【37】使い魔と残念な王子様
ゲーム内でのレビン王子は、コケガシラに勝負を挑みそれでいて負ける。
奥義をしつこく使おうとして、毎回失敗。
最後に一撃だけコケガシラの頭上に電撃を落とし、気絶するのだ。
そして後は主人公とその使い魔が、コケガシラと戦闘することになる……『コウコウゴケ』を手に入れるイベントはそんな感じだった。
土属性のコケガシラに、電撃を使う馬鹿はいない。
だからこそ『コウコウゴケ』の存在は、今まで誰にも知られずにいた。
ゲーム内ではレビンのおかげで、主人公は『コウコウゴケ』を偶然採取できるのだけれど。
はっきり言って面倒な王子だと、ゲームしてる時にも思った。
目の前には、詠唱を唱えるレビン。
騎士達が痛めつけたため、すでに瀕死状態のコケガシラの上には大きな魔法陣。
そこから電撃を纏った雨雲がもくもくと出ていた。
この無駄に長い詠唱からすると、光属性の奥義を使うつもりなんだろう。
「よくわからないが、あれはメアではないんだな? しかし詠唱が長いぞ。もう瀕死なんだから、さくっと剣で切ればいいだろう」
ずっと黙っていたフェザーが早くすればいいのにと、正論を言って首を傾げた。
行動が理解できないらしい。
「レビン王子の事だから、自分が倒したっていう功績がほしいのよ。お付の人たちも毎回大変だと思うわ」
「詳しいな。あいつと知り合いなのか?」
答えた私に、純粋に疑問を持ったらしいフェザーが尋ねてくる。
「あれはこの国の第一王子よ、フェザー。メアと似てるけど、そこは気にしないで。それにしても長いわね。もう五分以上経つような気がするんだけど」
適当に話を誤魔化せば、フェザーがつまらなさそうにレビンの方を向く。
長すぎる詠唱に飽き始めたらしい。
「まだ時間がかかりそうだな。この辺りを調べてくる」
イクシスがそう言って、森の方へ入って行ってしまう。
私もイクシスについていけばよかったかなと思いながら、王子を見守る。
あくびが出てきて、フェザーが木の枝に座って眠り始めた辺りで、空が白く染まるほどの雷がようやくコケガシラの上に落ちた。
「さすが王子! これでコケガシラを全て倒されましたね!」
「コケガシラを川に追い込むことで水に濡らし、電撃の効果を高めるなんて普通思いつくことではありません!」
「これで民も安心して眠れます。皆王子に感謝することでしょう!」
周りの騎士達が、レビンを口々に褒め称える。
「ふっ。土属性だろうと、俺様の圧倒的な実力の前には弱者でしかない。ふはっ、ははっ。あーはっはっは!」
『黄昏の王冠』のプレイヤーの間で、ネタとして有名な台詞を吐いてレビンが高笑いする。
「アイツ、ほとんど何もしてないのに偉そうだな」
そんな中、フェザーの正直な言葉が思いのほか大きく響いた。
マズイと思って、木の上にいるフェザーを見上げたときにはすでに遅かった。
「なんだお前は」
レビンがこっちに気付いてしまった。
紫色の双眸が不機嫌そうに細められ、こっちを睨んでくる。
その顔は双子だけあって、メアとよく似ていた。
「はじめまして王子。隣の領土を治めている、ヒルダ・オースティンと言います」
幸い王子の目に木の上にいるフェザーの姿は映ってないようだ。
にっこりと笑って誤魔化すように頭を下げれば、レビンの頬がほんのり赤く染まった。
ヒルダの美貌にくらりときたらしい。
なかなかませた子供みたいだ。
「お前がオースティン領の女領主か。ハーフエルフの美しい女と聞いていたが……噂以上だな」
「王子に褒めて貰えるなんて嬉しいですわ。このあたりにコケガシラが出現したと聞きまして、隣の領土としても放っておけず、退治にきたのですが……もう王子が倒してしまわれたのですね。ありがとうございます!」
とりあえず褒めておく。
ゲーム内でレビンの好感度が上がる台詞は、大抵褒め言葉だ。
全くそう思ってなくても、褒めてさえおけば問題ない。
「王子として当然の事をしたまでだ。民が困っているのを見捨てるわけにはいかないからな」
ふふんと偉そうにレビンが胸を張る。
まだ十歳なので、ちょっと微笑ましい。
これが十五歳くらいになると、蹴り飛ばしたくなるのだけれど。
「おい、メイ……ヒルダ! コケガシラの頭にオレンジのコケが生えてる!」
イクシスが、川の方で大きな声を上げて私を呼んできた。
「本当!?」
レビンの相手をしている場合じゃなかったとそちらに走れば、確かにコケガシラの頭にオレンジ色のコケが生えている。
「普通の電撃じゃなくて、光属性の奥義を使ったから……毒性の強いコケが発生していたのね」
「川で倒してたせいで、コケが溶け出してたみたいだな。しかも見ろあそこ」
イクシスの指し示す先には、川の中にうずまるコケガシラの巨体がいくつも見えた。
どうやら王子様は倒すだけ倒して、コケガシラの後始末をせずに放置していたらしい。
見える範囲では三体ほどのコケガシラが確認できた。
このコケガシラたちから、オレンジのコケのエキスが流れだし、病の原因となっていたんだろう。
幼い頃からなんてはた迷惑な王子様なんだ!
