第369話:学習させてはならない
「ラウル、合わせられるな」
「はいっ。行くぞ、アルブス!!」
《ウオオオンッ!!》
ユリウスが自身の剣へと魔力を通わせ、ラウルは契約した精霊を呼ぶ。名前を付けて貰った事で大喜びしていた彼は、フェンリルに嬉しいとばかりに報告に行ったのは1ヶ月前。
その喜びように、良かったなと言いつつラウルの元に戻された。フェンリルがアルブスを咥えて運ぶ様から、親と子を思わせる程にほのぼのした。
咲はずっと可愛いと言っており、ナタールが落ち着くように言ったという場面が多々あった。
麗奈に呼ばれれば、白虎と同じく嬉しそうに抱き着きアルベルトとは昼寝をする仲。もちろん、ラウルに甘えるのは変わらない。彼の声に応える為、アルブスはヒュドラの周りに限定して凍らせる。
「アドミット・カタストロフィ」
ブルームの強力な魔法はどれも強力である一方、加減が出来ないと本人から聞いていた。
そこでユリウスが行ったのは、彼の魔法を付与する事。これを行う事で、ブルームがわざわざ表に出なくても良いようにした事と麗奈から教わった魔力操作でのコントロール化に成功。
ユリウス単体で、ブルームのような強大な魔法を扱える程に力を制御しまた行使が出来るようになった。ブルームが攻撃に特化した魔法が多い中、相棒とも呼べるアシュプが得意な事は魔力操作と多彩な魔法。
契約した麗奈も、力のコントロールに特化しており何度かブルーム本人と交えながら操作する方法を伝授。ブルームの努力もあってか、ユリウスの体でも耐えきれるだけの魔力を譲渡する事にも繋がる。
(ギリムさんの情報通りならっ!!)
アルブスの冷気を受けて動きを鈍らせていくヒュドラ。
そこにラウルと合わせるように9つの首を全て同時に切り捨てた。再生は起きず、ボロボロと崩れていく。
最古の魔王であるアルビスは、ギリムと同格である実力者。
ランセとサスティスは1度会った記憶があるが、それ以降は殆ど姿を現さない謎が多い人物でもあった。そんなアルビスは、ギリムの要請には素直に応えているのでお互いの仲は悪いという訳でもない。
そういった仲である為、互いの事はよく知っている。
もちろんダンジョンで生み出したこの魔物達についても、ギリムは早くからユリウス達と話し対策を練っていた。
「アルビスが創った魔物には気配がない。それが通常の魔物との違いだ」
「気配が……」
最初に聞かされたのはその気配の違い。
ダンジョンという空間を作り、そこに自身が創った魔物を放ち観察を続けてた。誰かが来る訳でも無かったが、アルビスは気まぐれに入り口だけは作った。自分の創った魔物がどの程度に動けるのかという観察も必要だったからだ。
その入り口は、様々な場所で存在した。
森の奥深くだったり、魔物の巣だったり、家の扉を開けた先に――なんて事もあった。
しかしギリムから、家の扉の先に設定するのは止めるように言われ、冒険者でもない者が巻き込まれると言えば彼は素直に「分かった」と言い設定を作り直した。
そこから、冒険者の実力を計りつつ魔物の観察を続けた。
ダンジョンの構造は、基本的に1本道にしており開けた場所に魔物が配置している。
「魔物を配置しているだけだから、気配を辿る事もしなくていい。道が開けた時には、魔物が居ると言う認識になるからな」
「そうか。だとしたら、気配なんて創らなくても良いって事か……。でも、それをダンジョンでない場所でやるとかなり厄介になる、と」
キールの指摘にギリムは「そうだ」と答え皆は沈黙した。
生きている者であれば気配がある。特に冒険者や騎士達は、その気配を頼りに戦いを進めていく。ダンジョンの魔物にはそれはないとなると、現れた時に対処するしかなくなるという事になる。
「あの、ギリムさん。ダンジョンの魔物を気配以外で探る方法はないんですか?」
不安げに聞くユリウスに、周りも同じ事を考えていたのか視線がギリムへと注がれる。
彼はランセとサスティスに視線を合わせれば、2人は無言のまま頷いた。
「ダンジョンの魔物を気配以外で探る方法はあるにはある。闇の上級属性である深淵を探る」
「深淵……。闇の上級属性ってあったんですね」
「あぁ、だがこれは魔族達には多く知られていない。これを扱えるのは、ごく少数と決まっているんだ。……余達、魔王がその使い手だ」
キールがすぐに無言でランセへと圧を掛けた。
今まで一緒に居て、そんな話は聞いた事がないぞと言わんばかりの圧なのにランセは「仕方がなかった」と言った。
