14、中学三年生 分岐の結果
「いっけえ健太ー!! そのままゴールしろー!!」
「大神くーん! がんばってー! きゃー!」
やあ諸君おはよう。私だ、利根田 理子だ。中学三年生になったぞ。受験だ何だのあるが私は近所の一番近いところに行く予定である。余裕のよっちゃんだからその点は心配していない。ふふふ、ちょっと変態淑女として名が通った時には内申点で冷や汗ったが、テストで頑張ったぞ。えへん。
ん? やけに騒々しいって?
まぁただいま学年男女別マラソン大会で、健太と大神が運動場のトラックを回って三位争いしててなぁ。ん? 一位二位は勿論陸上部だぞ。白い歯が恰好良かったな、うむ。
「健太ー! そこだー! うおおお」
「大神くーん! カッコイイー! きゃー!」
ものの見事に主に野球部男性陣の野太い声と女性陣の黄色い声に分かれてて可哀そうな気もするが、そんな外野の声など気にも留めず二人は熾烈な競争をしている。
二人とも百メートル何秒台なんだと思わざるを得ないようなスピードだが、それよりも私は違和感に首を傾げていた。
そんな私の視線の先で、場外から帰って来て残り一周となった二人はラストスパートを決め始めた。益々周りの声援は大きくなる。冬の寒さを消す様に熱気が増す中、二人が互いに譲らず目の前を通り過ぎる。大神の珍しい全力の走りと、健太の我武者羅の背中に思わず、どちらともに「がんばれー!」と声を出していた。
聞こえたのか、丁度良かったのか、ぐっとグラウンドを踏み込んだ体が一歩先に行く。
パンッというカラッとした発砲音と同時に白いゴールテープがなびいて健太に絡まった。
わあ!という歓声が辺りに響く。三番と四番の三角の旗を持った案内人が駆け寄り、周囲の人々が凄かったねぇと健闘を称える中、健太はきょろきょろと周囲を探すように顔を動かしたあと私に向かってピースサインした。「後で約束だぞ」と口パクして。
悪戯が成功したみたいに汗だくの顔で朗らかに笑っている。私は不安な気持ちを抑えて態と仕方ないなぁといった顔で頷いた。
その隣に視線を動かす。汗を滴らせた大神が、膝に手を置きながら呼吸を整えている。珍しいほど疲れた色気が漂う様子だが、俯く表情は見えず何を考えているか分からない。
一人の女の子がタオルを持って近付いたが、それを断って袖口で汗を拭った後はその場を立ち去ってしまった。
じっとその背を見つめる私を、健太も見ていただなんて私はちっとも気付かなかった。
◇
「三位表彰やったじゃん。おめでと」
「おう。楽勝だぜ」
「嘘つけい」
人目を避けた校舎で、健太は坊主頭でにっかり笑う。汗は乾いたようだが、頬はまだ上気していた。冬なのに制汗剤が大活躍したようで、夏みたいな匂いがする。
「んで、話ってなに? どったの」
「お、おう…」
何か困り事かと軽く聞くのだが、どうにも釈然としない。その場で目を泳がせたり、代謝が良過ぎるのか汗を掻き始めて「あ」だの「う」だの言う始末。
お前は壊れかけのロボットか!