拳骨の一つや二つお見舞いしてやりたいけれど、ここは我慢。
それよりもコケガシラをどけて、川からコケの影響を取り除くべきだ。
「さすがに人型でどかすのは無理だ。キスしていいか?」
イクシスが了承を得るように尋ねてくる。
いきなりそんなことを聞かれて、胸がドキッと音を立てた。
「い、いいわよ。さぁこい!」
目をぎゅっとつむって、唇をぎゅっと閉じる。
体を強張らせれば、イクシスが溜息を吐いた音が聞こえた。
「色気も何もないな……」
ちゅ、と軽く唇に触れる感触がして、風が吹き上がる。
ゆっくりと目を開ければ、竜の姿になったイクシスがそこにいた。
「なんだなんだ! これは竜じゃないか!」
レビンがイクシスに気付いて、嬉しそうな声を出してこちらにやってきた。
イクシスはレビンを一瞥したものの、それよりもコケガシラを退けるほうが先だと作業を黙々と始める。
イクシスは二体ほどコケガシラを掴んで、大空へと羽ばたいた。
山の奥の方へ捨ててくるつもりなんだろう。
「ヒルダはペットに竜を飼っているのか」
「彼は私の守護竜です。ペットというわけではありませんわ」
イクシスを見上げながら、うらやましいというように口にしたレビンに答える。
「凄い迫力だ。赤くて大きくて格好いいな。なぁヒルダ、あれを俺様に譲ってくれ」
思わず相手が王子なのも忘れて、何を言ってるんだお前はと言いそうになった。
譲るもなにも、守護竜だと今言ったばかりだ。
何よりイクシスは物じゃない。
「それは無理です。イクシスは私と死を共にする契約をしています。つまりは一心同体のようなものなのです」
顔が引きつるのを感じながらも、できるだけ丁寧にお断りする。
「そうか……それは困ったな。じゃあ、ヒルダも一緒に俺様が貰ってやる」
いい考えだろう? というようにレビンが斜め上の提案と共に笑いかけてきた。
言葉だけ聞けばプロポーズのようにも聞こえるが、物凄く軽い。
しかも嫌がられたり、断られたりするとは一切考えてない顔だ。
思わず唖然として、口を馬鹿みたいに開けてしまった。
「夫には先立たれたと聞いている。辺境の領土を女が一人で治めるのも大変だろう? そちらは他のやつに任せて、俺様の愛人になればいい。不自由はさせない」
十歳の子供の言う台詞とは思えない言葉だ。
しかもその顔は、本当にそれが私にとって幸せだと信じて疑ってない。
「ふざけるな! 我が主がお前ごときの愛人になるわけがないだろう。そもそも愛人などという考え自体、吐き気がする!」
さすが前世で不人気ダントツナンバーワンの攻略対象様。
呆れを通り越して関心していたら、フェザーが私の横に飛んできて、レビンに対して怒鳴った。
「何だ獣人の分際で、俺様に意見するつもりか」
すっとレビンの瞳が細められ、そこに冷たい光が宿る。
獣人であるフェザーを見下して、不敬だというような態度だ。
「お前自身何の力も持たないくせに、偉そうなやつだ」
「……なんだと!」
煽るようなフェザーの言葉に、レビンが怒りを露にする。
黙ってまわりを取り囲んでいた騎士達が、腰に下げた剣に手を添えた。
場合によっては、獣人であるフェザーを切り捨てるつもりなのかもしれない。
ここではそれくらい獣人の命は軽く扱われていた。
ひやりとしたものが胸に落ちてくるような心地になりながら、さりげなくフェザーを庇おうとレビンの前に進み出る。
「私の使い魔が失礼な事を言ってすいません。それより、こんな場所にどうして王子がいたのですか?」
「コケガシラが出たと聞いて、俺様の光属性の力で倒してやろうと思ったんだ。苦手とされる土属性だろうと、俺様には関係ないということを知らしめてやるためにな」
話を変えれば、王子がよくぞ聞いてくれたというように、自慢げに答える。
