第10話 脳みそグルグル(2)
変化のない日常に早くも飽きてきた裕が午後の睡魔に襲われていた頃、神官が裕を呼びに来た。
神官に連れられて行くと、部屋には二人の戦士風の男が待っていた。ハンターを指揮していたリーダーと、なにかと裕をフォローしていた弓士である。
もっとも、裕は二人の顔も名前も知らないのだが。
挨拶を済ませて裕が椅子に座ると、戦士が一本の山刀を差し出す。
何のことかと裕は首を傾げるが、男が鞘から抜いてみると、それは見覚えのあるものだった。
裕が記憶しているよりも磨き込まれて綺麗になっているが、先日のモンスター襲来の際にゴブリンから奪った物だ。この戦士が手入れをしたのだろうか。
返す、と言わんばかりの戦士の態度に、裕はありがたく受け取ってこの国の言葉で礼を言う。その程度の言葉はミキナリーノに教わっていた。
戦士に話し掛けられるものの、裕はまだ日常会話ができるほどには言葉が分からない。
断片的に、モンスター、戦う、明日、などの数語を聞き取れた程度である。
戦士二人が言葉の通じない自分に対して、という事を踏まえて、内容を推測する。
――
雰囲気的に防衛戦勝利記念パーティーの招待ではなさそうだ。
今後の防衛に関しての打ち合わせに言葉が分からない者を呼ぶとも思えない。
弟子の勧誘か? もしかしたら可能性が高いかもしれない。
あるいは町の周辺のモンスター掃討の戦力勧誘だろうか。
――
裕が考え込んでいると、神官が力強くお断りしている。
裕には伝わってはいないが、戦力の勧誘だ。だが、神殿側としてはお断りの方針のようである。
「私は、戦う。」
片言ながら、裕はこの国の言葉ではっきり言った。
そして翌日の夜明けと共に、総勢二十三人のモンスター駆除部隊が町の門を出た。
さすがに無防備の子どもを連れていくというわけにもいかず、ハンターたちが裕の装備を用意をしてくれた。
装備と言っても革のジャケットにグローブ、ブーツ。それに山刀を背負い、腰から提げている水筒。子どもの体力に無理のない軽装である。
日帰り予定のため夜営用の荷は無いものの、重装備の者もいるため、裕の歩く速さは遅い方ではなかった。早い方ではないのは確かだが、移動の時点では足手纏いになる様子はない。
徒歩数時間の道を進み、モンスター発見報告があった地点付近の岩場に到着すると、リーダーは指示を出して索敵を開始する。
数名一組で班を作り、周囲に広がって索敵しつつ前進し、ほどなく敵を発見した。
集まってきたメンバーが敵を見て息を飲む。
岩場の先には数え切れないほどの大量の骸骨兵が徘徊しているのだ。これは誰も想定していなかった事態だ。
「これ、どうするんですか……?」
裕が呟き、すぐ近くにいる戦士たちも低く呻く。
駆除隊の装備は、どう見ても対アンデッドではない。槍や剣などの刃物を主体に、毒矢を用意してきている。おそらく、オークやオーガを相手にするための物だろう。骸骨に毒など効くはずもない。
周囲の状況を見て、裕はリーダーに駆け寄り、端的に言う。
「町。帰る!」
その言葉に、後ろの方で誰かが喚いている。
――
どうせ「臆病風に吹かれたのかクソガキ!」とでも言っているんだろうね。
脳筋のバカはこれだから困るんだよ。
アイツらは、ここで発見されたオークやオーガがどこへ行ったと思っているんだか。
目の前だけじゃなくて、もうちょっと視野を広げて考えるとかできないんだろうか。できないんだろうな……
――
裕は内心毒づいて、町、すなわち来た道の方角を指す。
「敵。」
しかし、その方向には敵の姿など無い。当然だ。今通ってきたばかりの道に敵がウヨウヨしているほど彼らは無能ではない。
誰かが嗤い、誰かが怒りの声を上げる。
それでも弓士は大真面目な顔でその方向の敵を探す。隣のリーダーも同様に目を凝らして敵を探す。
だが、どこにも何もいない。
周囲の者が焦れて騒ぎはじめて、骸骨に向き直った時に、やっとリーダーには裕の言いたいことが理解できた。
「現在考えられる最悪の事態は、ここにいたオークやオーガが、我々と入れ違いで町に向かっていることだな。」
ここに居るべき敵が居ないことにようやく気付いた。彼らは骸骨兵発見の報告は聞いていない。彼らが聞いたのは、あくまでも、オークとオーガの群の発見だ。それがここにはおらず、別のモンスターがいるというのはどういうことか。
オークやオーガは、いったいどこに行ったのか。
