第308話:同盟国の交流会③
「浄化能力と再生能力、ですか」
「立証が少なすぎて確定する材料には少ないですが、今起きている現象はその浄化と再生にあるのではないかと考えています」
「……その浄化には心当たりがあります」
セレーネがイーナスの解釈を聞きながら、次にディルバーレル国のギルティスが発言をする。
その浄化に心当たりがあるのは、泉の大精霊フォーン・テールの暴走での事。彼女は帝国の人間を殺した時、森と自身の管理している泉を守る為に水を毒に変えた。
毒に変えれば希少な薬草を守れる。
そこに暮らす動物達を守れるとして行った結果、彼女は闇の魔法を覚えてしまう。その魔法に元々の適性があるのは魔族と大精霊、そして人間の中でも数名程。
闇の魔法は強大な魔力を保有する一方で、コントロールが難しく暴走しやすい。
魔族達には、その暴走を抑えるだけの気力と体の頑丈さがある。だが、大精霊であるフォーン・テールは人間を殺した事で自暴自棄になり、闇に飲まれて暴走しやすくなった。
彼女が生み出した毒の泉は、人間を殺すだけでなく森を住処としていた動物達、植物にも悪影響を及ぼした。
その毒の泉を浄化しようとサティ達、魔道隊も何度か行ったが元に戻る事はなかった。
「しかし、虹の大精霊であるアシュプ様と契約を交わした麗奈様はあっさりと泉を浄化したと王から報告を受けています。その時から、少しずつではありますが森の再生もしていたのかも知れない」
「天空の大精霊であるブルーム様は、強力なドラゴンで保有する魔力量もかなり多いでしょう。今、起きている現象は彼の魔力が引き起こしたと考えるのが妥当ですね」
「それでは、未だに私達が魔法を扱える事からもブルーム様は生きている……。そう判断していい材料になりますな」
戦士ドワーフのネストの言葉を受け、イーナス達は頷く。
大戦が終わってからも不安は覚えていた。
魔法が扱えるのは、大精霊達の父親と呼べるアシュプとブルームが居るからだ。もし、本当にブルームの存在が消えているのであれば魔法は扱えない。
彼等の恩恵を受けている精霊達も何かしらの変化があっていいと思っていた。
今もラーグルング国には、大小さまざまな精霊達が暮らしている上に妖精も健在だ。それは、魔道隊の報告で把握している。
「そうなると、ますます神について調べないといけないですね」
「ドワーフの皆さんは、何か手掛かりは見付かりましたか?」
「ポポ!!」
「フポフポー」
「お前達、話しても理解出来る奴が少ないんだ。止めておけ」
「……ポゥ」
ネストにそう言われ、ピタリと話すのを止めるドワーフ達。
彼等の目がウルウルと泣きそうになっているのを見たイーナスは、どうしようかと思った時だった。武彦と清が休憩がてらに、冷たい麦茶を運んできてくれた。
「会議中にすまないね。喉が渇くかと思って、運んできたよ。今、皆様にも配りますから待っていて下さい」
『んん? どうしたのだ、お前達。なにをションボリとしている』
「ウポポ」
「ポフポフ」
「ポゥ、ポウ!!」
『ふむ……。話したくても難しい、と。協力出来ないのが悔しいのか。ヨシヨシ』
偉いぞーと褒める清は自分の尻尾を使って、3人のドワーフを撫でていく。
思わず飲んでいた麦茶を吹き出しそうになったイルは寸前の所で押し止まる。視線を合わせるのは危険と思い、下を向くが彼等の会話は続く。
清が人間と思っていただけに、急に彼女の耳と尻尾が生えてきたのだ。
知らない者が見れば驚くのも無理はない。武彦はイルの様子からそう判断し、彼の背中を労わる様に叩きながら謝罪をした。
「清。彼等をアルベルトみたいに城の中を案内してみたらどうかな」
「ポ?」
どういう事? と首を傾げるドワーフ達だったが、清はすぐに意図を察する。
『うん、うん、それが良いよね。イーナス、彼等を連れて行っても良いか?』
「むしろ清さんにお願いしようと思っていた所です。頼めますか?」
『よし任せてくれ。お城の中は広いし、見たことないのばかりだぞ。一緒に見て回ろう』
「ポポ~」
「フポポ♪」
城の中を探検できると聞きドワーフ達は目を輝かせる。
契約者の武彦も行ければいいが、彼はまだ仕事がある。入口には誠一が待機しており、今回の流れを知っている。
彼に頼ろうとすれば、清が既に誠一に声を掛けていた。
『誠一。この子達とお城の探検に行く。一緒に行くか?』
「……はい?」
話についていけないが、チラリと武彦の方を見れば笑顔を返されるだけだ。
そうされただけで何を頼まれているのかが分かり、誠一は分かったとばかりに頷いた。
『さぁ行くぞ。魔法について知りたいなら、魔道隊の居る塔に行くのが良いかな。それとも行きたい場所とかあるか?』
「当然のように言いますが、まずは彼等の要望を聞いたらどうです?」
『む。誠一、妾が考えなしに動いているように見えるのか?』
「見えます」
『バカ狐と契約しただけあって、減らず口を……!!』
