【54】竜とレースと口づけと
イクシスの兄弟たちに誘われて、草原へと出かける。
竜の里で過ごして四日目。
今日は、毎年恒例だというレースをやるようだった。
兄弟が揃っているこの時期に必ずやるイベントらしい。
一番目の竜のお嫁さんが持ったカゴの中に、イクシスの兄弟たちが金色の胡桃みたいな実を入れていく。
「もしかして、あれコルダの実ですか?」
「そうだよ! よく知ってるね!」
私の質問に、少し幼い感じのする喋り方で彼女が驚いた顔をする。
ゲーム内でコルダの実は、絶滅寸前の実とされていて。
食べるとステータスを底上げできる貴重なアイテムだった。
散々ゲームをやった私でも、二度くらいしか手に入れたことがない。
その実はとても美味だということは、図鑑で読んで知っていた。
どうやら今からこの実をかけて、レースをするらしい。
兄弟全員で竜になって、遥か頭上にある島に一つだけ置いてある花輪を取って戻ってこればオッケー。
全員胸に宝石のようなものをぶら下げていて、コレを壊されたら失格。
攻撃、妨害なんでもありのゲームだ。
花輪を持ち帰った竜にはコルダの実と、副賞として花嫁からキスが贈られる。
イクシスの家族以外にも、広場にはたくさんの竜族。
誰に賭けるか予想をと、二番目と三番目の竜のお嫁さんが、生き生きした顔で賭け金を皆から受け取っていた。
もはや一種の行事と化しているらしい。
竜族の里は娯楽に飢えているようだ。
二番目の竜のお兄さんは、ニコニコと楽しそうにしていて。
三番目の竜のお兄さんは、勝負が始まる前から疲れた顔をしていた。三番目のお兄さんからは、なんとなく苦労人の香りがする。
「それじゃ、そろそろやりますか!」
二番目のお兄さんがそう言って、それを合図に皆が竜へと変身していく。
同じ竜でも顔立ちも見た目も、結構違う。
イクシスの兄弟は赤に紺に黄色、灰色など色とりどりだ。
尻尾が太いものや、翼が小さいもの。
角の形が上を向いていたり、顔立ちがしゅっとしていたり。
一言に竜と言っても個性があった。
「オウガも竜になるんだよね。何だか変な感じがする」
横にいるオウガに話しかける。
人だと思って接してきたから、オウガが竜になれるという事に違和感があった。
この四日間でようやく、角や翼が生えたオウガに慣れてきたところだ。
「オレが竜になるのが嫌なのか?」
「そうじゃないけど、知ってるオウガが、知らないオウガみたいというか。ごめん何言ってるかわからないよね!」
尋ねられて、笑って誤魔化すように口にする。
ちょっとしたモヤみたいなものが、胸にあった。
もの凄く仲がいいと思っていた相手の、知らない部分。
オウガは謎が多かったから、何でも話してくれているとは思ってないし、詮索する気もなかったけれど。
ずっと隠し事をされていたような……ちょっと寂しい気分になっていた。
「どんな姿でもオレはオレだ。竜だからって……オレが嫌になったか?」
少し困ったような、不安そうな顔でオウガが尋ねてくる。
「そんなわけない! そういう事じゃなくて、私にくらいは言っていてくれてもよかったんじゃないかな? って思っただけ!」
たぶん驚いたと思うし、言われたところで信じられなかっただろう。
オウガが黙っていた理由もよくわかるけれど……まぁつまりは、いじけた気持ちになっただけだ。
「……メイコ!」
「ちょ、どうしたのオウガ!?」
感極まったように私の名前を呼んでオウガが抱きついてくる。
慌てて体を離そうとしたけれど、オウガが少し泣いているのに気付いて止める。
「……オウガなんで泣いてるの?」
「そんなに簡単に受け入れてくれるなんて思わなかったんだ。竜だって知られて、今まで通りに接してくれなくなるのが怖かった……こんな事なら、もっと早く勇気を出していればよかったな」
戸惑いつつも尋ねれば、オウガが後悔と嬉びの混じる複雑な声で呟く。
その大きな体はちょっと震えていた。