「サスクールを殺すのに集中したかったし、そこまで話すような事でもないと思ってね。闇属性はそれ1つだけでも殆ど完結しているようなものだから。……あとは、キール達にそこまで深い入りする気は無かったんだ」
「切り捨てるつもりが、情が沸いたんだってはっきり言えばいいのに」
「うるさいっ」
ニヤニヤ顔のサスティスに、ランセは反射的に反論する。
それを言われ、キールも追及するのを諦めた。なんだかんだ言いつつ、ランセにとってラーグルング国に居る事で居心地が良いのだと言われれば嬉しいのだ。
無言で圧を放っていたのとは一変して、今度はニコニコとするキールにランセはそっぽを向く。恥ずかしそうにしているランセを見れただけでも良しとしよう、という事なのだろう。
「コホン。続きを話すぞ。……魔物を創るのにアルビスの魔力を使うのは確実だ。その魔物を探り当てるには、深淵の魔力を探るしかない。が、アルビスは暗黒魔法の使い手でもある。深淵を探らせない対策は既にしてある」
「え、それじゃあ結局は何も出来ない……?」
麗奈が不安そうに言うと、ギリムはユリウスと麗奈に視線を送る。キョトンと返す2人だが、すぐに察したザジとサスティスが反対だと言った。
「ギリム。2人を囮にする気だね」
「……それしか方法はない。アルビスにとっては未知な魔力なのが、虹というものだ。その使い手である2人を囮にアルビスを引きずり出す」
ランセの指摘にギリムは説明する。
そう言う事なら、と2人が理解するのも行動するのも早い。だが、周りからは大反対が起きる。何かあった時の対策として、ユリウスの傍にはランセとサスティスを配置。麗奈の傍にはザジとギリムと言う風に決まった。
ザジに至っては、囮に使うという辺りからギリムの事をずっと睨んでいる。
麗奈がなだめるように努力するが、彼の機嫌は収まる事は無い。
「あとはアルビスと創った魔物自身に、学習をさせない戦い方をする。これが一番大変だ」
ザジからの睨みを受けつつ、ギリムは次への対策として魔物の対処を話し出した。
まずは一撃で魔物を仕留める。一撃で倒すのが難しいのは大型の魔物だ。
今回のワームがアルビスによって創られた魔物だとするのなら、出て来る魔物達は殆どが大型だろうとなった。
その代表格として厄介なのがヒュドラとミノタウロス。
再生能力があり、9つの首を持つ大型の蛇のヒュドラとパワーが強力なミノタウロス。
毒を吐くヒュドラには、動きを止めて首を同時に落とす方法が上げられており、氷を扱うラウルと暴風を扱えるベールが選ばれた。
「良いか? 一度、倒した方法を続ける事。変化をつけたりすれば、それに順応するように魔物達は設定されている。あとは連携を軸に確実に追い詰めるしかない」
アルビスを止める事は、その創られた魔物を止める事にも繋がる。
魔物達が生まれている間、アルビスは必ず近くに居る。ギリムはその気配を探る事に集中し、麗奈が異空間へと連れて行かれるのと同時に自身もそこに飛び込んだ。
「彼女が何処かに連れて行かれたが、心当たりはあるのかっ!?」
「俺も麗奈も、それを承知で動いてます!!」
ヒュドラを倒しても、再び生まれて来る新たなヒュドラ。
ラウルが呼び出したアルブスは、先程と同じように周りを限定して動きを止める。ユリウスと入れ替わるように、ベールとラウルが首を落としていく。
リーズヘルトの言葉にユリウスは早口でそう答え、再び姿を現したヒュドラへと攻撃を仕掛けた。
(承知している……? 囮になって一体何を引きずり出そうというのだ)
彼等が救援へと駆け付けたのには別の意図がある。
それは薄々気付いていたが、未だにワームは結界を破ろうと突撃を繰り返している。ヒュドラの対策をしている事から、ユリウス達には対処する手段を多くあるのだろうと予測する。
リーズヘルト達は知らないでいる。侵攻してくるワームも含めた魔物達は、魔王アルビスによって創られた存在だと。
(いや、今はここを守る事を専念しないといけないか。終わったら事情は話してくれそうだしね)
そう思った彼は、自身の武器を振るいながら魔力を通わせる。
彼の魔力は武器へと伝わり、徐々にその姿を変形させていった。
「行くぞ、デュラン」
自身の武器にそう呼びかけ、剣がドクンと脈を打った。
リーズヘルトの後ろに、黒い鎧を纏った巨人が現れその手には同じ剣が握られていた。
《オオオォォォ――ッ!!!》
雄たけびを上げたその巨人は、リーズヘルトの動きと連動して突撃してくるワーム達を一気に切れ伏した。




