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24話・古物商でのやりとり

 伯爵夫人は夜道を歩いていた。


 宝石を質に入れて、いくばくかの金を得たのを、俺は見てしまった。

 険しい表情をしたまま、夫人は家路をたどる。


 それにしても、夜の治安は大丈夫なのだろうか。


 周囲を警戒しながら革袋を両手で抱きしめて歩く姿は、まるで「大金を持っていますよ」と言わんばかりだ。 

 普段一人で街を歩くこともなかったのだろう。どこまでもぎこちない。

 俺は伯爵夫人を密かに護衛するような格好で屋敷まで尾行し、倉庫に戻った。


 倉庫に戻ると、待っていたのはエルマだった。


「直行さん、夜遊びですか。感心しませんね。あたくしたちに残された返済期限まであとわずかですから、そのつもりでお願いします♪」

「……そうだな」


 まあ、誤解させておいていいか。

 彼女に母親の行動のことを告げるつもりはないし。


 そんなことより、売り上げの方が深刻だ。

 スキンケア大作戦をぶち上げたところで、売れたのは25本に過ぎない。600箱のうち1箱程度。

 借金返済の途方もない道のりに、めまいがしそうだ。


 ふと先ほどの、古物商にネックレスを手渡したときの侯爵夫人の悲しげな表情が脳裏をよぎった。


 ◇◆◇


 翌日、俺はいつもの営業活動を済ませると、昨夜のアンティーク店に足を運んでみた。

 夫人の行動がどうしても気になったからだ。

 ネックレスについて確認しておきたいということもあるが、貴族街の古物商という存在にも引っかかる。


 店は、貴族街の裏路地にひっそりと構えていた。看板も出していないので、一見して何の店かは分からない。

 ただ、造りは頑丈だ。


挿絵(By みてみん)


 昨夜わずかに開いていた磨りガラスの窓は、ぴたりと閉まっている。

 窓に顔をつけて中を覗こうとしたが、全く見えない。


 すると、入り口の扉が開いて、屈強な男が出てきた。

 警戒感を露にしている。店主でなければガードマンか何かだろうか。

 腰には小ぶりの剣を携えている。


「客を睨みつけるのは、商売上どうかと思うぞ?」


 俺は内心冷や汗をかいていたが、平静を装ってみせた。


「……コソ泥みたいに覗き見をする客などあるものか。昨夜もここで中の様子をうかがっていたろ」

「……」


 冒険者か傭兵上がりなのだろうか、愛想というものを少しも持ち合わせていない強面で、値踏みをするようにこちらを見ていた。

 確かにジャージ姿の俺は、お世辞にもこの店に用があるようには見えない。


「実は、店主と話がある。扱ってほしい商品を持ってきたんだが、迷ってた」


 とっさに、出まかせのような言葉が口をついて出たが、嘘ではない。

 ガードマンは表情を全く変えずに俺を見ていた。


「お前は『被召喚者』だろう。なら、話だけは通してやる」


 入り口のところで2分ほど待たされて、昨夜見た鼻眼鏡の老紳士が現れた。


「『被召喚者』の方でございますね。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」


 俺は店内に通され、昨夜夫人が座ったアンティーク調の椅子を勧められた。

 店主は差し向かいで、その横に、剣の柄に手をかけたままのガードマンが立った。

 変なことをしたら、一瞬で首を跳ね飛ばされそうな感じだ。


 こんな状況はもちろん生まれて初めてだ。

 あまりにも現実離れしすぎているので、実感はない。


 それにしても……。

 俺を一発で被召喚者と見抜いたガードマンと、みすぼらしい格好の俺を歓迎した古物商。

 彼らの出自も気になるところだ。

 

 俺は店内を見渡した。

 さすが貴族街の古物商だけあって、値打ちものの装飾品や調度品がズラリと並んでいる。

 価格帯も1万ゼニルから1500万ゼニルまでと幅広い。

 50万や100万の高額商品もたくさん並んでいた。

 その中には昨夜、伯爵夫人が手放したルビーのような赤いネックレスもあった。


(参考価格:300万ゼニル……だと?)


 夫人には、10万そこそこしか手渡していなかったじゃないか?


「して、今日はどのような品物をお持ちいただいたのでしょうか?」

「その前にひとつ聞いても良いですか。あのルビーのネックレス、買取価格はおいくらだったのでしょうか?」


 俺は、展示されている伯爵夫人のネックレスを指さした。

 老紳士は表情一つ変えずに、小さく肩をすくめた。


「私どもは売り手と買い手がどちらも得をするような、適正な商いを心がけておりますが?」

「適正、ですか……」

「用件はそれだけですかな?」

「いえ、実はこれを……」


 俺はカバンから化粧水のサンプル品を取り出す。

 茶色の瓶に削りくずのラベルを見たとたん、店主の顔が曇った。


「……これは何かの冗談でございますか? これはただのマナポーションですね。ラベルを貼り替えて売るのですか……?」

「いやあ、どうでしょう……」

「詐欺ですよ?」


 まずいな。

 さすがに見る人が見れば一発で分かっちゃうものなんだな。

 先程のポーカーフェイスとは打って変わって、店主はあからさまにガッカリしたような表情だ。


「お客様のような異世界の方がもたらす技術革新には目を見張るものがあります。だから私はどのような身なりの者といえども、異界人には丁寧に接しているつもりです。彼らは上客でもありますからね」


 誇らしく店内の商品を示しながら店主は言った。

 なるほど、宝飾品の他にも被召喚者が持ち込んだと思われるスマートフォンや、腕時計、果ては現代の工具までが法外な値段で売られている。


「ご店主、お言葉ですが、これはマナポーションではありません。『スキンケア』という発想を商品に変えたものです」 

「何の事だか分かりませんが、マナポーションには、何らかの別の使い道があるという事ですかな。ですが人をだまして売るのは良くありません。せめて、それ用に中身を新たに生成しないと売り物になりませんよ」


 老紳士は鼻で笑った。

 なんだろう、余裕たっぷりな態度に少しばかり腹が立つ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言ってることはもっともですが鼻につく老紳士ですね。
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