13話・タピオカエンドレスと、はじめての1日を終えて
「ご注文の品は、以上になります」
BAR異界風の俺たちのテーブルには、色とりどりの酒を入れた陶器が所せましと並べられた。
俺は在庫のマナポーションを1本あけて、それぞれの酒を割って味を比べてみた。
MP回復アイテムを割り材にして、果たして需要があるかどうかは分からないけど。
試してみて美味ければ、商機はあるかもしれない。
「う~ん、ビールは苦みが強くなるな。柑橘系の香りをつけたクラフトビールみたいになる」
俺は嫌いじゃないけど、クセが強まるので万人にはお勧めできないだろう。
エルマは俺の話になんて聞く耳を持たずにタピオカ風ミルクティーをすすっている。
「ウィスキーはダメだな。変に掛け合っちゃってマズい」
混ぜると薬っぽい。
というか、この店にある蒸留酒は全般的にいま一つだ。
まあ異世界に近代的な酒造メーカーがあるとも思えないし。
俺も酒の味に関してとやかく言えるほど嗜んでいるわけではないけれど。
エルマお嬢さまは、俺の試行錯誤になんか全く興味を示さず、タピオカ風ミルクティーを飲み終えようとしていた。
ジュルルルル……ボフッ。
「ゲフ、ゲフ……最後の1個がなかなか吸えないんですわよね」
エルマは咳込みながら、グラスの底に残った黒い球体をストローですくおうとしている。
まあコイツは未成年だから、酒なんて飲ませるわけにはいかないのだけれども。
それはともかく、今度は赤ワインにマナポーションを適度に落としてみた。
飲んでみるとワインにスパイスやフルーツを漬けた……。
何て言ったっけなコレ……?
「お兄さん、面白いことやってるじゃん」
隣の席で頬杖をついてワインを飲んでいた彼女が、話しかけてきた。
ふしぎな雰囲気のお嬢さんで、ローランドジャケットを着ている。
やる気のなさそうな態度とは裏腹に、赤く大きな瞳が輝いていた。
「それって、マナポーション? ちょっとこのグラスに入れてみてよ。あたしにも味見させて」
差し出された陶器のワイングラスにはルビーのような色をしたワインが注がれている。
俺は小さくうなずいて、マナポーションを足してみた。
物を売るのに異性の意見が聞けるのはありがたい。
「この味……、さっきお兄さんが思い出そうとしていたのって、サングリアじゃない? あたし、この店のワインはどうも葡萄の品種のせいか好みじゃないんだけれど。これだとスパイシーになってまあ行けるかな」
好みじゃないって、確かにこの店で出されるのはまるで渋みのない甘口のワインではあるが。
デカンタ2本も空にしておいて言うことじゃないけどな。
「ワインといえば、法王領でつくられる〝血の教皇選挙〟なんて物騒な名前の赤ワインがあって、よく熟成されてるらしいんだけど、異世界人は飲んだらダメ! なーんて法律があるんだってさ」
「お姉さんは異世界人……転生者なのか?」
「たぶんお兄さんと同じ、被召喚者。傷だらけの女に呼ばれたの。もう7年になる」
お姉さんはけっこう酔っぱらってきたようで、トロンとした瞳で、遠くを見ていた。
その姿は少し寂しそうで、何ともいえない憂いを帯びている。
ちょっと見とれてしまったけれど、俺は話を商売の方に戻した。
「お姉さんは、サングリアをこの店のメニューに置いてもらったらリピートする?」
「どうかな。マナポーションを割り材に使うのって普通考えないよ。コスパ悪すぎるからね」
「だよなあ」
居酒屋メニューにするには原材料が高すぎるな。
それでも、流行みたいなものがつくれたら行けるかもしれないけれども。
まあ実際のところメディアやSNSのないこの世界では厳しいか。
「タピオカを勢いよく吸い込むと、のどに詰まる恐れがあるので怖いんですよねえ」
エルマは全く関心を示さないし……。
っていうか、いつの間に2杯目を頼んだのか。
「嫌なことがあったら、タピオカエンドレスですわ♪」
チュー、ドムドムドム……。
エルマは夢中でタピオカ風ミルクティーを飲み続けていた。
……なんだかなあ。
ワインのお姉さんも、心なしか苦笑いしているような気がする。
「マナポごちそう様。お代はここに置いておくわ。面白かった。久しぶりに酔えたみたい」
不意にお姉さんが立ち上がって、俺たちが座るテーブルの上に銀貨と銅貨を置いた。
「何だよ、この金は……?」
「あたしも金欠なんで1本分しか払えないけど、売れると良いわねマナポ」
そう言い残して、ふしぎな雰囲気の彼女は去っていった。
俺は机に残された貨幣を数えてみる。
1000ゼニル銀貨が4枚。
100ゼニル銅貨が8枚。
〆て4800ゼニルが置いてあった。
「あの意識の高そうなゴシックお姉さんは、ラベンダーの匂いがしましたね」
2杯目のタピオカ風ミルクティーをすすり終えたエルマが、鼻をヒクヒクさせて笑った。
しかし、あの女はなぜ俺たちの目的を知っていたのか。
うっかり俺たちが口に出していたのかもしれないけれども。
「結局、酒場では得るところはありませんでしたわね」
「お前はタピオカすすってただけじゃないか!」
◇ ◆ ◇
俺たちは帰路についた。
大きな満月が、俺たちを追っかけてきた。
日本で見るよりも何倍も大きな月だった。
そんな月明かりに照らされた巨大なリュウグウノツカイ=聖龍が夜空を泳ぐ。
春のおぼろ月夜のような生ぬるい風が、夜の貴族街を吹き抜けていった。
俺の異世界生活初日が終わろうとしている。
エルマの屋敷に戻った俺は自室のソファに横になり、酔いを醒ました。
リアルビジネスは難しい。
物を売るのは、いつの時代、どこの業界だって至難の業の末に成り立っている。
何度も思い知っていることだけれども、改めて商売の難しさに途方に暮れた。
ただ結果として、初日は失敗だったが、分かった点も多かったので次に活かそう。
本日の教訓。
建築術者にマナポを売るのは厳しかった。
休めば治るMP回復薬の対価として4800ゼニルは高すぎる。
視点を変えてマナポを酒の割り材として試してみた。
評判は悪くないが、いかんせん単価が高い。
──初日はうまくいかなかったけれど、工夫の余地はあるな。
さて、明日はどうしたものか。
……。
……。
つらつらと考えていたら、眠ってしまったようだ。




