【20】眠る少年と、遺言と
ギルバートとの再会を果たして、獣人の国での一つの用事は終わった。
しかし折角獣人の国に来たのだから、少し観光したい。
そう言えばクロードもオッケーしてくれたので、その日は早めに就寝することにした。
昨日の今日で疲れていたので、少し遅めに起きようかと思っていたら、早朝からノックの音で起こされる。
荒いノックだし、クロードではないようだ。
イクシスはノックなんてしないし、フェザーが私の部屋を訪れることはない。
消去法で言うとジミーくんだろう。
軽く支度をすませドアを開けたら、目の前に花束が押し付けられた。
「うわっ!?」
戸惑いながらも、その大きな花束を受け取る。
視線を少し下に下げれば、フェザーがこっちを睨んでいた。
「お前が言っていたことは本当で、ギルは生きていた。我は悪い事をしたな。許せとは言わん。だが……悪かったと思っている!」
ツンとそれだけ言って、フェザーは去って行く。
もしかして今のって、お詫びだったんだろうか。
あまりにも突然であっさりしていたから、頭がついていけてなかった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「そんなに見られると食べ辛い」
「あっ、ごめん」
朝食の席で、私はついフェザーを凝視してしまっていたようだ。
「ふん、謝らずともよい。我がいきなり態度を変えたから戸惑っているのだろう。言っておくが、別に我は分からず屋というわけではないのだ。悪いと思えば謝るし、態度だって改める」
フェザーの私に対する振る舞いは、まるで違っていた。
尊大な態度は元々なのか変わらないけれど、棘がない。
「でもお前も悪いのだぞ。ギルを捨てたわけじゃなく、獣人の国へ帰したのだと最初から教えてくれれば……いや、たぶん我は信じなかっただろうが」
自分の態度を反省しているのか、フェザーの言葉尻は弱い。
思っていたよりも、根は素直な子のようだった。
いやぁ、色々あったけど獣人の国に来てよかったな。
これを見ているとそう思える。
まぁそんな思いをぶち壊してくれる方もいるわけですが。
「ヒルダ様と一緒にご飯を食べられる日がくるなんて幸せです。もう、ぼくは今死んでもいいくらいです」
「まったく、ギルは大げさすぎる。ところでその手に持っているものはなんだ?」
「これは、さっきヒルダ様が手を拭っていた紙タオルで……まだ使えそうだから拾ったんだよ」
「ギルは昔からよく拾いものをしてくるな。ごみを拾ってどうするんだ」
にこにこして幸せそうなギルバートと、しかたないなぁと言った様子で顔が緩んでいるフェザーの会話が目の前で繰り広げられる。
体の大きな犬の獣人ギルバートよりも、小さな鷹の獣人フェザーの方がお兄さんと言った感じで微笑ましい空気が流れていた。
おかしいなぁ。
共用の手を洗う場所に紙タオルがあって、布のタオルじゃないんだ珍しいとか思いながら手を拭いた後、ゴミ箱に投入した覚えがあるんだけど。
ギルバートくんは、ちょっとストーカな気質も兼ね備えているかもしれないね?
紙タオル何に使う気なのかなと怖くなったので、当然回収しておきました。
ギルバートは残念そうな顔をしてましたが、絶対に返したりはしません。
ちなみに、この後のギルバートの処遇ですが。
フェザーは連れて帰りたがってるみたいだけど、置いていくつもりです。
花屋のお仕事もうまくやってるようだし、こっちでの人付き合いもあるようですしね。
なにより、私の精神安定上よくないと思うの。
それにギルバートは、ヒルダがいなくても十分幸せにやっていける。
あなたを連れて行くつもりは無いとギルバートに言った時、そう私は確信した。
「ぼくの気持ちを高ぶらせて……放置するというわけですか。本当にヒルダ様は酷い人だ。でもそこが……大好きです」
こんな感じで頬染めてたので、何の心配もいらないなと思ったよ。
それもまた心地いいみたいな顔してたから、もうこの子本当にどうしようかと思った。
正直、置いてく心配よりも、ギルバートの将来の方が心配になったよ!
……ヒルダから離れて、新しい恋なり生き方なり見つけて欲しい。
そう、切実に願うところです。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「クロード、ジミーはまだ起きないの?」
「心配いりませんよ。いつもの事ですから」
朝食の席にジミーがいなかったので、クロードに尋ねれば安心してくださいというように笑う。
ヒルダのお気に入りの少年ジミーは、手のかからない良い子なのだけど少し問題がある。
ひ弱というわけではないのだけれど、一度眠ったらなかなか起きないのだ。
気付いたらいなくなってて、部屋で寝てるという事が多い。
こんな風になったのは一ヶ月くらい前からのことで、もしかして体がどこか悪いのかと、医者に見せたけれど何でもないという。
獣人の国に連れて行くことも心配ではあったのだけれど、本人が平気だというから連れてきた。
……もしかして、無理させてるんじゃないかと心配になる。
「お嬢様が顔を見せれば起きると思います。行ってあげてください」
クロードに言われてジミーの部屋を訪れる。
コンコンとノックしたところで、背後に人の気配を感じた。
「……?」
振り向いたけれど誰もいない。
気のせいかと思った時、中からどうぞという声が聞こえて、部屋に入る。
「すいません、また寝過ごしてしまったみたいで」
「体調は大丈夫なの?」
声をかければ平気ですとジミーは笑って立ち上がり、持ってきた鞄の中から手紙を取り出して手渡してきた。
「これは?」
「ぼくからの手紙です。もしもぼくが三日以上目覚めなかった時に開けてください」
尋ねた私に、爽やかな調子でジミーが告げる。
「……そんなこと言われると遺言書っぽくて怖くなるんだけど。本当に大丈夫なの? 私無理させちゃってた?」
思わず蒼白になった私に、柔らかくジミーは微笑んだ。
「あなたが気に病む必要はないです。いつかくるかもしれないときに備えて渡すだけですから」
いやいやいや、気になるって!
どう考えても遺言書っぽいよコレ。
「気を強く持ってジミー! どこも悪くないってお医者様も言ってたし、人生これからじゃないの!」
ジミーは眠ってしまう体質のことを気に病んで、心が落ち込んでいるのかもしれない。
そう思って励ませば、ありがとうございますとジミーは口にする。
「ぼくは十分に楽しく生かしてもらいました」
ふふっと幸せそうに、ジミーは笑う。
十三歳のくせに妙に悟ったような子だった。
「ぼくのことを思ってくれるなら……あなたに一つお願いをしてもいいでしょうか」
「何、何でも言って! 美味しいものでも何でも買ってあげるから!」
ジミーが希望の光を持てるならばと食いつけば、分厚い手紙を渡された。
「ヒルダに宛てた手紙です。記憶が戻った場合にのみ開けてもらえますか?」
「えっ? うん……わかった」
優しい顔をするジミーは、私に手紙を握らせて。
その手を宝物のように、そっと撫でた。
「それじゃあ、また眠くなったので失礼しますね。おやすみなさい」
そう言ってジミーがまた眠ってしまったので、しかたなく部屋を出る。
希望を持ってもらおうと思ったのに、遺言書が増えただけのような……。
ジミーから貰った二つの手紙が、私の手の内で存在感を放っていた。
★4/19細かい修正しました。誤字報告ありがとうございます!




