第18話 神を畏れぬ子ども(2)
結局裕は、自作の扇子でパタパタと扇ぐしかなかった。
午前中は仕事に勤しむも、午後はゴロゴロしながら「暑い、暑い」と呻き、パタパタやっているだけだ。
そんな裕にミキナリーノは「だらしない!」とぷんぷん怒るのだが、そのたびに、午前中はちゃんと働いているんですよ、と同じ言い訳を繰り返す。
そんないつもの午後、裕は神官に呼び出された。
「町の外を邪悪なものがうろついている、と市民から報告されている。不浄なものを退治するのも神官の仕事だ。ヨシノゥユーもついてきなさい」
神官の仕事が自分に何の関係があるのかと思いつつも、面白そうではあるので、裕は退治への同行に快諾する。
日が暮れてから問題の地区に行くと、野次馬たちが遠巻きに見ている中で、何やら怪しい影が幾つも蠢いていた。
なんと、幽霊である!
「すげえ! 初めて見た!」
裕と一緒に来ている神官のケケネスタンは、悪霊退治を得意とするらしい。裕は、彼がどのように除霊するのかと興味津々の眼差しを向けていたのだが、何を思ったのかケケネスタンは裕に「お前が退治してみろ」などと無茶振りしてきた。
いや、無茶振りでもない。裕も成仏魔法が使えるのだ。ケケネスタンはそれを見たいのだろう。
だが、裕は、神官の業を目の当たりのできるかと期待していたのだ。気を落としながらも、どうすれば良いのかを考える。
「夜に出てくるってことは、昼にしてしまえばどうにかなるんでしょうかね?」
裕は、完全に南無阿弥陀仏のことは忘れているようだ。
物は試しということで、裕は陽光召喚、すなわち『昼を呼ぶ魔法』を行使する。
いつものように呪を唱えると、強烈な陽光が周囲を照らす。
そして、幾つもの悲鳴が響き渡るのも、いつものことだ。
眩い光の中、邪悪と称された霊らしきものは空気中に溶けていく。意外と陽光召喚は霊に効くようだ。
裕は霊の気配が消えたことを確認すると、陽光に感謝しお帰り頂くようお願い申し上げる。
光は消え、あたりは何事もなかったかのように再び夜の闇が戻ってくる。だが何故だろうか。周囲の野次馬たちの悲鳴は消えない。そこら中に苦悶に満ちた声が残っている。
「おかしいですねえ。これはただの明かりの魔法だし人畜無害のはずなのですが。幽霊に攻撃されたようにも見えなかったですし、一体どうしたのですか?」
裕はすっとぼけた疑問を口にする。自分だって最初は悲鳴を上げて転げまわっていたのに、他人に対してこの言いぐさは酷いだろう。
「大莫迦者! 貴様は自分が何をしたのか分かっているのか。今に神罰が下るぞ。愚か者め!」
裕は何故自分が怒られているのか理解できていない。
まあ、当然だろう。幽霊を退治せよと言われたから、退治しただけなのだ。
しかも、やった事といえば、太陽光を呼び出して直射日光を浴びせただけ。他の人には特に害は無いはずである。
それを悪の所業のように言われるのは、裕としては甚だ心外なのである。
裕は、自分を快く思わない神官がいることは知っていた。一度は町から追い出されたのである。それに気付かないはずもない。
だから、少なくとも仕事に関しては真面目に一生懸命にやってきた。言葉も通じない怪しげな子どもである自分の面倒を見てくれているのだ。それに報いるのは当然である。
それでも、裕を敵視し、事あるごとに難癖をつける神官もいた。
このケケネスタンも、裕排斥派の神官の一人だ。
それにしても、自分がやれと言っておいて、方法が思っていたのとちょっと違うだけでギャーギャーと文句を言うのは上司として失格である。
守ってほしい手法や手順があるならば、最初に示すべきだ。
だが、裕は過去にそんな阿呆上司の下で働いていたこともあり、割とスルー能力は高い。少々の難癖は、笑って受け流す。
しかし、この神官は裕のそんな態度に憤慨していた。自分の考えている事が絶対に正しくて、そこから外れているものは間違っていて悪である。本気でそんな事を信じているタイプの人間だった。
神殿に戻ると、ケケネスタンは神官長に報告に向かった。
神をも恐れぬとんでもない魔法のことを。
「どうだった? ケケネスタン。」
「はい。ヨシノゥユーは昼にすることで幽霊を消し去りました。」
ケケネスタンの報告を受けるも、神官長には言っている意味が分からなかった。
「ヨシノゥユーは、昼にする魔法を使って悪霊を退治したのです。」
「其方の言っている意味が分からんと言っている。」
「陽の光を生み出し、あたりを照らす魔法だと本人は言っていました。」
実際に見ていたケケネスタンにもそれ以上説明することはできない。陽光召喚は彼らの常識を超えているのだ。
確かに低級の霊は昼間は出てこないのだが、魔法で夜を昼にして「幽霊はいなくなりました」なんて莫迦げた話など、神官達は誰も聞いたことも無いのだ。理解できるはずもないだろう。
「悪霊退治をするは、浄化の術を使うに決まっているだろう。それ以外にいったい何があると言うのか。」
「ですが、信じ難いことに、ヨシノゥユーは強力な光を照射して悪霊を滅したのです。」
「莫迦なことを……。そんなこと、できるはずがないだろう!」
「あの子どもはデタラメすぎるのです。私の理解を超えたことを平然と行う悪魔のような存在なのです……!」
しかも、裕はそのデタラメで勝ち誇っているのだ。それは彼ら原理主義派の神官達には到底許容できることではないようだった。
裕がこの町にやって来て三ヶ月ほども過ぎたころ。
今では、町の人々の間で、ヨシノゥユーの名前を知らない者は殆どいない。役に立たない兵に代わって最前線でモンスターと戦い、町を守り救った人物として、半ば英雄視されていた。
小さな体でオーガに立ち向かい、それを屠る。それを目撃した者も多くいるし、命を救われたと思っている町人も一人や二人ではない。
何より、この町で活動する多くのハンターたちが裕の功績を讃えているのだ。
しかし、裕の評判が上がるにつれ、逆に怖れ、厭わしく思う者たちもでてくる。
町でヨシノゥユーについて聞けば、色々な話が出てくる。
曰く、オーガを一人で瞬殺した。
曰く、数百の骸骨兵を一人で殲滅した。
曰く、不死の魔導士を一撃で粉砕した。
色々とあるが、市井の民というのは、噂話というものが大好きだ。
子どもがちょっと勇敢に戦ってみせただけなのが、色々脚色され、尾ひれ背びれ胸びれ腹びれ尻びれが付きまくって、事実とかけ離れた大活躍の話になっている。
そう断じてしまうには、目撃者の数が多すぎるのだ。
しまいには「絶対に敵に回したくない。あの子と戦っても勝てる気がしない」などというハンターすらいるのだ。
ハンターというのは己の強さに誇りを持っているものだ。そもそもとして、「自分は弱い」などと言う者に獣やモンスターの退治など任せられるはずが無い。
だが、噂が事実であるならば一大事である。
そんな一人で一軍の力を持つような者を倒せる兵力など、地方領主が持っているはずもない。王国騎士団や王宮魔導士団でもなければ太刀打ちなどできはしないだろう。
「何とかして手を打たねばならぬ。取り返しのつかないことになる前に。」
ヨシノゥユーをこのまま放置すれば、いずれ遠くない将来に自分を蹴落としに来る。領主はそう確信していた。
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