オウガは私に竜だと知られて、嫌われることをとても恐れていたんだと気付く。
「そりゃ驚くとは思うけど、そんなことくらいでオウガを避けたりしないわよ。当たり前でしょ?」
「メイコ……ありがとな」
思わず呆れて溜息を吐けば、オウガが私を腕から解放して顔を綻ばせる。
「だいたいオウガが何であれ、私にとっては大切な……親友なんだから。むしろ、その程度で嫌いになると思われてたことに怒りたいくらいよ」
ふくれっ面で叱るような口調に隠して、恥ずかしいけれどさりげなく友情を伝えてみる。
高校の時からの腐れ縁、なんて言ったりはしていたけれど。
なんだかんだで私は、オウガが年齢も男女間も超えた、一番の友達だと思っていた。
「……なんだか、素直に喜べなくなってきた。複雑な気分だ」
人が折角友情を示したというのに、オウガときたらあまり嬉しそうじゃなかった。
親友だと思ってたのは私だけなのかと少し悲しくなる。
「そんな顔するな。親友と言ってくれるのは嬉しいが、オレが求めてるのがそれじゃないってだけの話だから」
少し寂しそうな声でそう言って、オウガががしがしと頭を撫でてくる。
イクシスもそうだけれど、二人はよく頭を撫でてくる癖があった。
見上げたオウガの私を見る目で、そういえばオウガは私が好きなんだったと思いだす。
いつものようにオウガが接してくるから、つい忘れてしまいがちだ。
ごめんと謝りそうになったけれど、たぶんそれをオウガは嫌がるだろうと思ったので、何も言わずに撫でられることにする。
「オーガストと何してるんだ。こっちにこい」
低く不機嫌な声でイクシスに呼ばれて、そっちへと行く。
近づけばイクシスは私の手を引いて、体を密着させてきた。
「メイコ、キスするぞ」
「えっ、うん」
耳元で囁かれて頷く。
ついオウガと話しこんでしまっていたけれど、イクシスは私のキスがないと竜の姿になれなかった。
イクシスがくいっと私の顎をあげてきて、唇を重ねてくる。
竜になるために必要な、宝玉の力を得るためのキス。
ちゅっと唇に触れるだけで十分なはずなのに、イクシスのキスは深い。
まるで奪うような激しさがあって、容赦ないその口付けに目の前がちかちかとした。
「あーっ! イクシス兄ちゃん駄目だよ! 花嫁のキスは優勝した人の特権なのに!」
「どうせ俺が勝つから、先に貰っただけだ」
非難する末っ子竜の声に、イクシスが名残惜しそうな顔をして唇を離す。
間を引く唾液を、親指の腹で拭われるように唇をなぞられてゾクゾクとする。
体に力が入らなくて、熱に浮かされてしまったようだった。
くたっとしなだれかかった私の耳元で、イクシスが笑う。
「力が入らないほど、よかったのか」
「……っ!」
意地悪なことを言われて、言葉に詰まる。
人前でこんなキスなんてと普段なら文句も言うところだけれど。
恋人同士という設定と、竜になるためには必要なのでぐっと堪える。
イクシスは余裕たっぷりなのに、私だけが翻弄されているようで……悔しかった。
「オレの目の前で見せ付けるとは、いい度胸だなイクシス。メイコはオレの花嫁候補でもあるんだ。勝ってメイコからキスを受け取る権利は、オレにもあるはずなんだが」
「あきらめろオーガスト。俺にかなう訳ないだろ」
攻撃的な視線を向けてくるオウガに、イクシスは不敵に笑う。
二人の間に火花が散っていた。
イクシスが竜の姿になる。
赤く大きな竜は、綺麗な金色の瞳。
がっしりした足や、鋭い爪。
力強さを感じさせるその見た目は、他のどの竜よりも格好いいと思ってしまう。
同じようにオウガが竜の姿になった。
黒い体躯と、深い青の瞳。
その姿は色以外、イクシスと瓜二つだった。
「二人とも竜の姿だと、そっくり」
『双子だからな』
思わず呟けば、同時にオウガとイクシスが答える。
人型の見た目は全く違う二人だけれど、竜の姿で見れば双子だというのが納得だった。