弓士の言葉に青褪める戦士たち。現在、町の防衛力は激減している。町の門扉はまだ修理途中であるし、傷の癒えていない兵も多い。
それ以上の文句は無く、速やかに撤収が開始された。
作戦を根本からミスっていたことにリーダーは焦っていた。
帰り道を急ぎながらも、今となっては遅いことが次から次へと頭に浮かんでは消える。
何より、年端もいかない子どもに指摘されるまで何も気づかなかった。骸骨兵に突撃するつもりですらいたのだ。
駆除隊の一行は町の無事を祈りながら、歩みを早める。
本来、彼らには町を守る義務というものはない。ハンターである彼らの多くは、今の町に定住しているわけではない。だが、現在拠点としている町が全滅したとあっては、さすがに気分が悪いどころの話ではない。
彼らは同じ過ちを何度も繰り返しはしない。
足が軽い者を先行させ、索敵範囲を広げて周囲を警戒しつつ、最大限の速度で町へと引き返していく。
だが、ゴブリン一匹とも遭遇することなく町の手前まで来て、『最悪の事態』が的中していたことを知った。
「急げぇぇぇ!」
誰かが叫ぶ。先行部隊全員が走り出す。門をくぐると、地獄の様相を呈した戦場が目に入った。
そこらじゅうに転がる死体。血でぬかるんだ地面には、原型を留めない肉片も散らばっている。
ハンター達は悲鳴とも雄叫びともつかぬ声を上げて、近くにいたオーガに飛び掛かっていった。
後続部隊とともに到着した裕は、街門付近でハンターと対峙しているオーガを無視して、その横を駆け抜ける。断続的に町の中からも悲鳴が聞こえている。それは、すでに何匹かに入り込まれているということだ。
裕は悲鳴の方向に向かって走り、オーガを見つけた。
石を拾い、走ってオーガとの距離を詰めながら投げつける。しかし、子どもの投石など効かんとばかりに、オーガは裕に向かい棍棒を振り上げる。
「必殺! 砂かけ婆!」
裕はワケの分からない必殺技名を叫び、掴んだ砂をオーガの顔面めがけて放ち、その足のすぐ横を駆け抜ける。
目潰しを食らって喚いているオーガの足の腱を断ち切り、さらに残りの足へと振りかぶる。
だが、オーガもただ黙ってやられてはいない。
バランスを崩しながらも棍棒を振り回し、裕を追い払おうとする。
それでも、オーガはそれまでだった。
近くにいた住民たちの一斉投石攻撃を受けて、裕から意識を逸らし、吼えたのが最大の敗因である。
「ホームラン!」
無防備になったオーガの足に目掛けて、裕が山刀をフルスイングする。
盛大な悲鳴を上げて地面に倒れ伏したオーガは無視して、裕は次の相手を探してまた駆け出す。
両足の腱を断ち切られ、立ち上がることができないオーガなど怖くなどない。
近づかなければ良いだけである。止めを刺すのは後でゆっくりやれば良い。なんなら、明日でも構わないのだ。そんなのに今は構っている暇は無い。
町民と対峙しているオーガを見つけると、裕は近くの建物へと飛び込む。階段を駆け上がり、小物を投げつけていた女性に汚物入れを差し出す。
女性は目を丸くしていたが、窓から叫び、下にいる者たちに注意を促したうえで壺を放り投げる。
糞尿を周囲に撒き散らしながら、放物線を描いて壺は地面に落ちて砕けた。
オーガはといえば、頭から糞尿を浴びて大パニックに陥っている。
棍棒を放り出して顔を拭うオーガに、裕の必殺技・彗星斬が決まり、勝敗は決した。
尚、彗星斬とは三階の窓から飛び降りながら斬り付けるだけの技である
地面に這いつくばって呻き声を上げるオーガは町人に任せて、裕は、三匹目に向かう。
裕は肩で息をしながら走る。残りは一か所、町の南側だけだ。既に他の箇所の怒声や悲鳴は止んでいる。
「これで最後!」
裕が神殿への道に着くと、神官数名が一匹のオーガの相手をしているのが目に入った。だが、裕は今までのように駆け寄ろうとはせず、ゆっくりと忍び寄っていく。
オーガのすぐ背後にまで迫った裕は、尻の割れ目を下から切り上げる。
変な絶叫を上げるオーガ。そして裕は馬鹿笑いを上げる。
神官たちは呆れ顔である。
ひとしきり笑ったあと、裕はオーガの脚の腱を断ち切り、倒れた隙に首筋へ止めの一撃を放つ。
戦いを終えて裕は道端に座り込む。呼吸が落ち着くとともに、裕は眠りに落ちて行った。
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