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デリヘル怪談  作者: 瘴気領域@漫画化してます


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第1話 裏表のない男

 ビジネスホテルのドアの向こうで待っていたのは、ガウンを裏表逆さまに着た男だった。


「あっはっは! 俺って裏表のない男だからさあ」


 つまらない冗談を言う。

 私は愛想笑いで返して、準備を始める。

 パンツまで裏表逆だったときには思わず苦笑いが漏れてしまったが、男は「ウケた? ウケた?」などと嬉しそうにしている。げんなりするが、顔には出さない。


「裏表がないって言えばね」


 ビジネスホテルにしては少し上等なセパレートバスで男の背中を流していると、鏡越しに話しかけてきた。


「こんなことできるんだよね」


 男は両手で上唇をめくりあげ、鼻の上にかぶせた。

 下唇もめくり、顎の下に引っ掛ける。

 鏡の向こうには、顔の半分が桃色の肉に覆われ、むき出しの歯茎から白い歯が伸びる奇怪な顔が映っていた。


「すごいでしょ? 裏側まで丸見えなんだ。もっとできるけど、続き見たい?」


 気持ち悪いです、とはもちろん言えず、曖昧に笑ってごまかす。

 それからベッドに移ってすることを済ませる。


 六時間、という超ロングの客だった。

 普通は一時間前後の客が多く、長くとも二時間だ。

 よほどねちっこい絶倫なのかと覚悟していたが、行為自体は十分とかからず、果てた男はあっという間に寝息を立て始めた。


 楽でいい。そう思って私も眠ることにする。

 シフトいっぱいこの男で埋まっているので、このあとはフリーだ。いまのうちに眠っておけば睡眠に時間を取られず、降ってわいた余暇を満喫できる。なんとなく、台風で学校が休みになったことを思い出して少しワクワクした。




 みちみち、みちみちみち、みちみちみちみち……




 どれほど眠っていただろう。

 奇妙な音で目が覚めた。古いガムテープを少しずつ剥がしていくような、破裂寸前のビニール浮き輪が上げる悲鳴のような、粘ついた音。


 なんだろう。

 薄目を開ける。

 部屋はフットライトでぼんやり照らされている。

 音は背中の側から――男が寝ている方から聞こえていた、

 寝返りを打つふりをして、反対を向く。


 ベッドの上に、肉塊があった。

 いや、肉塊じゃない。

 胸から下は人間で、上半身が桃色の肉塊なのだ。

 あぐらをかいた下半身は裏表逆さまのパンツを履いている。

 それはおおよそ人間の形をしていた。

 てっぺんには頭がある。

 瞼のない眼窩にまん丸の眼球が埋まっている。

 鼻に当たる部分には縦長の穴が二つ縦に並んでいる。

 剥き出しの歯茎から伸びる白い歯は齧歯類のように長い。




 みちみち、みちみちみち、みちみちみちみち……




 肉がさらに下がっていく。

 肉の下で二本の何かが蠢いていた。

 腕だ。

 タートルネックのセーターを着るみたいに、もぞもぞと肉を下ろしているのだ。

 よく見ると、肉の縁は引き伸ばされた唇だった。

 男は風呂場でやってみせた「続き」を実演しているのだった。

 私はもう一度寝返りを打って男に背中を向けた。

 可能な限りさり気なく頭から布団をかぶり、耳をふさぐ。

 そしてそのまま、スマホの目覚ましが鳴るのをひたすら待っていた。


 何時間後か、目覚ましが鳴った。

 恐る恐る目を開けると、そこには身なりを整えた男が立っていた。

 仕立てのよいスーツで、靴も時計もブランド物だ。

 官僚とか、銀行員とか、そういう仕事の人間に見えた。


「今日はありがとう。また指名するよ」


 去り際にそんなことを言われたが、私は店を変えることにした。

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