「健太、ヤバイことやったのなら白状しな。一緒に謝りに行ってあげるから」
「違ぇよ!」
生温かい目で優しく言ってやったのに食いつき気味に反論された。ならさっさと言って欲しいものである。
とはいえ五分待っても故障具合が酷くなる一方だったので、先に自分の疑問を解消することにした。
「あのさ、健太」
「う…、な、なんだよ」
「大神だけどさ、あいつ何か体調悪いとか言ってた?」
「…何だよ急に」
どうしても確かめたかったので聞いたのだが、健太は先ほどまでの慌て様を捨てて不機嫌になる。確かにこれでは大神の体調が悪いから勝てたんじゃないかと聞こえてしまうよねと、慌てて私も手を振った。
「あー、ごめん。別にあんたが弱いとかじゃなくてさ、去年もうちょっとタイムが早かった気がするから」
「……そーかよ。まぁ俺も変に思ってたし」
「そうなんだ」
ライバルの健太が言うんだからやっぱり可笑しいよねと、私が自分の中で納得して顎に手を当てて考えていると、はぁと一つため息が隣から聞こえる。健太は、私をちらりと見た後、壁にもたれて唇を尖らせた。
「でも、あいつ手加減はなかったぜ。それぐれぇは分かる」
「そっか」
じゃあ、私が口を挟まない方がいいのかもしれない。そう思って何となく胸のつかえが取れていると、ふと視線を上げたら見下ろしていた健太と目があった。
健太は何故か暫く私を見たあと、不貞腐れるみたいに顔を背けて頭を掻いた。
おい、じょりじょりと変な音がするからやめてくれ
「ブスりこ」
「何故私は毎度けなされるんだ。やる気か? やる気なのか? ああん?」
「気付いてねぇお前のせいだ」
「さっきの今を振り返っても何処にも何も見当たらないんだがバカ健太め」
ぎゃーぎゃーと理不尽に対してお互いやりあっていたら、ふと健太がしゃがみ込んだ。
仕方ないのでその隣に私もしゃがむ。でも、下を向いてるせいで健太の耳しか見えない。
「あのさー」
「なに」
「俺、他県から野球の特待スポーツ推薦来てる」
ぽつりと呟いた健太の声は、小さかったのにやけに響いて聞こえた。一瞬頭が真っ白になって、息が止まる。
「……引っ越すの?」
「受けるなら俺だけ寮だな」
その後でお互いに黙ってしまい沈黙が流れる。でも、すぐに答えは出た。
「よかったじゃん」
自分でも、優しい声が出たと思う。
「あんたが頑張っててあんたが夢を追っ掛けてたの知ってる。だから、素直に嬉しい。あんたの頑張りを認めてくれるところがあるなら、私は嬉しいし応援する」
「……、引き留めてはくれねーのかよ」
その言葉に、思わず半眼になってその叩きやすそうな頭をぺしりと叩いてしまった。乾いたいい音がするかと思いきや、若干湿ってたのでげんなりする。この発汗男め
「いってぇ!」
「うげぇ、私こそ汗触ってげんなりだわ!」
「なら叩くなよ! 暴力女!」
「うっさいわ、いじいじ男! あのねぇ! その推薦欲しくても貰えない子だっていっぱいいんの! てかあんたの学力を思うなら特待スポーツ推薦なんてラッキーだし、夢に一歩近づくの! そりゃあ……」
「そりゃあ?」
頭を押さえてた健太が顔を上げそうになったから、上からその頭を押さえてやった。
くっそう、後でお前の体操着で拭きまくってやるっ
「そりゃああんたが居なくなるのは寂しいけどさ! 当たり前でしょ! でもだからって引き留めるのは違うでしょーが! それとも、あんたは私が止めたら行かなくなんの?」
じろりと恨み節のこもった声で見下ろせば、健太はまた「うぐ」と何かを飲み込んだ後、ゆっくりと首を振った。
「多分どっちも後悔する。でも、りこの気持ちを聞いた後で残ったらもっと後悔する」
「でしょ。私を後押しに使わず自分で判断しなさい。あんたが生きてこうとする道は、自分で選ばなきゃなんないそんな選択ばっかなんだから」
「うげ、またババアモードだ」
「このまま首をねじ切ってやろうか」
剣呑な目で見下ろしていたら、本気が伝わったのか逃げ切られてしまった。こんな時だけ動きが速くなりやがってこの猿め
「あんたが特待にビビるってのも分かるけど、私はあんたのその馬鹿な程愚直な所知ってるから案外大丈夫だって思ってる」
「それだけが理由じゃねーけどよ。もしダメだったら」
「何言ってんのもう、うじうじ男め! もしダメだったら公務員にでもなりゃいーの!」
「適当になんなよー」
「まだ始まってもないのに心配してどうすんの! 私はあんたとの未来の約束を楽しみにしてて、結構賭けてんだから、あんたは猪突猛進の取り得生かせばいいの! 我武者羅に行ってきなさい!」
バッシと背中を思いっきり叩いたら、たたらを踏んだ健太が校舎の影から日向に出た。
少し止まった後、振り向いてカラッと笑う様子は、憑き物が落ちたみたいないつもの健太である。
「わーったよ。行ってくる。でも」
「でもって、なにさ」
まだグチグチ言う気かじっとり男めと睨むと、いつもの悪ガキの顔して健太がニヤリと笑った。
「俺がメジャー行って、りこがまだ売れ残ってたら俺が仕方ないから貰ってやる。待ってろよ」
「仕方ないとは何だ健太の癖に!! もう許さん! 逃げんな馬鹿!!」
三位の俊足を遺憾なく無駄発揮して逃げ回る健太に、結局散々追い掛ける羽目になって疲れ切ったせいで、その日の筋肉痛はとりわけ酷かったのは言うに及ばずである。
マラソン大会の結果?78人中70位だよ!悪いか!!!
