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第16話

初めまして、皆さま。

わたくしはつい先日まで切り裂き人形と呼ばれていた人形です。今は『リィン』というお名前を頂いております。

わたくしが初めてサトコ様にお会いしたのはオアストロの森でした。ご主人さまはわたくしを起動させるとサトコ様に少し歩いて見せるように命令されました。わたくしが動く人形だと教える為だったようです。それからわたくしの服をサトコ様にお貸しする為に服を全部脱ぐようお命じになられました。これは大変珍しいことなのです。わたくしは今までご主人さまにお仕えしてきて、ご主人さまが他人の為に何かするというのは『王に仕えてるのだから仕方なくやる』という場合以外で見た事がございません。服を脱がされたわたくしはすぐに停止を命じられ、仕舞われてしまいました。

次に起動させられたのはサトコ様から回収された衣類を再びわたくしに与えられる時でした。ご主人さまはサトコ様とご一緒ではなく、大変寂しそうな顔をしていらっしゃいました。その後も魔物や盗賊に襲われる度にわたくしは起動させられましたが、ご主人さまはどこか上の空だったような気が致します。

ご主人さまはササエについてからは何かにとり憑かれたかのように働き続けておりました。ご主人さまは魔力の供給をされて、実際働くのは手足であるわたくしどもでしたが。しかし戦闘用であるわたくしは中々要領を得る事が出来ず、ご主人さまの期待に十分応える事が出来なかったように思います。

ご主人さまはササエで功を取り伯爵となりました。

それから領地にお屋敷を建て始めました。わたくしは聞いてしまいました。「サトコはどんな屋敷が好きだろう?」というご主人さまの呟きを。わたくしは初めて知ったのです。ご主人さまが蟻のように働き続け、身分や領地を得たのはサトコ様のためなのだと。始めからサトコ様を保護するつもりでササエにやってきたのだろうと。

あの日見たサトコ様は大変素朴な少女でした。しかし裏表なく優しそうな少女でもありました。ご主人さまはあの少女に惹かれているのでしょう。

ご主人さまはサトコ様の為にサトコ様のサイズの衣類を買い求め、屋敷の収納にパンパンになるほど詰めました。その一着一着がご主人さまがサトコ様の為に吟味した物です。装飾品の類も大量に買っていらっしゃいました。ご主人さまはリアロで大変重宝されていたので持ちうる金銭は多かったようです。

サトコ様の為に化粧水を作っている様子も拝見しました。保湿や美白の効果のある薬草を漬けこんだ化粧水です。

わたくしは早くご主人さまがサトコ様とお会いできると良いと思いました。

そしてわたくしは再び表に出された時、ご主人さまの傍にはサトコ様がいらっしゃいました。わたくしは海の魔物と戦っておりましたが、サトコ様は海の魔物を食べてみたいと思われていた様子でお腹を鳴らせておりました。お腹の音が愛らしいです。

何度か出されて少々稼働しましたが、珍しい経験もございました。サトコ様が『スフレチーズケーキ』なるものを所望されたようでご主人さまがお手作りされていました。その際、生地に空気を含ませるのが生身の人間には大変な苦労だそうで、わたくしが泡だて器という物で生地に空気を含ませました。サトコ様に輝くような笑顔でお礼を言われました。人形は主人の為に尽くすもの。わたくしはご主人さまにお仕えして、お褒めの言葉を頂いた事は御座いません。その事に不満は無いのですが「有難う」という言葉がこのようにわたくしの琴線に触れるものだとは思いもしておりませんでした。

それからサトコ様は円呪の首輪を嵌められてしまい、その解除の為に竜谷まで行きました。わたくしは本当にご主人さまの気がふれてしまったのではないかと思いました。ご主人さまが他人の為にそうまでするのは中々考えられない事です。

そしてお風呂などサトコ様がお一人でいる間は危険だと考えられて、わたくしが警護につくことになりました。サトコ様は事あるごとに「御苦労さま」や「有難う」などとお言葉をかけてくださいます。その度にわたくしは何かむずがゆい感覚を覚えるのです。この感覚をどのような言葉で表わしたらいいのか、わたくしにはわかりませんでした。

サトコ様はご主人さまの女性遍歴に興味を示しました。お一人も交際していた女性はいないと告げると安堵していたようです。今までのご主人さまは恋愛という物をあまり意識していなかったように思われます。

