【小話1】優しい竜と雨宿り(29.5話)
★15/04/28の活動報告に載せていた小話を再編集したものです。29話と30話の間の話で、メイコが自分を幽霊だと知ってイクシスの腕で泣いた後の話となります。
獣人の国へ行って、犬の獣人ギルバートがどうしているのかを確認して、フェザーと和解して。
鳥族の国ではフェザーの父親と対面して、国を半壊させて帰れば、ヒルダのお気に入りの少年であるジミーが目覚めなくなっていた。
実はジミーは私と同じ異世界から来た幽霊で。
ヒルダに転生したとばかり思っていた私も――実はヒルダに取り付いているだけの、ただの幽霊だと知ってしまった。
元の世界で事故に遭って、私は死んだ。
転生したとばかり思ってたのに、ただの幽霊だった。
ヒルダが帰ってきたら、私はどこへ行けばいいんだろう。
この体は私のものじゃなくて、私は死んでいて、ただの幽霊で。
居場所がどこにもなくなってしまって、世界に一人取り残されたような気分になった。
それでも、生きていくしかない。
いや幽霊だから、生きてすらいないのだけれど。
こういう時に泣いたら、弱くなって歩けなくなる。
だから笑って、感情を押し込めて。
我慢しようとしたのに。
――メイコが無理して普段どおりでいようとしてることくらい、お見通しなんだよ。情けないところももう十分見てる。だから、泣くくらいで引いたり、見捨てたりしない。最後までちゃんと面倒は見てやる。
だから泣けというように、イクシスが甘やかすから。
私は雨の中、イクシスの腕の中で散々泣いてしまった。
ヒルダの体から出て後、魔法人形の体で一緒に旅に出ようとイクシスは誘ってくれて。
「メイコなら一緒にいて退屈しないし、連れてってやるよ。竜族は寿命がかなり長いし、一人旅も飽きてたところだ」
照れたような顔でイクシスが口にするその言葉が、本当に嬉しかった。
救われたような気持ちになった。
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「ここだと冷える。一旦、俺の部屋に行くぞ」
まだ帰りたくない。
そう思っていたら、気持ちを読み取ってくれたのか、イクシスが異空間にある自分の部屋に連れて行ってくれた。
先ほどまで雨に降られていたから、私とイクシスの体はびしょ濡れだ。
イクシスが上着を脱ぎ捨て他の部屋に消えていく。
戻ってきたイクシスはタオルを頭にかけ、手にもバスタオルを持っていた。
「ほらこい。拭いてやる」
イクシスが私を呼ぶ。
部屋を汚しちゃ駄目だと、しゃくりあげながらつっ立っていたら。
一つ溜息を吐いて近づいてきたイクシスが、ふわりとタオルを頭からかけてくる。
「しかたねぇな」
そのまま抱き上げられて、ソファーに腰を下ろしたイクシスの膝の上に座る形になった。
バスタオルが暖かく感じる。
それでようやく自分の体が冷え切っていたことに気付く。
イクシスに横抱きされたまま、頬から感じるぬくもりに目を閉じれば、薄っすらと筋肉がついた胸板がそこにあった。
男の人の胸板なんてこんな近くで見たことがない。
普段なら緊張してしかたないはずなのに、何故か安心感を覚える。
「くちゅん!」
「やっぱりこの服のままだと駄目だな。しかたない、俺の服を貸してやる」
くしゃみをした私を置いてイクシスが立ち上がり、クローゼットから服の上着を一着取り出して投げてくきた。
イクシスがいつも着ている竜族服の、裾が長いタイプじゃなくて短いタイプ。
けれどそれでも私の膝下まではありそうだった。
「後ろ向いててやるから着替えろ」
「でも……」
「着替えさせられたいか? 俺は別にいいけどな」
うっと言い詰まり、素直に従うことにする。
確かに服は水を吸って重くなっていたし、寒かった。
下着だけになって、竜族服を羽織る。
イクシスの少し甘い香のような香りがする服は、ぶかぶかで大きい。
体格が違うから当たり前なのだけれど、今更その事に気付いたような気分になった。
竜族の服は、元の世界にあった中華服にそっくりで裾が長めだ。
膝あたりまで隠れていたので、これなら下着を脱いでもいいんじゃないかと少し悩む。
――気持ち悪いし、いいよね。
