第34.5話:秘める野望、迫る危機。
「おお来たか、エドワーズ。忙しいところすまないな」
玉座にふんぞり返った白髪の老いぼれ。それが酒を片手に儂の名を呼ぶ。
王国に関わる膨大な仕事を処理している最中というのに、この王冠を被ったジジイは昼間から酒を浴びてやがる。王族にはロクな人間がいやしない。……まあ、儂が言えた口ではないのだが。
耄碌ジジイが儂を呼び出した理由。それはおおよそ見当がつく。
次に放つ言葉は—————————————。
「早速だが、対魔族政策の進捗を報告してもらえるか。貴族たちがどうもうるさくてな。彼奴らを一発で黙らせるニュースは何かないかのう」
……そうら、来た。このジジイは自分の権威を維持することにしか興味がない。儂と同じように王国の愚民や貴族の連中をうるさいハエくらいにしか思っていないのだ。
故に何を考えているか、何を報告すれば気が済むのかが手に取るようにわかる。
こういう場合はわずかに危機感を持たせつつ、最後に期待感のあるニュースを投じると収まりが良い。
「ハルト王の心中、深くお察しいたします。報告としましては悪い知らせが一つ、その他に良い知らせが三つございます」
「ほう。悪い知らせから話せ」
「テルシャバ近辺にて王都騎士が所有する改造ゴーレムが破壊、そして王都騎士三名の戦死が確認されております。これは『カミヤヒカリ』を含む魔族一派との衝突の影響だと、探索していた冒険者より報告が上がっております」
「……デモンズが召喚した異世界の人間か。魔族側に立つとはもはや人間ですらないか」
「おっしゃる通りでございます。王都に歯向かう者として相応の鉄槌を下す必要がありましょう。なお、改造ゴーレムの研究開発費は当初王都で負担しておりましたが、王都騎士の強い希望により所有権を同氏へ売却。この売却益により王都側の損失は相殺されております」
先まで寄っていたジジイの眉間の皺。それが一瞬にして緩み、ほくそ笑む表情へ変わった。
損失や損害という王都の財産が失われたときは顔をしかめるものの、ノーダメージだとわかるとこの表情よ。
少なくとも騎士という駒を失ってるのだが、このジジイには眼中にないらしい。まあ、騎士の身分を欲しがる愚民は腐るほどいる。使い捨ての駒が数個減ったところで王国に何ら影響はない、といったところか。ククク、どこまでも性格の悪い老ぼれよ。
「それでその異世界召喚者の行方はどうなっておる?」
「ゴーレムとの戦闘後、ドワーフの工房方面へ逃走したという目撃証言が複数上がっております。恐らくは接触しているでしょう。そのためこちらは隠密行動に特化した刺客を向かわせたところでございます。どうかご心配なく」
「さすがはエドワーズ。仕事が早くて助かる。……では、良い知らせを聞かせてもらおうか」
少量のワインを口に含んでからハルト王が言う。
わずかに身を乗り出したところを見ると、一刻も早く吉報を耳にしたいらしい。
全く幼子のような老ぼれよ。
「かしこまりました。ひとつ目は————————」
儂は要点をまとめて対魔族政策に関する報告を上げた。
1つ目は5番隊隊長ゴンザブロウの生存可能性について。連絡途絶地点へ急行させたスカーレットによれば『遺体は確認できず血痕も偽物であった』とのことから、生存している可能性が高いものと判断してこの件を処理。そして各所の王都騎士へ直ちに伝達。対象者を発見した際は保護ならびに報告を上げるよう手配を済ませたこと。
2つ目は対魔族殲滅兵器の開発状況について。ドワーフのアルフェに発注している本件は魔石の不足により開発が奮わなかったが、状況が一転。ルートは不明だが相当数の魔石入手の目処がたったとして開発を再開するとの連絡を受けた。基本設計などの前工程は終えていることから数ヶ月のうちに試作機が完成する見込みだということ。
「そして3つ目ですが——————」
これで面倒な報告がようやく終わると安堵したとき、事情を知ったような老ぼれが口を挟んだ。
「3つ目はアレだろう。地下に閉じ込めたドワーフの弟が開発しているという……」
「対魔族究極決戦召喚です。こちらの開発はまもなく終了する見込みで、強い感情の持ち主を確実に引き当てるために微調整が行われております。これに成功すれば魔族討伐の切り札となり得ましょう」
「ああ、そうだそうだ。そうだったな。確かそういう存在の通称があったと思うのだが……はて何と言ったか」
老ぼれが『ある単語』を思い出そうと唸っている。
簡単な単語でさえ記憶できないなら一刻も早く引退して儂に全ての権限を譲るべきだ。
……ククク。まあ、それも時間の問題だ。せいぜいそれまで酒を浴びていれば良いだろう。
「うーむ、思い出せん。エドワーズよ、そのナントカ召喚で喚び出す者の通称は何であったか」
「はい。それはですね—————————」
————————————————————————勇者でございます。




