第9話 盗撮
デリヘル盗撮動画というのがネットで出回っている。
やらせのものも多いだろうが、本物も少なくない。
とくに客先が自宅の場合、盗撮への警戒は必須の自己防衛となる。
私の話だ。
その日の仕事先はマンションの三階だった。築浅で家賃はずいぶん高そうだ。
呼び鈴を押すと、二十代半ばほどだろう、上下ジャージの男がだらしない笑顔を浮かべて出迎えた。このマンションの住人には似つかわしくない。
「写真よりもずっと若くてキレイだね。おっぱいも逆サバ読んでたりする?」
開口一番、これだ。
つま先から頭の先まで舐めるような視線に気づかないふりをしつつ、部屋に上がる。こんな男の部屋だ。足の踏み場もないほど汚れていても驚かない。
そう覚悟していたのだが、意外なことに中は小綺麗なものだった。リビングダイニングの壁にはミュシャのポスターが飾られ、食器棚にはカラフルなブランド食器が整頓されている。テーブルに放置されたパチスロ雑誌と汁の残ったカップ麺の容器が明らかに浮いていた。
リビングダイニングの先が寝室だった。
セミダブルのベッド。向かいの本棚には画集や絵本、女性向けのファッション誌などが並び、隙間にプリザーブドフラワーやちょっとしたインテリアが上品に配置されている。
このあたりで、さすがにピンときた。
「このベッド、使っていいんですか?」
二つ並んだ枕へこれみよがしに視線を向けながら尋ねると、
「大丈夫大丈夫、彼女、いま出張中だから」
男は悪びれもせずに応えた。
どうもこの部屋の主は、インテリアの趣味はいいが男の趣味は絶望的らしい。
とはいえ、仕事だ。会ったこともない客の彼女に遠慮して、せっかくの稼ぎをふいにする義理はない。さっさと済ませてしまおうと、前払いの料金を請求する。
「いけね、財布どこにしまったっけな……」
男はぶつぶつ言いながら、ダイニングキッチンへ戻っていった。
ベッドに腰を下ろすと、なんだか奇妙な感覚がする。視線を巡らせると、本棚の上に置かれたぬいぐるみと目が合った。
もこもこのクマのぬいぐるみ。つぶらな瞳があざといほどに可愛らしいが、縫製が荒く全体的に安っぽい。およそ部屋の趣向とはそぐわないものだ。
嫌な予感がした。
手にとって確かめると、おしりからUSBケーブルが伸びている。
顔を潰すと不自然に四角い感触。
よくよく観察すると、鼻の頭に小さな穴があり、レンズが覗いている。
クロだ。
ぬいぐるみを元に戻し、即座に店と送りさんに連絡を入れる。
「いやー、お待たせ。財布、ズボンに入れっぱなしだったわ。洗濯しちゃうところだったよ。あ、お釣り出せる?」
わざともたもたと会計をして、世間話やトイレを借りたりで時間を稼ぐ。
そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。
「忘れ物を届けに来た」という口実でドアを開けさせると、送りさんが即座に踏み込んで私のところまで一気に歩いてきた。
「お客さん、こういうの困るんですよね」
「し、知らねえよこんなの……」
体格のよい送りさんで助かった。
ぬいぐるみを鷲掴みにして仁王立ちする送りさんの前で、正座の男が震えている。
「知らないで通るわけないでしょ。これ、あんたの部屋にあったんだよ?」
「知らねえよ。それ彼女のだもん……」
男はごねたが、警察を呼ぶと言うとあっさり陥落した。
罰金を支払わせ、念書にサインさせ、身分証を顔の横に持たせて写真を撮って一生出禁を言い渡す。ブラック客の情報は同業に共有されるため、少なくともこの部屋にデリヘルを呼ぶことは二度と出来ないだろう。
蒼白な顔で震えている男が少々哀れだったが、自業自得だ。
やり取りの間、私はまだ別の違和感をおぼえていた。
源を辿ると、押し入れに目が止まった。
引き戸を開けると、そこには写真立てがあった。
デリヘルを呼ぶにあたって男が隠したのだろう、男と彼女らしい女性がにこやかに頬を寄せる写真が収まっている。
笑顔のはずの女の目にキッと睨まれた気がして、そっと引き戸を閉じた。




