【バトン3】無×ジミー(ジミー視点)
★2015/09/06の活動報告に載せていた小話を再編集したものです。
バトンを貰い、それにあわせた話となります。
ジミー視点のお話です。
フェザーのIFルートを別枠で作ったので、そっちもよければどうぞ!
「おはようございます」
挨拶はする。でも返ってはこない。
この家では、ぼくはいないことになっているから。
お手伝いさんが食事を用意してはくれる。
でも、ぼくに話しかけることはしない。
あまり味がしないご飯をただ食べる。
自分の立場は理解していた。
本当は存在してはいけないんだと。
家には年老いた夫婦が住んでいる。
ぼくは彼らの養子ということになってはいたけれど、実際にはそうじゃない。
本来なら許されるはずのない間違いによって生まれてしまったぼくは、本来ならこの世に存在してはいけない人間だった。
世界は無色で透明で。
空気のように、ぼくは生きていた。
誰かの邪魔にならないように、できるだけ視界に入らないように。
それが存在してはいけないぼくが、ここにいるための手段だったから。
誰かと比べれば苦しくなる。
それが分かっているから、何も考えない。
ただ毎日をすごして、流す。
何も持たなければ――日々は過ぎていく。
でも時々思う。
こんな風にしてまで、生きてる意味はあるのかなと。
何も持たないなら無と同じだ。
そこにぼくがいたって、いなくたって。
この世界は問題なく回っていく。
むしろぼくがいないほうが、きっとスムーズに回りだす。
「危ない!」
誰かの叫び声、悲鳴。
タイヤのゴムが擦れるような甲高い音。
落ちてくる影。
そちらを見れば、カーブを曲がりきれなかったトラックがぼくの眼前に迫っていた。
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「ジミー」
誰かがぼくの名前を呼ぶ。
心地いい声。
彼女に呼ばれて初めて、ぼくは名前があることの意味を知った。
そうやって自分の名前を呼ばれると、ここにいるんだって実感できる。
その瞬間は、ぼくはここいる。
幽霊になって知るなんて、馬鹿げたことだと思うけれど。
あの世界でぼくの名前は――誰にも呼んでもらえなかったから。
彼女の声で、名前を呼んでもらいたくて。
ぼくはまた寝たふりをする。
「ジミー起きなさい。朝の支度」
高圧的な態度でぼくの上に乗っかって、彼女がぼくの名前を呼ぶ。
これ以上寝たふりをすれば、拗ねられてしまうので起きることにした。
「おはよう、ヒルダ」
「おはよう。ほらさっさとしなさい」
ぼくが起きたのを確認して、ヒルダが指を弾く。
一瞬にして周りの風景が変化した。
異空間から、外の世界へ出たのだ。
ぼくが過ごしていたニホンとは別の世界。
異世界、とでもいうべき場所。
そこがヒルダの生きてる世界だった。
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トラックにひかれて幽霊になって。
気付けばぼくは不思議な空間をさまよっていた。
そんなぼくを拾ってくれたのがヒルダだ。
まぁ拾われたというより……異空間に押し込められて、囲われたと言ったほうが正しいのだろうけれど。
ぼくに逃げる意志がなかったから、同じことだ。
ヒルダは幽霊のぼくに体を与えた。
この世界に縛り付けられたぼくは、勝手にどこかへ行く事はできない。
ただぼくがどこにも行く気がないから、これもどうだっていいことだった。
異空間という特殊な部屋は、ヒルダの心と繋がっているらしい。
最初入ったときは白い部屋だったのに、今では牢屋のような様相。
不釣合いな可愛い大きなベッドが、檻の中にはあって。
そこでいつもぼくは、ヒルダと一緒に眠りにつく。
朝になれば出してもらって、ヒルダの髪を結う。
それが終わればヒルダの異空間に閉じ込められる。ヒルダの気まぐれで外に出してもらって、ヒルダが帰ってくるのを待って一緒に眠る。
朝になれば出してもらって、またヒルダの身支度を手伝うのだ。
繰り返しと言えば、繰り返しの生活。
