身元と野菜
イェーナの街を出て一週間。ダンジョンを抜けるのに、絶対に野営は必要になるとのことで、野営の訓練も兼ねてこの一週間は町には寄らず、森の中で野営をしたり、暗い中を走り抜ける訓練をしたりとなかなかワイルドな生活をしていた。
飯は自分の【料理】スキルでなんとかなるので不満はないが、余り高い物では無いとはいえベッドに慣れてしまった俺の背中は、久々の寝袋に不満のようだった。昔はダンジョンの床に毛皮を敷いて寝ていたので、その頃と比べればずっと快適なんだがな。
「それであそこに見えるのがキール公国のダンジョン都市、レーヌか。町の中にダンジョンの入り口があるってのも新鮮だな」
「入口は冒険者ギルドが管理していて、どこかのギルドに所属している事を示せないと入れてもらえないようになっている。この街をそのまま北に進むと10kmほど先に湖があるんだけど、その手前を囲んでいる森のどこかに、ダンジョンへの入り口が何個か開いているから、犯罪者とか野生の魔物はその穴から入り込むけど、森に詳しい人間でも居ない限りは入口は見つからないだろうな」
犯罪者や訳ありの人間向けに裏口を紹介しているような奴もいるらしいが、少なくとも今の俺達には関係ないことだ。
「取りあえず日が落ちるまでに消耗品の補充と宿の確保だけはしておいて、大回廊に入るのは明日ってところか。ダンジョンについての情報も欲しいしな」
とにかく街に入らないとどうにもならないので、俺達は街の入り口に向かう。するとそこには多くの人が並んでいた。
「随分と人が多いんだな」
「大回廊は変わったダンジョンだからな。一階層には魔物が出なくて、巨大なホール状になっているからそこでは商売が盛んに行われているらしい。勇者が魔大陸に向かって進む以上、絶対にこのダンジョンを通るってこともあって特に盛んになってるんだろう」
そう言えば俺がハーメルンで泊っていた宿も売り上げが大幅に上がったと言っていたし、事あるごとに便乗して商売をしようとするのは何処の世界も同じようなもんだな。
門では、ギルドカードを見せると、これと言って検査をされることなく通してもらう事ができた。今まで大きな街では従魔やアイテムバッグの中身を検分されていたのだが、やけにあっさりとしている。
その事をジョズに尋ねると、
「ギルドランクの高い冒険者や商人は、全国にあるそれぞれのギルドに完全に保証されているからな。特に根なし草の冒険者は高ランクになればなるほど冒険者ギルドからの庇護をうけられる制度になっているんだ。どの国でも通用する身分証であるからこそ、ギルドは国の干渉を受けないようになっているんだけどな」
との答えが返ってきた。たしかに高ランクの冒険者はギルドがしっかり把握しているから、そうそう問題は起こらないだろう。SS-ランク以上の人間は大陸に300人もいないらしいし。
街に入ると、商人達がまっすぐと中央の通りを進んで行くのが見える。何でもダンジョンの入り口の近くに、冒険者ギルドと商人ギルドが向き合って建っているようだ。
辺りを見回すと屋台で何かの肉を焼いていたり、酒場らしき建物から大きな笑い声がするのがわかる。ハーメルンとはまた違った賑やかさを感じるな、どちらかと言うと最初に訪れた街、都市ジェークルのような感じだ。あそこも商業が中心の街だったしな。
「まずはダンジョンに備えての準備だな。とはいっても武器の状態は良いし、ここまでの道でも食料をかなり現地調達できていたから、ほとんど買うもんなんてないんだけどな」
ジョズは簡単に言うが、俺はそれに待ったを掛けた。
「まあ待て。野草や果物がダンジョンに自生しているならともかく、そうでないなら是非とも野菜を買っておきたい」
最悪ダンジョンの魔物を狩れば食材は調達できるし、『アイテムボックス』の中にはキメラ肉もあるのだが、なかなか野菜に関するドロップ品を残す魔物がいないため、食事が偏ってしまうのは大変だった。一見生きるか死ぬかの瀬戸際では、別に気にする事でもないように思えるが、ただでさえ極限状態の中で、肉しか食べる事ができないと言うのはなかなか精神がえぐられるものである。
そんな俺の苦労話をジョズに疲労すると、ジョズも納得がいったようで、
「それなら野菜系は明日の朝に買おう。鮮度が大事な食べ物はこの時間帯じゃもう売っていないからな」
もしもに備えて保存食などを購入した後は、宿を探す。やはり一時的に街が盛んになっているせいか、安い宿は完全に埋まっていたのだが、せっかく金に余裕もあるのでそこそこ上等な宿に泊まることになった。フロントでノワールを預けると、従業員さんが丁重に従魔小屋に連れて行ってくれた。これが高級宿の余裕って奴か……
ジョズと別れて部屋に入ると、中は安いビジネスホテルのようになっていた。ベッドもやはり前の宿と比べてふかふかしている。まずは『アイテムボックス』から服を取り出して部屋着に着替えると、ベッドに腰かけて明日の予定を確認する。
「明日は早く起きて朝市に行って、宿の朝飯を食ってからダンジョンか……まあ強い魔物が出るとは言っても、行商人が護衛を連れて通れば通り抜けられる程度の魔物しか出てこない訳だし、きっと大丈夫だろう」
俺の中でのダンジョンと言えば、キメラに崖から落とされた『サウロスの迷宮』しか知らない訳だが、あのレベルのダンジョンだとはまず考えられないだろう。魔神が管理しているようなレベルのダンジョンがボコボコとあるとは考えられないし、そんな魔物が出るダンジョンがトンネル代わりになってるはずがないだろう。
いつの間にかダンジョンへの恐怖心を抱いている事に気付いた俺は、ベッドに倒れ込んで嫌な事を忘れるかのように意識を手放した。
地震ェ……幸いにも作者は東京住みなので何事もありませんでしたが、読者様の中で九州に住んで居る方々は大丈夫でしょうか……
宮崎にいる友人の安否を確かめたところ、彼の周辺は電車以外はそこまで被害を受けていなかったそうです。大きい地震だったため暫くは余震が続くと思いますが、くれぐれもお気をつけて。