2人のやりとりを見ていたイーナス達は、仲が良いなと思わずにはいられない。
武彦が騒がしくてすまないと謝罪をした後で、軽い軽食にしてはどうかと提案してきた。
「話し合いはまだ続くのだろう?」
「そうですね。どうでしょう、この辺で休憩しておきますか」
イーナスの提案に、セレーネ達は静かに頷いた。
軽食には小さなおにぎりが5つと緑茶が用意され、黙々と食べていく。そんな中、ニチリのベルスナント王は緑茶を飲みつつ武彦に「同じ茶葉はあるか?」と聞いてくる。
「誠一君とよく飲まれるんですよね、ベルスナント王は。いくつか種類がありますので、後で用意しておきます」
「済まないな。独特の渋みがまた癖になるんだ。それにリッケルもよく飲んでいる」
「王。今はそんな余計な事を言わないで下さい……」
まさか暴露されるとは思わず、リッケルはかなり困った表情をしていた。
セレーネとサティは、初めて味わう緑茶を口にし紅茶とは違う渋みを楽しんでいる。武彦はセレーネに、咲が欲しがっていた漬物の事を話し魔界から戻った時に渡すという流れまで話していた。
「咲から少し聞いています。その漬物……とはどんな感じなのですか?」
「調味料を漬け込む物を全般的に言いますね。種類や味は、それぞれです。ニチリでは塩や醤油とかありますから、それらを使って漬け込んだりしますよ」
「今、試せるのはあります?」
「今……。簡単に用意出来るのは浅漬け位ですが」
「では試します!! 咲が気になっているのであれば、私が恐れる理由がありません」
チラリとイーナスへと視線を向けると、彼は無言で頷く。好きにしていいという合図なのが分かりつつ、宰相のファルディールにも一応の確認を取る。
「あ、お気になさらず。咲嬢の食べてきた現代の食文化を知りたいのですよ。もう好きにさせていますから」
「は、はぁ……。そういう事でしたら」
すぐに用意され、セレーネはワクワクした様子でいる。
サティも密かに気になりつつ、麗奈達の食している文化が気になるのも事実。白菜の浅漬けをパクリと食べれば、セレーネは驚いたように目を見開く。
「あっさりしていますね!! あー、これは。手が止まらなくなりそうで……」
「食べ過ぎには注意して下さいね。塩漬けとか醤油漬けになると塩分の取りすぎにもなるので」
「成程。だから少量なのですね」
「えぇ。彼女が戻った時に、漬物の作り方を教えますからその時にまた楽しんで下さい」
「それは嬉しいプレゼントですね。ダリューセクでも独自に進められそうです」
携帯食が冒険者にとって重要なのは彼女も理解している。
少しでも味に変化を付けようと思っていた所での彼等の食文化。それに触れられる機会に、セレーネは満足そうにしている。
「んー。僕はもう少し濃くても良いかも」
「えっ!?」
「君は……」
セレーネが驚いたように声を上げ、周りも思わず戸惑う。
そこには空中で座っている青年が居た。薄い青い髪に、緑色の瞳をし緑色と紫色のメッシュが前髪にされており独特な雰囲気を持っている。
武彦はこの感じに身に覚えがあった。
魔王ランセやギリムと似ていると思えば、彼の正体はすぐに分かる。
「ギリムさんと同じ魔王、だね?」
「んー。正解♪ ギリムさんに頼まれて、こっちの様子を見に来たの。そしたらなんか楽しそうな事してるなーって。異世界人の食文化って種類もだけど色々と豊富なんだね」
屈託ない笑顔でそう言うが、セレーネ達は魔王と言われ体に緊張が走る。
魔王ギリムの事は聞いていたが、まさか別の魔王が直接ここに来るとは思わなかった。
「ねぇ、他にも何かあるの?」
「え……。あ、あぁ。おやつにどら焼きをと用意していて」
「それ、僕のも作れそう?」
「ん?」
この流れは――と思わず全員が武彦へと集中する。
どら焼きの数は多めに作っているので、渡せるだろう。どら焼きの餡の中身もいくつか分けてきたしと一瞬だけ思案し、現れた魔王に用意出来ると伝えるとぱあっと笑顔になった。
「僕、甘いの好きなんだよ。楽しみにして待ってるよ。あ、自己紹介がまだだったね。僕はディーク、よろしく~」
「朝霧 武彦、と言う。魔界でゆきちゃんやハルヒ君がお世話になっていると聞いたよ」
「あぁ、あの2人の知り合いなんだ。今はギリムさんの所と僕の所とを行き来しながら創造主の手掛かりを探してるよ」
乱入してきたディークはケロリとそう答え、武彦と握手をかわす。
2人の行動を知れた事で武彦は、彼を信用出来ると感じ取る。そんな2人に恐る恐る話しかけてきたのはイーナスだ。
「話を切るようで悪いんだけど、ディークさん。とりあえず空中で待つのは心臓に悪いので下りて貰っても平気かな」
「え、あ……。ごめんごめん。ミリーとリザークが居る時は大体、空中で留まっていたからつい癖でやっちゃった」
てへっと謝りながら、他の魔王の存在をサラリと暴露。
ラーグルング国は把握していたが、他の同盟国にどう伝えようかと迷っていた。ディークの言葉に、周りはポカンと見守るしかなかった。




