地獄の業火に焼かれても……3
「それを求める者はみな、地獄に落ちてしまうのでございます」
お前の欲しいものはなんだと詰め寄る吉房に向かい、鷹子は言った。
「お前に地獄に落ちられては困るな」
真顔で吉房はそう言うが。
いや、現代でそれ食って地獄に落ちたやつ、見たことないんですけどね……と鷹子は思っていた。
古かったら、トイレに駆け込んで地獄を見る食材ではあるのだが。
鷹子が欲しいもの、それは卵だった。
鶏卵だ。
牛乳、バター、生クリーム、卵。
それは洋菓子を作るのに必要な物。
だが、この時代、仏教の教えにより、卵を食べることは殺生につながるとされ、禁じられていた。
今より前の時代には禁じられていなかったというのに。
さらに過去の時代に向かって、タイムスリップしたい気持ちだ。
卵欲しさに、と鷹子は思う。
だが、卵を食すると、地獄の業火に焼かれるという教えがある。
誰も本気で信じてはいまいが、そういうことになっているのに、妃ともあろうものが卵を食べたりしては、帝の顔に泥を塗るようなもの。
此処を出なければ食べられまいな、と鷹子は思っていた。
その覚悟を決めたような顔に、吉房はビクビクしていた。
「なにかまずいことを言ったりやったりしてはいないだろうね」
次の日、気配を察したように右大臣である父、春時がやってきた。
左大臣のようにガツガツ出世欲を見せたりはしないが、より食わせものだと鷹子は思っている。
そもそも数いる娘の中で、特別、可愛がってもらった記憶もない父なのだが。
帝の血を引く母のせいで、斎王に選ばれた辺りから風向きが変わってきた。
先帝が早めに隠居しそうな気配を感じて、伊勢から戻ってきたら入内させると決めていたのかもしれない。
重要な手駒となった自分に父は優しい。
さまざまなお道具を送ってくれたりもする。
中宮様に負けないくらいの。
私の宮中での生活を気遣って、というよりは、単に左大臣と中宮様に張り合ってのことなんだろうなと思いながら、鷹子は言った。
「なにも問題ございませんわ、お父様」
うむうむ、と春時は頷いていたが。
そこはさすがに親子、なにも信じてはいないようだった。
「今、帝の妃の中でまともなのはお前だけ。
早く子をなし、その地位をより高めるように」
中宮も幼き折は愛らしい子であったが、今、顔を出さぬところを見ると、そうでもないに違いない、と勝手に春時は決めつける。
「お父様、中宮様にお会いされたことがあるのですか?」
「うむ。
昔、中宮が帝と遊んでいるところを見たことがある。
まこと愛らしい姫であったが。
大丈夫だ、お前の方が遥かに美しい」
いや、それ、ただの親バカってことはないですかね、と思いながら、鷹子は訊いていた。
「お父様、まさか中宮様を狙ったりしてないですよね?」
右大臣が私を狙ったように、と鷹子は思う。
中宮になると、俸禄も桁違い。
受領などの推薦権もあり、政治的発言力も出てくる。
中宮の地位をこの父は、どうしても手に入れたいに違いない。
そう不安に思い、訊いてみたのだが、春時は、
「わざわざ、そんなことをする必要もないだろう。
帝の寵愛を得ているのはお前だ。
ともかく、今の地位を確固たるものとするのだ」
と鷹子に命じる。
いや~、今、卵により、その地位、危なくなってるんですけどね~、と鷹子は思っていた。




