74話・エルマ逮捕される
「エルマが逮捕だと? 何の容疑で?」
「分かりません。今朝、早馬で第一報が届きました」
炊き出しを手伝う手が止まり、俺はその場で固まってしまった。
……。
聖龍法王庁の神聖騎士団に身柄を拘束されたのが4日前だったか。
考えられる罪状は『マナポーション横流し』一択だ。
しかし、そもそもマナポーションは法王庁から、ロンレア伯爵家が大金3500万ゼニルで購入済み。
すべての権利はエルマの実家にあり、処分を許されているエルマが使おうが売ろうが自由であるはずなのだが……。
この世界の法律について俺は全く知らないので何とも言えない。
「直行君、後のことはわたしがやるから、一緒に行ってあげて」
小夜子はそう言ってくれたけれども、俺はうかつには動けなかった。
「実は俺、エルマの実家・ロンレア伯爵家からは追放されてしまっていて……」
「……えっ? そうなんだ」
「はい。ロンレア家の立場としては、お嬢様逮捕の件を直行さまにお伝えする道理はないのですが……」
小夜子の問いに、ロンレア家の従者レモリーは申し訳なさそうに答えた。
「道理がないって……どういうこと?」
「……直行さまは、お嬢様との約束を果たし、ロンレア家の借金も返してくださっています。にもかかわらず、ロンレア伯爵は直行さまを追放なさいました」
「まあ、実際のところ伯爵にお伺いを立てないで勝手に売却したのは事実だからなぁ」
最初に会った時に「好きにしろ」と一任されたような気もするけど。
何はともあれ、ロンレア家の当主はエルマの父親だ。
当主がそうだと言ったら、答えも変わるのだろう。
「……エルマちゃんの家と直行君は、もう無関係ってこと?」
炊き出しを再開しながら、小夜子はレモリーに尋ねる。
「はい。このようなことになってもなお、直行さまにご相談するのは心苦しいのですが……お知恵をお借りできればと思いまして……」
「よく知らせてくれたと思う。俺も考えてみるよ」
俺だって実際、助けられるものならばエルマを助けたい。
一緒に苦労してきた仲間ということもあるし……。
彼女は(前世の記憶持ちだが)13歳の少女だ。
見捨てられるわけもない。
それに、借金返済後に残った金額、つまり儲けを山分けする約束は、エルマと交わしたものだから俺が全額持ち逃げするわけにもいかない。
「ただ、法王領となると厳しいわよ。確か、転生者や被召喚者は入っちゃいけない場所だから」
小夜子がぽつんと言った。
「そうなのか……」
「直接、法王庁に行っても、エルマちゃんに会える可能性は少ないのではないかしら」
現状では訊けることは限られているが、レモリーに尋ねてみる。
「なあレモリー、伯爵夫妻は、法王庁に行くんだろう?」
「はい。支度をして、明日にも出発します」
「伯爵様に釈明できないかな? 追放は解かなくていいから、協力させてほしいと」
しかし、レモリーは伏目がちにうつむいた。
「いいえ。それは、厳しいかと」
ハッキリ言って望みは薄い。
しかし他の可能性も無きに等しい。
「わたしが保証人とか身元引受人として、一筆添えようか?」
世界を救った一員である小夜子の申し出は、願ってもないことではある。
しかし、それはエルマの両親には通じないだろう。
伯爵の取り付く島のない態度を思い出すと、英雄の陳情でさえ聞く耳を持ちそうもない。
「申し出は本当にありがたいんだけど、ロンレア伯爵って保守派の貴族で、異世界人をすごく……嫌ってるから」
「そっか……。とにかく直行君。ここはいいから、レモリーと一緒にいてあげて」
小夜子はすぐに察したようで、話をやめた。
6年もこちらで暮らしている被召喚者だ。
保守派の貴族のこともよく知っているのだろう。
「炊き出しの手伝い、中途半端でゴメン」
「気にしないで! 今度また頼むわね」
もはや俺にとっては、炊き出しどころではない。
小夜子に謝って、その場から離れた。
「レモリーはこれからどうする?」
「はい。貴人用の馬車の手配と、ディンドラッド商会との打ち合わせ、それと保存食の調達です」
「当主夫妻が一緒でないときは、俺も同行しながら対策を話そう」
「はい。ですがその前に私からも小夜子さまにお礼を言わせてください」
レモリーは炊き出しをしている小夜子の元へ戻って、ていねいに礼を言った。
「2人ともくれぐれも無理はしないで。助けが必要だったらいつでも協力するわよ」
小夜子は給仕する合間に、小さく手を振った。
俺とレモリーはもう一度礼をし、下町を後にする。
◇ ◆ ◇
貴族街に向かう坂道を登りながら、俺たちはあれこれと対策を話し合った。
とはいえ、エルマが逮捕されたという一報のみでは動きようもない。
「俺が重要参考人として名乗り出ようか。俺が出たらエルマの罪は軽くなるのでは?」
「いいえ。それでは直行さまが捕まってしまいます」
「そうなんだけどさ。捕まるっていうのも法王庁に入るための手段の一つではあるよな」
神聖騎士団の頑なな態度を思い出すと、やはり、リスクは大きいが。
「でも、イチかバチか。やってみる価値はある」
「それでは明日の朝、お迎えに上がります」
レモリーと約束して、俺たちは分かれた。
万が一の時に備えて、対策を知里と相談しておこう。
BAR異界風に行くと彼女の姿はなかったので、手紙を書いて店主に渡しておいた。