リャンカでサトコ様は何かお茶のような物を飲まされて眠り込んでしまいました。後々「あれは薬入りだったのだろう」と気付きましたが、時すでに遅しです。数人の武装した兵士たちが部屋に乗りこんできました。狙いはサトコ様のようです。わたくしはサトコ様をお守りするべく、必死に剣をふるいました。しかし場所は非常に狭く、狙いはサトコ様。わたくしは兵士をたった30名屠るだけで動きを止められてしまいました。広い場所であれば数百人は屠れたものを…不甲斐無い。サトコ様…

わたくしは部屋の片隅に遺棄され、サトコ様が見知らぬ男に犯されようとするのを黙ってみているだけしかできませんでした。もし怨念で人間が殺せるのならあの男は死んでいたと思います。わたくしは斬り伏せられた関係でご主人さまに位置をお伝えする信号が身体から発せられることもなく、新たに魔力を受け取ることもなく、今まで供給されていた魔力の残滓で意識だけ保っている状態でした。何もできない、ということがこのように辛いのだと初めて知りました。サトコ様…

結果、ご主人さまはサトコ様を無事助け出しました。わたくしも肝の冷えるような思いをいたしました。

それからわたくしはご主人さまに直され、前より丈夫な体にしていただけました。「サトコ様に最上級のお詫びを示すにはどうしたら良いのでしょうか」とご主人さまに尋ねると、ご主人さまは非常に珍しい物を見る目でわたくしを見ておりました。それからわたくしに土下座という作法を教えてくださいました。

土下座をし、お詫びの言葉を連ねたわたくしをサトコ様は優しく許してくださいました。それどころが褒めてさえくださったのです。何と心の清い方なのでしょう。

わたくしは人形ですがココロという物を持ち始めているのかもしれません。ご主人さまよりサトコ様の方が大切に思えるのです。

ササエに着いてわたくしは毒見の役を仰せつかいました。ご主人さまとサトコ様の健康を守る大役です。わたくしは毒を持った物を感知できる舌を持ち、飲食した物を体内で分解する事の出来る体になりました。

ササエについて、ご主人さまとサトコ様は非常に仲睦まじい様子で順風満帆といった様子でした。しかしサトコ様は自分がご主人さまにどう思われているかを非常に気にしていらっしゃる様子です。

お風呂場でたまたま一緒になったビアンカという冒険者に「酔いに任せて聞きだせばいい」と唆されて、サトコ様はお酒をご購入になりました。毒見をしたところ毒成分は入っておりませんでした。しかしサトコ様は最初の一杯で完璧に酔ってしまわれたようです。お風呂から戻ってきたご主人さまに色っぽく迫って痴態をお見せになっておりました。私はご主人さまに外に出て警護するよう言われたので後のことは存じません。しかし翌朝、サトコ様はわたくしに会うなり号泣されてしまいました。「失恋」というものをなさったようです。恐らくご主人さまと仲たがいされたのでしょう。わたくしはご主人さまと対立してもサトコ様を第一に考える所存です。

そこでサーリエの魔術師に2人揃って誘拐されました。どうやらわたくしの事を闇の守護者だと勘違いしているようなのでそのままの設定で通す事にしました。その方がサトコ様が安全だと思われたからです。

サトコ様はご主人さまから頂いた転移の指輪も防壁の首飾りも投げ捨ててきたそうです。もうシャールン領へは行かないと、ご主人さまにはお会いしたくないと仰っておりました。

サトコ様は深く傷ついていらっしゃるようです。サトコ様を深く傷つけたご主人さまにかつてない憤りを感じましたが、わたくしは動いております。

ご主人さまが完全にサトコ様をお見捨てになられたのならわたくしへの魔力は切られ、わたくしはただの動かぬ人形になっているはずです。ご主人さまの心はまだサトコ様に向けられているのでしょう。きっとお二人には互いにすれ違っているだけなのだと思います。しかしサトコ様は失恋の痛みは新しい恋で癒すと仰られておりました。時間が経てばいずれかは、ご主人さまの事を忘れてしまうかもしれません。わたくしはサトコ様とご主人さまがご一緒に幸せになるのが一番良いと思っておりましたが、それが叶わぬならせめてサトコ様にだけでもお幸せになっていただきたいのです。

ご主人さまは魔力の受信体の位置を追う事が出来ます。ですからわたくしがサトコ様とご一緒している限りご主人さまには居場所がばれています。視覚や聴覚を共有している感覚が無いのは我がご主人さまながらに評価できます。そんな事をしたらサトコ様からの信頼度は地に落ちてしまいますから。ご主人さまがサトコ様と再び会いまみえる時。ご主人さまの態度次第ではこの身に代えてもサトコ様をお逃がししたいと思います。



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