脱いだ服はべちょべちょだったけれど畳んでから、下着を間に挟む。
「着替えたよ」
声をかければ、イクシスが振り返った。
「……」
イクシスは私の姿を見て、何故か眉を寄せる。
何か着方がおかしかったんだろうかと首を傾げたら、無言でイクシスがソファーに座れというように席をポンポンと叩いた。
それに従って座れば、後ろからイクシスがタオルで髪の水分を拭ってくれる。
「イクシス、慣れてるん……だね」
ちょっとしゃくりあげながら言えば、イクシスはあぁと呟く。
「弟や甥っ子たちの髪を拭いてやってたからな」
「イクシス、弟いるんだ?」
通りで慣れているはずだと思いながら、イクシスが世話焼きっぽい理由の一つが見えた気がした。
「九人兄弟の真ん中なんだ。下に四人いる」
「私もね、弟が二人いるんだよ」
少し振り向いてそういえば、イクシスが優しく笑った。
「そうか。どんな弟なんだ?」
聞いてやるよというようにそう言われて、弱くなった涙腺がまた緩む。
イクシスがソファーの隣に座ってきて、よしよしとあやすように頭を撫でてきた。
「まだ泣き足りないんだろ。全部出してけ。ここには俺しかいないし、お前の家族の話も聞きたい」
「う……イグシス……」
「酷い顔だな」
ぷっと笑いながらも、イクシスは頭を撫でていてくれて。
私は泣きまくりながら、しゃくりを上げて、支離滅裂な話をイクシスに語った。
家族の事だったり、友達のことだったり。
見たかったアニメの事だったり、大好きだったドーナツ屋の事だったり。
色んなところに飛ぶ話を、イクシスは口を挟まずに、でも時々相槌を打って聞いてくれて。
だんだんと泣きつかれて眠くなってきた。
「おいメイコ……重い」
「うん……」
イクシスの肩にもたれる頭が、イクシスの言う通り重いなぁなんて思う。
この体勢は楽だ。
胸の中がすっきりとして、全身の疲れが心地いい。
それにいい香りがする。
何の香りだろうとぼーっとまどろむ頭で考えて。
そうか、この服と隣にいるイクシスから香ってくるんだと気づく。
妙に落ち着く。
守られているような気分になって、力を抜いたっていいんじゃないかって思える。
「おいメイコ……さすがにそろそろ帰ったほうが」
「やだ……」
少しうろたえたようなイクシスの声がした。
まだもう少しこのままでいたかった。
だんだんと頭の中が柔らかい白に染まっていく。
その心地よさに身をゆだねて、目を閉じる。
「はぁ……いくらなんでも、気を許しすぎだろ」
怒ったような呆れたような、それでいて困ったようなイクシスの声がして、体がふわりと浮いた。
ぎしっと軋む音がして、体が沈む。
ふわっと風がおこって、服の裾がまくれたのがわかった。
ベッドの上に寝かされたんだろう。
「おい……なんで下着はいてなっ!」
イクシスが何かを叫びかけてやめる。
ばさっと乱暴に毛布がかけられて、暖かさに包まれた。
「ったく……無防備にもほどがあるだろ……! なんで安心しきってるんだよ!」
どさっとイクシスがベッドの横に雑な動作で座ったのがわかって、薄っすらと目を開けば。
イクシスの横顔は真っ赤だった。
窓の外の景色が夕方だったからかな? なんて思う。
「なんだ、そのまま眠れ。クロードには今日ここでお前が眠ることを言っといてやる」
私が目をあけたことに気付いたのか、少しぶっきらぼうな口調でイクシスが呟き、立ち上がろうとする。
どこかにイクシスは行ってしまうのか。
ぼんやりとする頭で、それは嫌だと思った。
寝てる間も側にいてほしくて、きゅっとイクシスの手を掴む。
「お、おい……」
これでイクシスは寝てる間も側にいる。
だから安心だ。
「くそっ、何でそんな顔で笑って……はぁ、本当手がかかる」
薄れていく意識の中。
戸惑うような、呆れたような声でイクシスがそう言って。
「まったく……しかたないから側にいてやるよ」
甘やかすような声と一緒に、優しく髪を撫でられたような気がした。
30話を作って後で思いついたので、活動報告内に載せていましたが本編が終わったのでこちらに載せています。
ちなみにメイコさんイクシスの家まで行ったのはおぼろげに覚えてますが、この時点で微熱を出しているので、甘えまくったことはあまり覚えてない設定になっています。