◇
「見上げれば どこまでも続く空
僕らの道は違えども
同じ時間を過ごした仲間
称えよう 僕らの日々を
輝かしいものとするために
いざさらば 今は惜別の時
いざさらば 思い出は永久に胸に」
卒業式は滞りなく進んだ。保護者の席に座った大神のご両親とオメガさん達が目立ってたり、恐らく聖也くんのお父さんがすんごいイケメンだったりと色々あったけど、最後の卒業の歌は何だか胸に響いた。
わが母はガッツリ泣いていて、ハンカチが濡れタオルの如きだった。父や弟からもライムで祝いが届いたので、スタンプで返信する。
思えば、色々とあった気がする。私は、何か変わったんだろうか。こんな嘘つきの自分でも、思い出や仲間が出来ていると胸を張って言えるんだろうか。
ぼんやりと黒い筒に入れられた卒業証書に目をやってそう思う。
健太は特待生として他県へと引っ越すことになった。お花ちゃんは私と同じ学校だ。聖也くんは、どこででも勉強はできるからとさらりと凄いことを言って、同じ学校になった。
大神も家での研究を優先したのか、家から近い私たちと同じ学校だ。
日々は巡る。
私がこの世界に来てもう前の世界の半分程になる。
馴染もうとする自分と、変わることを恐れる自分。
健太の背を押したのに、今は自分が迷子の様に心許ない。
ひらひらと舞い散る桜の花びらが目の前で踊った。
予感がする。近いうちに、多分私にとって大きなことがまた起こると。それが善い変化か悪い変化かは分からないけれど。
「りこちゃん~。一緒に写真とろ~」
「お花ちゃん待って~。今行くね~」
桜の花びらを振り切る様に駆け出した。乱された桜がまた空に舞う。
何があっても、今までの時間を悪夢だと思わなければいいななんて、そんな儚い願いを掛けた。
時間は回る。
新しい制服を着た私たちは、そうして高校一年生になった。
あと高校三年間でおわりだああ
高校生活はまた少し変わるぞー。そうなんです、健太は転校しちゃうんです。こういう青春大好きなんですが伝わりますかね…!青春ばんざーい!(うるさい
本当はね、、実はもう一パターンで高校まで一緒パターンあったんですよね…。今だからネタバレっちゃうんですけど、健太の苗字って『山田』なんです。なので、結婚したら前世と同じ名前になれるのでりこちゃんにはかなり切り札カード持ちだったんですよねぇ(最初らへんの後書きで言ってたカードはこのこと)
でも健太が夢を持ってくれてそっちに行きたがったので、応援する運びとなりました~。でもいつか未来で再登場した時に、本編終わった後にでも使いたい小ネタではあるw 絶対いい男になって帰ってくると思うので、もしまた会ったらにまにま見守ってあげてください(笑) とはいえ本編では出番減れども、勿論夏休みとか年末には実家に帰るので会いはしてるんですけどね~(笑)
だいぶ終わりが見えてきたのですが、これからもよろしくでさー☆
トネリコ




