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魔王に召喚されたギャル、討伐をやめてもらうため王都へ向かう  作者: 竹道琢人(たけみちたくと)


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第32話:地下庭園の温泉


「さ〜てさて〜、お待ちか〜ね〜のオッフッロ〜♪」


 メッタン特製のギルティな唐揚げに舌鼓を打ちまくり、食休みでそこそこ長い時間をダラッとさせてもらった後、ウチは工房の地下にあるらしい浴場へ向かうことにした。

 それはもう気分ルンルンの上々で。謎の鼻歌を交えてしまうほどに。


「……っていうか、ヘンテコな作りの家だなぁ。あ、工房だっけ。まあ、どっちでもいいや」


 一階から地下へ通じる石造りの螺旋階段。等間隔に設けられた壁の窪みには、それぞれ申し訳なさそうにロウソクが灯っていた。

 正直に言ってしまえば、足元も覚束ないほどの暗い階段だ。生温かく湿った風が吹き抜ける度、薄気味悪さに拍車がかかる。

 いっそのことスマホでパァーッと照らしてしまおうとも考えたが、人間の眼というのは不思議と適応するもので、一段ずつ下っていく中で次第に気にならなくなっていった。

 むしろ、未知の風呂への期待を高める演出として一役買ってくれているようにも思えてきた。夢の国のアトラクション的な雰囲気もあるからね。あー、久しく行ってないなぁ、夢の国。最後に行ったのいつだっけ。確か友達(ダチ)のエリカと入学早々に……。


 ……と、思考がアレコレ飛び散りながらも慎重に階段を下っていくと、ウチはいつの間にか温泉マークそっくりの印が描かれた暖簾の前に立っていた。どうやら目的の風呂場に到着したらしい。


「なにこのノスタルジックな面構え。……え、めちゃめちゃ日本なんですけど」


 男湯とも女湯とも記されていない。……が、確かに『風呂場です!』と主張してくる臙脂(えんじ)色の暖簾。そして鼻の奥にぐいっと食い込むような硫黄の匂い。ああ、そうか。間違いない。風呂は風呂でもここは……。


「……え〜っと、お邪魔しま〜す」


 ウチは暖簾の先のガラス戸をスライドさせ、恐る恐る謎の風呂場へ進入した。

 モワ〜っと熱く白い湯気、それから静電気にも似た謎のピリッとした感覚がほんの一瞬全身を駆けめぐった。

 高鳴る胸、上がる口角。視線の先が蒸気のベールを脱いだとき……ウチは思わず叫んだ。


「なんじゃこりゃァァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎」

 

 目の前に広がった夜の和風庭園。

 もはや庭園と呼んでいいものかどうかはさておき、空間中央の岩で縁取られた池っぽい水たまりから湯気が立っている。……くんくんくん。嗅覚によれば硫黄の香りの発信源もここ。だからこれはつまり、池ではなく湯。湯は湯でもきっと美容にも貢献してくれる……温泉(オンセェェェン)ッ!!!

 その池っぽい温泉を囲むようにしてライトアップされたモミジやカエデが並び立ち、照らされた秋色の葉がたおやかに舞い散りながら空間を彩っていた。

 見上げれば星が瞬く夜空。……なぜ。なぜ地下の風呂場に空があるのか。その理屈は知る由もないけれど、ただただ美麗な光景を前にすれば考えるのがバカらしくなってしまった。


「ここが脱衣所で……あっちが流し場か。造りまでホントにそっくりだなぁ」


 ガラス戸を開けてすぐの場所に備えられたウチの身長ほどの木製棚。そしてそこにポツンと置かれた脱衣用のカゴ。『ここで脱いでね』と言わんばかりのスペースでウチは早々に制服やらインナーやらを全て脱ぎ、そばに積んであった白いタオルを一枚手に取って流し場へ進んだ。


「諸々お借りしま〜す」


 この空間に誰の気配も感じられなかったが、一応は身体の前面をタオルで隠しながら木製の風呂桶と椅子をカランの前に運んだ。

 カランから出てくる湯の温度を指先でチェック。熱すぎずぬるすぎず。身体が程よく温まりそうなウチの好みの温度。誰がどうやってこの空間を維持しているのか、そんなことを気にしながら桶に溜めた湯で何度かかけ湯する。

 その湯の温かさに『ふぇ〜』などと気の抜けた声が漏れ、自らの身体にあちこち触れながら『なんか肉ついたかも』と個人的にヤバめの事態を把握したとき、後方から声がした。



「背中、流してやろうか」



 声に慌てつつ振り向くとそこには……タオルを肩にかけた紫髪の超絶スタイルお姉さんがいた。


「ええええ、アルフェ姉さん⁉︎」


「驚くこたぁねぇだろう。ここはオレの風呂場だ。っていうかオメェ、風呂場使うときはちゃんと札かけとけ。……まあ、()()()()()()()女のオレとオメェの二人くらいだから別にいいけどよ」


 ……と、『入浴中』なる札の存在をしれっとウチに伝えると、豪快に自身へかけ湯した彼女が背中に回って言った。


「タオル貸しな。それからそこのボディソープ取ってくれ」


「あ、はい。……お願いします」


 流し場の鏡に映った彼女の所作や仕草はどこか小慣れていて、幼い弟や妹を世話するいつかのウチを見ている様だった。

 こっちの時間的にはまだほんの二日くらいしか経過していない。……けれども、なんだかもう随分長い時間をこの世界で過ごしている気がする。まあ、それほどに濃すぎる時間の中を生きているということの証だろう。


 ……元の世界のみんなは元気かな。

 

 背中に湯が流れるタイミングに合わせて『……フゥ』と小さな溜息をひとつ吐いたつもりだったのだが、彼女は聞き逃すこともなく労うようにウチへ言った。


「ここまで来るのに大変だっただろ」


「……そうですね。なんか色々ワァーッと立て続けに起きて、よくわからないまま魔法を使って、魔族のみんなが犠牲になってることを肌で感じて。ホント濃すぎて爆発しそうですよ」


「ハハッ、違ぇねぇ。こっちに来たばかりだってのにな。向こうの世界から迷いこんだヤツの中にはよ、何をどうしていいか分からずそのまま()()()()()()()()()()()()もいれば、この世界に馴染めず野垂れ死ぬヤツもいる。デモンズに強制的に召喚された挙句、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのも別に珍しいことじゃねぇからな。ソイツらに比べればオメェはよくやってるように思えるぜ」


 彼女が並べる物騒な言葉の数々。

 その言葉の中にどうしても聞き流せないものがあるように思えたウチは、頭で考えるよりも先に無意識に彼女へ問い返していた。


「……待って、姉さん。オッチャンに召喚された人が戦死……って言いました?」


「オッチャン? ……ああ、デモンズのことか。あれ、オメェ知らなかったのか。デモンズが別世界から人間を召喚したのはな——————」

 


 —————————オメェが初めてじゃねぇぜ。



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