【番外編10】ヒルダとティリア(ヒルダ視点)
ヒルダ視点の、本編より前のお話となります。
わりと暗めで屈折してます。9/22修正をいれました。
「はじめましてヒルダ様。どうか僕と弟を買ってはいただけないでしょうか」
その日屋敷にやってきた少年は、金色の髪に空色の瞳。
歳は十歳くらいの少年は、三歳ほどの男の子を連れていた。
伸びた背筋に、人の目をひきつけるそのオーラ。
気品に溢れた顔立ちは、王族のそれだ。
彼を見た瞬間、面白くて内心笑いが止まらなかった。
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ウィンフリー領の領主は、とてもいい領主であると評判が高かったが、少し前に亡くなってしまった。
お人よしの領主様は騙されて親友のの借金を肩代わりし、手ひどく裏切られ。
財産は全て抑えられ、心を病み、屋敷に火を放って一家で無理心中を図ったのだと聞いている。
遠いこの街にさえ伝わるほどのゴシップとして、今世間はウィンフリー家の話で持ちきりだ。
辿れば王族の血を引いているという、ウィンフリー家。
炎の魔法使いでもあった領主の炎はすさまじく、焼け跡から発見された遺体は照合すら困難だったと聞いている。
十歳と三歳の息子は行方不明だけれど、おそらくは焼け死んだのだろうとされていた。
目の前の少年は、そのウィンフリー家の子息だと名乗っている。
証拠として持ってきた家紋は本物だったし、王家に多い金の髪とその堂々とした佇まいは身元を裏付けるかのようだった。
「あの火事の中、よく生き残ったわね?」
「はい、僕もそう思います。弟が魔法の力で……僕を守ってくれたんです」
尋ねれば少年はそう言って、隣にいる弟の頭を撫でる。
少年と同じ金の髪に空色の瞳。
兄弟という設定だけあって、顔立ちはよく似てる。
兄の方はサラサラとした髪に対し、弟の方はクルクルとした巻き毛。髪の質は弟の方が、あの女に近いように思えた。
「火が僕と弟を避けてくれて、熱くはなかったんです。父さんたちが心配で部屋に行けば、母が……胸にナイフを受けて倒れてました。父が無理心中を図ったんだって、それで気付きました」
悲しそうな顔で少年は口にする。
辛いのを耐えているような顔。
すいませんと涙を拭う仕草。大した役者だと思った。
「僕達が生きていると分かれば、借金取りに売り飛ばされてしまうかもしれません。
僕にはもう家族は……弟しかいません。離れ離れは絶対に嫌なんです」
ウルウルとした目で、少年はワタクシを見上げてくる。
「それで美少年を買い集めているワタクシの噂を聞いて、自分を売り込みにきたってわけね?」
問いかければ、その通りですと少年は頷いた。
筋立ては面白く、ここに少年が自分から訪れるにしては十分な物語だ。
「僕と弟を、買ってはいただけないでしょうか。何でもします」
端正な顔で懇願してくる少年は、ワタクシのツボをよく心得ている。
その顔で懇願されれば、ワタクシが罠だとわかっていても、喜んで彼を買うことくらいお見通しなんだろう。
ワタクシの姉・ティリアを男にして幼くしたようなその顔。
整った顔は美しく、まさに正統派の王子というような気品に満ち溢れている。
――本当に、ティリアはお馬鹿さんね。
ワタクシなんかに執着して、こんなところまで追いかけてきて。
男にされて、女王の座を追われて、何もかも失って。
それでもまだ懲りずに……ずっとワタクシだけを見ている。
まだ、諦めてなかったのね?
あんなに絶望させて、貶めたのに。
ワタクシのことなんて忘れて、諦めて。
他に目をむければ、いくらでも幸せは転がっているというのに、ティリアはそれをしない。
ティリアの目には、ワタクシしか映ってない。
それが酷く愉快で――たまらなかった。
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ティリアは、エルフの国の現・女王の第一子。
正室の王との間に生まれた、紛れもないエルフのお姫様でワタクシの姉。
ワタクシが生まれる前まで、ティリアは王位継承権第一位だった。
エルフの国は実力主義で、魔力が高い者ほど優遇される。
ティリアは歴代の女王を越える素質を持っていて、幼い頃から将来は女王間違いなしと言われていた。
ただし、それは……ワタクシが生まれるまでの話だ。
身分の高くない王族の男と、奴隷身分の女の腹から生まれたハーフエルフ。
そのワタクシに、その座を奪われた可哀想な女。
女王となるために生まれてきたようなものだったのに、ワタクシに全てを攫われた気の毒なエルフのお姫様。
正直に言って、女王なんてものに興味はなかった。
人もエルフも何もかも全てが嫌で、どうでもよかった。
世界はくだらなくて、鳥篭のようで。
ワタクシを縛り付けるものでしかなかった。
ティリアがワタクシを嫌っていることは知っていた。
こんな下らない国の、下らない生き物たちの王になりたくて、必死であがくティリアを見て、ワタクシが思うことは一つ。
可哀想。
ただ、それだけだった。
こんなに価値がないものに執着して、手に入れたいと願って。
そのために自分を貶めて、他を蹴落として。
常にティリアの中は憎悪と、ワタクシに対する嫉妬でいっぱいで。
ティリアにとって、ワタクシが全くを持って必要としないこの王位継承権第一位という座が何より大切だった。
幼いワタクシはティリアに同情していた。
欲しいなら譲り渡してしまいたかった。
けれど、ワタクシが全くその座に執着してないこと自体も、同情的なことも。
ティリアの勘に酷く触っているようだった。
ティリアからワタクシへの嫌がらせは、毎日のように。
それでも別に怒る気は起きなかった。
ただ、可哀想な哀れな女だと思うだけだった。
けれど……ティリアはワタクシのモノに手を出そうとした。
ワタクシのモノを奪うなら、それは敵だ。
容赦をする必要は一切なかった。
ワタクシを殺そうとしてくるティリアからの資格を、そのたびにねじ伏せ。
何度も何度も、格の違いを見せ付けてやった。
羽なしのハーフエルフ。
下賎な生まれ。
やる気のないワタクシを、女王にするべきではない。
そう言った声を叩き潰すかのような、圧倒的な実力を見せつけ、女王にふさわしい立ち振る舞いをすれば。
さらにティリアの立場は無くなっていく。
ワタクシには勝てない。
そう体に何度も叩き込んであげた。
時にはティリアの護衛をかいくぐって部屋に行き、特別なお仕置きをしてあげたことだってある。
なのに、一向にティリアは折れない。
ムチで叩こうと、痛めつけようと、辱めようと。
ワタクシを睨んで、自分が正当な女王候補であると主張してくる。
絶対に、ワタクシだけには屈しない。
そういう意志が感じられた。
ワタクシにはティリアだけじゃなく、他にもたくさんの姉妹がいた。
命を狙ってくるのは、一人じゃない。
けれど、ティリア以外はとても物分りの良い子たちばかりだった。
ワタクシが直接説得をすれば。
地面に頭をこすり付けて、泣きながら命乞いをして。
もうそんなことはしませんと、快く約束してくれるというのに。
思い通りにならない女。
ワタクシのモノを奪って、ワタクシを追い詰めることを心から願う女。
なのにどうしてか、殺す気にはならなかった。
やろうと思えば、難しくても闇に葬る事はできたというのに。
そこがワタクシ自身、よくわからなかった。