ぼくの生活の大半は、異空間の檻の中で自由なんてないけれど。
「ジミー」
ヒルダが甘えるようにそう呼んでくれるから。
今のぼくは、空っぽなんかじゃなかった。
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珍しく夕方に呼び出された。
ヒルダに赤いドレスを着せて、髪を結う。
これから舞踏会があるらしい。
十八になったヒルダは、誰もが口をそろえて美少女だという顔だち。
ハーフエルフらしい尖がった耳も可愛いくて、何よりも苛烈な色をしている緑の瞳がぼくは好きだった。
胸を強調するようなドレスは、目をひく。
きっとヒルダは舞踏会の花になるんだろう。
踊る姿は綺麗なんだろうな、とそんなことを思った。
「ねぇヒルダ。舞踏会が終わるまで外に出してもらえないかな」
それはただの思いつきで、ヒルダの踊る姿が見たいなと少し思っただけだ。
言えばヒルダが振り向く。
その瞳には、暗く強い光があった。
ヒルダは何か怒っている。
それが何かぼくにはわからなかったけれど、次の瞬間にはいつもの異空間の部屋にいた。
牢屋のような部屋。
格子の向こう側にはヒルダ。
どうやら今日は、ぼくだけが部屋に閉じ込められたらしい。
「どうしてヒルダは、いつもぼくを異空間に閉じこめるの?」
「ジミーが逃げようとするからよ」
一度だってヒルダから逃げようと思った事はなかった。
そもそも逃げたところで、ぼくに行く場所なんてない。
それを口にしたけれど。
「嘘つき。ジミーは、ワタクシから逃げようとしたでしょう? もう十分に生きたなんて言って、ワタクシの側から消えようとした」
身を焦がすような色をした緑の瞳が、ぼくを見つめる。
格子の向こう側から伸ばされた手が、ぼくの首にかけられる。
確かに一度そんなことを、ぼくは言った。
出会った時は三歳だったヒルダが少女になって、大人になって。
それでもぼくを求めて、異空間を訪れるから不安になっただけだ。
ぼくのせいで、ヒルダは表の世界に馴染めてないんじゃないか。
ぼくはヒルダにとって、不要な存在でしかないんじゃないか。
ヒルダにとって必要のないものなら、ぼくはここから消えたほうがいいんじゃないか。
そんな想いから出た言葉。
その日から、白かった異空間の部屋は牢屋に様変わりした。
「あれは……」
「言い訳は聞かない」
目の前の格子が消える。
ヒルダに引き寄せられて、その形のよい唇がぼくの唇をふさいだ。
出会った時三歳で小さかったヒルダの背は、ぼくを追い越してしまっていて。
顎に手をかけられて上を向かせられ、舌で翻弄される。
十三歳のぼくの方が大人だったはずなのに。
いつの間にか、ヒルダはぼくよりも大人になってしまった。
「……あなたはワタクシのもの。一生、死ぬまで、死んでからも。鎖に繋いで、檻に閉じ込めてあげる」
でもそうやって口にする言葉も何もかも。
幼かった時と、何も変わらない。
強い執着。
こんな空っぽなぼくを、ヒルダは欲してくれる。
全てが自分のものだと主張するように、それをぼくに教えるように。
その瞳でぼくを射抜いて、何度も何度も息ができなくなるような、全てを奪うようなキスをしてくる。
繋ぎとめようと必死で、ぼくを捕らえて閉じ込めて。
そんなヒルダが、たまらなく可愛いと思う。
ずっとそうやって、ぼくを縛り付けてくれたらいい。
ヒルダが必要とする限り、ぼくはどこにもいかないし、側にいる。
「……いいよ、縛り付けて。ずっと離さないでよ。ヒルダになら囚われてもいい」
「いい子ね、ジミー」
よくできましたというように、ヒルダが笑う。
ご褒美の優しいキスが、また唇に降ってくる。
囚われてもいいなんて、どの口でぼくは言うんだろう。
馬鹿げてるなと、キスをしながら思う。
本当はこうやって縛られて、囚われたいと願ってるのは――ぼくの方なのに。
「ジミー……」
キスの合間に、柔らかく甘く響くのはヒルダがぼくを呼ぶ声。
「ヒルダ、いい子だね」
その全てを奪うように、今度はぼくがその唇を優しくふさいだ。




