第329話:置いてけぼりな神様
ヴェルの口の周りにケーキのカスがついていた。それに気付いた麗奈は、それをタオルで拭いていく。ピクン、と動いたヴェルはピタリと麗奈の方を向く。
《キュ?》
「あ、動かないでね。ゴミを取るだけだから」
《キュム》
大人しくしている間に軽く拭けば綺麗になったと言い、動いても平気だと伝える。口の周りに何かが付いていたのは分かっていたが後で取れば良いかと思っていたので、麗奈が先に取ってくれたのが嬉しいのだろう。
お礼を言うのに頭を下げ、そのまま肩へと移動。
甘えるように頭を寄せると今まで黙っていたザジが待ったをかけた。
「おいお前。それ以上、甘えるな」
《キュ?》
「良いから離れろ」
ムスッとしながらに言うザジにヴェルは睨む。
バチバチと火花が散っているような感じに麗奈は困ったように頬をかく。しかし、流れを見ていたユリウス達はザジの嫉妬だろうなぁと言うのが分かるのか黙ったまま。
「お礼を言うどころか、勝手に移動しちゃって。しかもなんか食べてるし!?」
「!!」
《キュキュ!!》
別の人物の声が聞こえ、麗奈がその方へと目を向ける前にユリウスが遮るように立ち続けてヴェルが顔を覆うようにして見せない。サスティスとザジも無言で、両サイドに立ち割り込んできた人物を睨む。
「う、ちょっ……」
《キュウ、キュウ!!》
(え、見るなって……言われても)
食べ終えた食器を片付けようとしていた所に急な暗転。動いたら怪我をしそうなのが分かり、麗奈はそのまま動けない。その間、ヴェルはラフィへと目隠しを手伝うようにと言われてしまう。
少し考えた後で彼は使っていた食器を持ち、麗奈の後ろに立つとバサリと自身の翼を使って彼女の視界を更に覆った。
「ラフィさん? 何を手伝っているんです?」
「一緒に隠すのを手伝って欲しい、と」
「誰が来たんです」
《フキュキュ!!》
「え、話しちゃダメって言われても……」
頬を膨らまして怒るヴェルに、麗奈はどうすれば良いのかと途方に暮れる。
そんな麗奈の様子をラフィは見守りつつ、ユリウス達が対峙している人物に目を向ける。
フィーと同様に特殊な目を持つ存在――創造主。
睨まれている相手であるデューオは敵意をむき出しにする彼等を見てため息を吐く。
「お礼を言う訳でもなくいきなりの敵視か。酷いな」
「事前に言わないそっちが悪い」
「再会して嬉しい癖にそういう事を言うの?」
「うっ……」
正確に読み取られ言い返せない。
ザジとサスティスは未だにデューオを睨んでおり、2人を返す目的は何かと問う。
「目的って言われても、彼等と約束したしね。全快したらきちんと返すよって」
「……本当にそれだけ?」
「何でそう疑われるのかな」
「あー、もう。一口が一口じゃないっての!! 半分以上無くなったじゃんか」
「んーー。だって甘くて美味しいんだもん」
「ちょっと小さいのよね。もう少し大きく出来ないの?」
新たに入って来た3名にユリウスはギョッとなる。
そのうちの1人には見覚えがあり、同時にデューオと同じ創造主だというのを改めさせる。
サスクールの戦いの終盤、ユリウスに祝福を上げた女神であるエレキ。
長身のスラリとしたスタイルで銀の粒子を纏う不思議な存在。そして、その反対側にいるのは金の粒子を纏うふんわりとした女性。
彼女も同じく女神なのだろうと見ていると、視線がぶつかりニコリと笑顔を返される。
黒のドレスを纏うエレキに対し、笑顔を返したもう1人の女性は銀のドレスを纏いながらも際どいデザインだ。
目のやり場に困ったユリウスは、慌てて下を向けるとデューオが舌打ちをして3人に注意を始めた。
「いや、君等。誰が入って良いなんて」
「私はアンタを出し抜くのに手伝っただけ。妹のエルナも力を貸してくれたんだからちょっとはお礼を言いなさいよ」
「誰も頼んでな――いてっ!!」
「アンタの驚く顔を見たのは最高だったわ」
ハリセンを使いバシバシと叩くエレキ。
フィーは麗奈から貰ったケーキの半分以上は食べられており「俺のなのに……」とショックを隠せないでいた。
ラフィは嫌な予感を覚え顔を逸らしたが、すぐにフィーが気付く。
「なぁラフィ」
「嫌です」
「まだ何も言ってない」
「言わなくても分かります。彼女から貰ったケーキの交換、などと言わないですよね?」
「……」
「する気満々でしたか。断ります」
「……」
「無言の圧を掛けないで下さい。これは私が彼女から貰った物です。絶対に嫌です」
くっ、と悔し気に唸るフィーに麗奈は「作りますよ?」と言えば驚いたように目を見開かれる。
ヴェルとラフィを跳ね除け、再度確認をした。本当に出来るか、と。
「だ、大丈夫です。ラフィさんから機材を貰えたので、材料を揃えれば作れます」
「よし。お前等、残り喰っていい」
「あ、貴方がデューオのお気に入り? わぁ、小さくて可愛い~」
「え、え、え」
残りのケーキを渡そうとしたフィーだったが、エルナに押し出されてしまい入れ違いに手を握られる。空中を舞うケーキをエレキがキャッチして、ヴェルが興味津々に近付く。
一緒に食べるかと聞かれ、目を輝かせて頷く。デューオよりも素直な反応に、気分が良くなったのかエレキは笑顔でヴェルとケーキを食べていく。
「あ、自己紹介がまだだったね。私、デューオと同じ創造主でお姉様の妹。エルナよ」
「よ、よろしくお願いします」
「エルナの姉のエレキよ。あの時の戦いで少しだけ力を貸したわ」
「あ、あの時の……。ありがとうございました。お陰で倒す事が出来て」
「デューオに似合わず真面目ね。このケーキ、作ったのは貴方?」
「え、はい……」
「ふーん。結構、美味しいわよ。自信持ちなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
エレキの周りに小さな光の玉が浮かび、麗奈の周りを飛び回る。
何だか意思を伝えている気がして、じっと観察する。エレキはフィーに作るケーキを作って欲しいと言った。
「味見のつもりだったけど、全部食べちゃうし。この子達に、作り方を見せてくれれば再現は可能だし」
「今、作っても平気……なんですか?」
チラッと麗奈はデューオの方を見る。
彼はエレキに叩かれた背中を未だに痛がり「この、怪力」と憎々し気に言った。当然、その声を聞き逃さない彼女は再度ハリセンを叩きつけた。
バシン!! と、大きな音がしたと同時に沈黙する。気絶させたのだと気付いたが、ちょっと可哀そうにも思え心配になる。が、そんな彼女にフィーは「いつもだから」と気にしてはいけないと暗に伝えられる。
「じゃ、じゃあ……急いで作りますね」
「その間、私は皆に紅茶を用意するね。女神からなんて滅多にない体験だもん」
「滅多にというか、ほぼないですよ……」
呆れながらもそう答えるサスティスに、エルナは「それもそうか」とポンと手を叩きながらも用意を進めていく。とりあえず沈んだデューオを放る形になり、困惑しながらも麗奈はケーキ作りと紅茶に合うようにクッキーを新たに作るのだった。




