27話・勇者自治区との接点
古物商「銀時計」にて。
「直行さん、すみません。話がそれちゃいましたね」
「いや、のっけから興味深い話が聞けました」
「僕らについてはご存じですか?」
「いえ。失礼ながら……」
意識高そうな大学生風の神田治いぶきと、ハイビスカスの刺青の木乃葉愛夏=アイカが、俺の商品に興味を持った。
しかし俺には、彼らがどこの誰だか見当もつかない。
現代社会から召喚されてきた転移者であること以外、知るよしもない。
俺は横目で老紳士を見るが、彼も首を振っている。
「僕らは勇者自治区で美容関係を生業とする者です」
「ハーレムの髪結い師をやってんだよね。ウチは元々美容師でさ。ヒナちゃんに召喚されたのもその縁で」
「アイカさん、余計なことは言わないで」
「別にいいじゃん、ヒナちゃん有名人だし」
どうもアイカはおしゃべりで、話が脱線する傾向があるようだ。
ただその分、意外な情報を入手できそうだ。
有名人のヒナちゃん、か。
後でエルマにも聞いてみよう。
「僕らはカットはもちろん、シャンプーやトリートメント、染髪なんかも研究しているんですね」
「なるほど、それで俺の『スキンケア化粧水』に……?」
「ええ。日本語のラベルですからね。ご店主は『ただのマナポーションだ』と言いますが、試してみると確かに効きますよね」
「ウチが見つけたんだよねー! すっごい化粧水だよこれ。元の世界にもないレベル」
「スキンケア化粧水は、僕も探してはいたんです。ヘチマに似た植物や米ぬかなどで、それらしい物は作れたんですけれど、これ程の効果はなくて。まさかMP回復アイテムにこんな効能があるとは驚きました」
「正直、たまたまというか偶然の産物だったもので、俺も驚いてます」
「そうなると効能のエビデンスなどは得られてない、という事ですか」
「いや、まあ……そうですね。科学的な根拠などは今後の課題ですね」
「ウチら女の肌には魔法の力が宿ってるから、効くんじゃんねー?」
アイカはそう言ってカラカラと笑った。
エビデンスなんて変な横文字を使われたおかげでうっかり『偶然の産物』なんてボロが出てしまったけれど、ここは商機と見て攻めるべきだろう。
「まだ在庫ありますけど、買います?」
もっとも、マナポーションの仕組みに気づかれた以上、20,000ゼニルでは売れないけど。
まあ4800ゼニルでも何箱か売れたらラッキーだ。
「その言葉を待っていましたよ直行さん。今回あなたにお会いしたかったのは他でもありません。僕らはあなたからマナポーションを買いたい。その意味は分かりますか?」
「俺はそこの店主に『スキンケアという発想と体験を売る』と言伝を頼みました。だからでしょうか?」
「半分はそうです。たぶん世界で最初に裏技的な使い方に気づいた直行さんに敬意を表して……と言いたいところですが、こちらにも事情がありましてね」
「事情、と言いますと?」
「僕ら勇者自治区は、聖龍教会……法王庁にとても警戒されています。錬金術師ギルドとの接触も厳しく制限されています。だから、中立的な立場の方との接点は是非とも持ちたいところです」
「俺が中立という確証はないと思いますけど」
「まいったな、それはそうですね」
いぶきは肩をすくめて笑った。
さて、どうしたものか。
リアル交渉の勝負所だとは感じるが、どう切り出していいものか分からない。
「ちなみに在庫はどのくらいありますか?」
「ええと、24本で1ケースがおよそ500箱」
「けっこうありますね。全部買いますよ。さすがに1本あたり20000ゼニルは出せませんが」
思いもかけない話ではあるが、どうする?
冗談、なのだろうか?
どちらにせよ、いぶきは交渉が上手い感じがする。
会話の間合いというか、話の切り出し方で先手を取られてしまう。
たぶんここは本気と見て即決すべきところではあるのだろう。
ただ、俺にその決断はできなかった。
「ありがたいお話で、即決したいところではありますが……仲間と相談してもいいですか?」
「ええ、もちろん。こちらも資金を用立てなければいけませんし。輸送手段の問題もあるでしょう」
「具体的な話になりましたね」
「僕は最初から具体的な話しか、してませんよ? マナポーションは1本あたり5000ゼニル出しましょう。輸送費を含めての価格です。あくまでもこちらからの提案ですが」
「それで問題ないです」
「しかし、僕らの元いた世界は便利だったですよね。紙幣はおろか電子決済。こんな時、スマホがあれば便利なんですけどねー」
「さすがにスマホは使えないのか……」
俺はこの店に売り物として飾られているガラケーやスマホを目で追った。
黒いスマホに10万ゼニル、二つ折りケータイに何故か20万ゼニルの値札が付いている。
「電源さえ、何とかなれば使い道はありそうですけどね」
「ネット使えないんじゃ意味ないじゃんかねー」
「この値段じゃ厳しいよなー」
いぶきとアイカと俺は、売り物のスマホやガラケーを見て苦笑する。
古物商の主人は、ムスッとした表情で視線をそらした。
「……でも俺、こっちに来て日が浅いけど、この辺りの建築ラッシュには驚いていますよ」
「ふっふ~ん! ウチらの住む勇者自治区は直行ちゃんの旧王都なんかとは比べ物になんないから」
アイカがものすごく得意そうな顔で言った。
いぶきも、メガネのブリッジ部分をクイッと上げてほほ笑んだ。
「勇者自治区……か」
「とりま、この案件はお互い持ち帰って前向きに検討しましょう。直行さん次回のアポイントメントいつになさいますか?」
「そちらの都合に合わせますよ」
なごやかな雰囲気ながらも、商談は詰めの段階に入ろうとしていた。