「結局トドメだけしか刺してなかったくせに」
フェザーが私の後ろで呟く。
折角誤魔化せそうだったのに、これでは台無しだ。
「おい……そこのお前。さっきからうるさいぞ。俺様に何か文句があるのか」
ぼそりと本当の事を呟くフェザーを、レビンがギロリと睨みつける。
「あの程度の魔法で威張りすぎだ。我の主ならあれより凄い魔法を、瞬時に唱えることができる」
「俺様の方が凄いに決まってるだろ! 俺様は幻獣を持っているんだぞ!」
フェザーの言葉に、レビンが激昂する。
どうやら触れてはいけない、彼の浅すぎるポイントを突いてしまったらしい。
「おいヒルダとやら。そんなにお前の魔法は凄いのか」
「えっ?」
レビンに突然そんな事を尋ねられて、戸惑う。
「当たり前だ。我の主なのだからな。お前の長いだけの詠唱とは違い、我が主の詠唱は格好よさも兼ね備えている」
ずいっと私の前に出て、フェザーが胸を張る。
「ならその実力を見せてみろ。俺様にそんな口叩いたんだ。たいしたことなければ、虚偽の罪で投獄だからな!」
余裕を見せるフェザーに、食って掛かるようにレビンがそう口にした。
「あぁそれくらい構わない。そうだろう、主よ?」
フェザーは答え、私に視線を投げかけてきた。
「こいつに主の魔法を見せて、格の違いを見せてやってほしい」
期待に満ち溢れた顔が眩しい。
私ならやってくれると信じて疑っていない様子だ。
「ちょっ、フェザー!?」
「そこまで言うならその実力を見てやろう。大したことなければ……わかっているな?」
うろたえる私を値踏みするように、レビンが視線をよこしてくる。
「望むところだ」
うろたえる私の代わりに、フェザーが勝手に勝負を引き受けてしまった。
「いやいやいや! 無理だよフェザー!?」
「……そうだったな、今は忙しかったんだった。次でいいか?」
必死に訴えた私に、フェザーがハッとした顔なり、レビンに告げる。
「なんだ、逃げるのか?」
「我が主は逃げも隠れもしない。ただ今は立て込んでいる。主の魔法が見たければ……そうだな、二週間後に屋敷を訪ねてくるといい。その頃には我が主の問題も解決しているはずだ」
睨んでくるレビンに対して、不敵にフェザーは答えた。
レビンは少し考えるように黙ってから、わかったと頷く。
「ならこうしよう。二週間後、ヒルダには俺様と魔法で対決してもらう。そっちが勝てば何でも好きな褒美を与えよう。負けた時は……」
一旦言葉を切って、レビンが熱っぽい瞳で私を見つめてくる。
「ヒルダを竜ごと俺様のものにする。それでいいな?」
「我が主が勝つから構わない。勝負を挑んだ事を、後悔することになるぞ?」
レビンの言葉をものともしないように、フェザーは堂々とそう口にする。
一切負けるとは思ってないようだった。
オロオロとする私の前で、レビンとフェザーの勝手に話は進んで行く。
いやそれ駄目です!
私魔法使えないんですよ!
そう言いたいけれど、言える雰囲気じゃない。
相手は腐っても王子様。この状況では、フェザーと私が嘘つきということになり、その場で罰を受ける可能性もある。
「それでは二週間後、楽しみにしている。後日決闘の方法、詳しい場所や日時などを指定した文を届けさせる。逃げるなよ?」
そういい残して、レビンは去って行く。
「誰が逃げるものか。なぁ主?」
「はは、そうね……」
フェザーに話しかけられて、弱々しく口にする。
王子相手だと逃げるにも逃げられませんよ?
魔法できないのにどうしろと!?
病の方の問題も解決してないのに、やっかいごと増えたんですけど!
許されることなら、今すぐに地面に膝をついて泣きたい……そんな気分だった。
★5/5 脱字修正しました! 報告ありがとうございます!




