第338話:冒険者としての活動
「はぁ……疲れた」
「お疲れ様です、坊ちゃん」
机に突っ伏して項垂れるのは魔王ディーク。
既に疲労困憊な状態であり、クーヌが用意した紅茶を飲んでもあまり表情が変わらない。
「坊ちゃん、それですと――」
「皆さーん。ただいま戻りました」
「アリサちゃんと作ったお菓子にアレンジ加えたんです。食べてみますか?」
「食べるっ!!!」
「坊ちゃん……」
そこにゆき、ハルヒ、咲の異世界人である3名が入る。
アウラとディルベルトも連なって入り、アリサが追加のお菓子をと用意していた。疲れ切っていたディークがお菓子という言葉に、すぐに反応した事にギリムは笑いを堪えており体が震えている。
主であるディークの行動に、クーヌは天を仰ぐようにしてショックを受けていた。ズーン、と沈んでいる彼にアリサは「大丈夫……?」と聞くも無言で頷くだけだ。
「私達の方で普通に出されてるドーナッツです。アレンジは粉砂糖やチョコをかけてます。紅茶に合うと思うんで試して下さい」
「うんまっ!! アレンジ良いね」
「坊ちゃん……」
悲し気に呟くクーヌを気にする様子もなく、ディークはドーナッツを笑顔で堪能中。
ギリム、ドーネル、ヘルスの3名も小さめに作られたドーナッツを食べその美味しさに思わず目を見開く。
「油で揚げているのか……。ふむ、揚げる菓子があるのだな」
「お店で売ってるのはもう少し大きいんですけど、家庭用で作るなら小さめの方が良いかなって。量も沢山作れるし、アレンジも出来ちゃうので」
「ま、本当は冷やし固めたりとか色んな方法で作られるお菓子もあるんですけど。そっちはれいちゃんの方が得意そうだもんね」
「……」
そんなお菓子もあるのかと目を輝かせたディークだったが、ゆきが作るのを断念していると分かるとすぐにシュンと落ち込んだ。だが、ドーナッツを再び食べるとぱあっと花が咲いたように明るくなり紅茶を飲みながら楽しんでいるのが分かる。
そんなディークの反応に、ハルヒも思わず(話さなきゃ良かった……)と呟くのをギリムが読み取り、思わずむせた。
「ギリムさん? 大丈夫ですか」
「あ、あぁ……。すまない、気にしなくていい」
ギリムの様子から、自分の心の内を読まれたのだと思ったハルヒは気を付けないと、と改めて思いながら話題を変えた。
ドーネル、ヘルスも居るのなら都合が良いと思い2人にも報告をしていく。
「前にギリムさんとも話したんですが、僕等は異世界人って言う立場とは別に役職的なものが必要かなと思いまして」
「あぁ、異世界人ってだけで命狙われるとか巻き込まれるのを防ぐ為ね」
2人はすぐに納得し、異世界人の保護をする中でも彼等がそれなりに自由に過ごせるようにと準備は進めていた。麗奈達以外に呼ばれている可能性もあり、ラウル達はそれらの情報が無いかなどの確認の為に国に戻っている。
大国であれば異世界人の保護は最優先とされているが、それが全ての常識かと言われると少し微妙な感じになる。小国なら利用しようとする者も考えられるし、手に職を付けなければいけない事情も出てくる。
それに、麗奈達のように若い人達だけではない大人も呼ばれている、という可能性もある。
創造主デューオから、彼が認定して加護を与える人数は決められていると聞かされた。無造作に人を呼んでいる訳でもないし対応が出来る出来ないもあるからだ。
しかし、ここ数百年の内にデューオの意図とは関係なく呼ばれている人間の数が多くなっている。ギリム達が居る魔界に送られる事はなく、殆どはラーグルング国などの内側に位置している国々だ。しかし、例外もあるだろうからとギリムとディークの部下が魔界を見回っていると言う。
「いくらアイツの加護があるからといって、生き残れるかは自分自身によるのなら一緒でしょう。僕達みたいな年齢の人なら、最初に浮かぶのは冒険者だろうし……。奴隷とか娼婦とか、無名で働かされているなんてのもあるだろうし」
「奴の意識的にない事なら、送られる先はかなりランダムだからな。小国なら手に負えないと最悪投げ出される事もあるが、軍事的に使ってくる所もある。……また面倒な事を頼んでくるんだろうな、奴は」
既に嫌な顔で事を進めているギリムに、ドーネルとヘルスは聞きながらお疲れ様というしかない。
ハルヒ達も、自分達と同じような人を探す方法として冒険者への登録を済ませて来た。
噂話から得られる事もあり、そういった信憑性のない話はなかなか国へとは伝わり辛い。確実な情報が分かり次第、となると行動が後手に回ってしまう。
そう言った懸念を含んでいる為に、冒険者本部があるダリューセクはハルヒ達への冒険者登録には積極的に行った。
逆にニチリはアウラに手伝わせるのは、とかなり返事を渋っていたが最終的には娘であるアウラのお願いに王であり父親でもあるベルスナントは頷いた。その際、宰相であるリッケルからはくれぐれも姫を危険な目に合わせるな、と睨みを効かせた。
それらは主にハルヒに向けてなのだが、彼は笑顔で「分かってますよ」と言い返し2人の間に見えない火花が散っていた。
「任務をこなしながらの異世界人探し。……悪いな、苦労を掛けて」
「平気ですよ。冒険者のランクも上がるし、咲の魔法の訓練にも繋がるので」
「うっ……」
3人の中で魔力量が多いのは咲だ。キールと同じ大賢者という膨大な魔力量を誇るも、その殆どのコントロールは大精霊フェンリルによるもの。自身がしてきたのは、魔法の生成だけなのでゆきとハルヒに比べてコントロールはかなり甘い。
今も時間の合間を縫って、ランセからコントロールの指導を受けておりなかなかに難航している様子。
実践経験も積みながら、魔法のコントロールも出来るので冒険者としての活動は彼等にとって良い経験になっている。
「だが、あまりランクが上がるのが早すぎると面倒な事も多いだろう」
「そこは予想出来ているので、僕とディルさんとで対処出来てます」
「今まで魔族や魔物相手が多かったので、手加減するのに時間はかかりましたが」
アウラ達の容姿に不用意に声を掛けたのが運の尽きとばかりに、ハルヒとディルベルトによって排除されている様子が目に浮かぶ。ドーネルは「皆、可愛いもんね」とゆき達を撫でまわしアリサは肩に乗せて部屋をグルグルと回っていた。
ヘルスは落ち着きがないと思いつつ、止める気配はない。
止めても無駄なのが分かり、ギリムもそれを読み取って無駄に声はかけない。ディークはその間、未だにドーナッツを堪能中なので会話には一切入ってこない状態だ。
「……では、こちらからも部下を派遣して奴隷商会を幾つか潰しておくか。残しておいても損しかないし、な」
「ギリムさんが動くんですか?」
「運動がてらにな」
「拠点の場所が多くて困ってたんですよ。協力してくれるなら助かります」
「部下達にも力加減の良い経験になるから良い。よし、動くか……」
まさかの魔王自ら動くとは、と思ったがギリムが執務から逃げたいだけなのを察した周りは何も言わずに話を進めていく。
奴隷商会となる拠点を幾つも潰していくハルヒ達の活躍は、瞬く間に冒険者達の間で広がり彼等の評価とランクは順調に上がっていった。




