたい気持ちはあったけれど、確かにアベルの母親が善人になっている今しかできないこともある。
牢屋に戻れば、すでにオウガやイクシスが彼女から色々なことを聞き出していたようだった。
アベルの母親は、麻薬の売買に手を貸していたらしい。
辿っていけば、わりとあっさり怪しい薬の出所はわかった。
現国王の親族であるルーカス・レッドーフォードが、それに関わっている可能性があるようだ。
執務室に集まって、イクシスやオウガ、それとクロードと話し合う。
「面倒ごとの匂いしかしないな。手は出さないほうがいいんじゃないか?」
「私も同意見です」
オウガの意見に、私の横に控えるクロードが頷く。
アベルの母親の話によると、私の領土ではまだ麻薬は流行ってないようだ。
けれどいつこちらにまで流れてくるかわからない。
こういう危険な事は静観して置いた方がいいとは思う。
ただ、この麻薬事件はアベルに関係している。
元の世界の乙女ゲーム『黄昏の王冠』の事を考えると。
放っておけば、後々この事が厄介事を運んでくるような予感がした。
現国王の末弟であるルーカス・レッドーフォード。
実は彼、アベルの実の父親だったらしい。
アベルの母の証言でそれがわかった。
この麻薬事件に、王族の関係者である父。
ゲーム内でアベルが王子暗殺に手を貸す、その裏の繋がりが見えてきた気がする。
「多分、この事件はヒルダが殺される未来に深く関わってると思うの。だから、やっぱり私はその出所をどうにかしたい」
「――そんなことしてると、殺されちゃうよ? メイコお姉ちゃん」
はっきりと皆にそう告げれば、耳元で囁く声がした。
いつの間にか私の体にメアの蛇――おそらくはいつも私の影に入っているサミュエルくんが巻きついていて。
「ひゃぁぁっ!」
驚いて声をあげれば、しゅるしゅるとサミュエルくんは私の影に消える。
いつの間にか、背後にメアがいた。
「っ! メア、いつの間に!?」
イクシスが叫び、オウガと一緒に立ち上がって警戒するように構える。
メアは屋敷の範囲内くらいだったら、いつでも私の影に移動できたけれど、それを二人は知らなかった。
「イクシスさんも、オーガストさんも殺気はともかく、気配を読む方は本当苦手だよね! 竜族は最強だから、気配なんて読む必要がないんだろうけど」
ははっとメアは笑う。
深めのパーカに短いズボン。
この国では変わったいでたちをしているメアの背後には、闇属性の幻獣である影でできた蛇が、三体うねっている。
四体目の蛇であるサミュエルくんは、私の影の中で大人しくしているようだ。
フードに隠れた金髪に紫の瞳は、この国の王族の証。
この国の第一王子の双子で、忌み子として死んだことになっているメア。
王子とうり二つの顔は気品がありながらも、悪戯っぽい表情をしている。
ニコニコとしながら、その瞳は笑っていないのが常だった。
「そんなんじゃ、おれの他に誰かが見張ってても気付けないよ?」
小首を傾げてメアは言う。
そこには僅かに含みが持たされている――そんな気がした。
「……何か用か?」
「イクシスさんじゃなくて、オーガストさんに用事だよ。おれ異空間の部屋に行ってみたいんだ。かなり興味があるんだよね。イクシスさん入れてくれないし。一回だけ! ねっお願い!」
尋ねたイクシスではなく、オウガの横に座ってメアがお願いし始める。
子供っぽい無邪気な動作。
その様子は、ここじゃ話せない何かがあると言っているように見えた。
イクシスもそれに感づいたのか、オウガに視線を寄越す。
「……わかった。ちょっとだけな」
オウガは私とイクシスの顔を見て、少し考えたようだったけど頷く。
「やったー! お兄さんいい人、いやいい竜だね!」
はしゃぐその様子は、本当に嬉しそうで普通の子供のように見えたけれど。
どこか演技っぽいものを感じていた。




