第286話:ギリムの仲間
翌日、見張りをしていたこともあり日菜はとても眠そうにしていた。
隣ではギリムが「だから言っただろ?」と軽く責めている。
「悪いがな。見張りの必要もないと何度も言ったが? 周囲に結界を張っているんだから、破られる訳がない」
「早く言ってくれ……」
「説明しようとしたのに、勝手に切り上げたのが悪い」
「はーい。そうですねぇ」
欠伸をしつつ、ギリムと口喧嘩する。
そんな2人の様子に、優菜はそれを安心したような表情をしていた。
「どうしましたか?」
彼女に聞くのはキョトンとしている青年。
朝霧家の分家の1人であり、後の白虎となる朝霧 司。自身の霊力が強く、制御しきれないからという理由で屋敷の離れに追いやられた過去を持つ。
同じ分家である日菜が、彼の事を聞きすぐに自分の所に保護をすると言い無理矢理に連れ出した。それ以来、司は日菜の事を兄のように慕い性格も明るくなった。
当主である優菜とも仲良くなるのに、日数は掛からない。
だから彼は日菜が何かを悩んでいる様子なのに気付き、そして共に行動を起こした。例え自分達の居る世界でなくてもいい。
司にとっては、日菜のしたい事を手伝うだけ。
恩人である人の役に立てれば、他はどうでもいいと考えている。
「日菜があぁして口喧嘩しているのを見て、安心できたの。笑えるんだなって思っただけだから」
「優菜様……」
少しだけ悲し気にする彼女に、どう接していいのか分からない。
しかし分からないながら、司が思い出したのは自分を連れ出した日菜の事。
「あ、あのっ……」
優菜の手をギュっと握りながらも、言葉を紡ごうと頑張る。
しかし、いざ口にして良いのかと思いながら必死で伝える事に専念した。
「ぼ、僕は日菜さんのお陰で元気になれました。だから、優菜様も元気になって欲しい。何でも言って下さい、僕に出来る事ならなんだってやりますから!!!」
司の必死な様子に彼女は思う。
不安な気持ちを抱えれば、同じように司も不安になる。まだ気持ちの整理はつかないが、いつまでも暗いままにはしておけない。
そう思い、優菜はお礼を言い優しく頭を撫でた。
「っ……」
いきなりの行動に驚きつつも、司はされるままにじっとする。
優しい手つきに、母親に褒められて嬉しかった時の事を思い出す。だからだろう。彼は嬉しそうに微笑み、またその様子を見た優菜も嬉しそうにしている。
「ありがとう。何かあったら頼むね」
「はいっ……。任せてください!!」
思わずへにゃっとだらしなく返事をする。
その時、青龍が尾を使って司を叩く。しっかりしろと言う意味も込めてだが、司も分かりつつ軽く睨んでそっぽを向く。
2人の関係性に、優菜はハラハラしながらも日菜が止めに入る。
いつもの空気になり、落ち着いた所でギリムから次の街で仲間を待たせていると言われる。
「どんな仲間なんですか?」
「尖った耳を持ち見た目の良いエルフと、加工技術が得意なドワーフだ。この5年の間に出会い、今は一緒に行動をしている」
「へぇ……。あの人だけじゃないんだ」
日菜がそう言いながら視線を向けたのは大精霊アシュプ。
彼は手乗りサイズの老人で、今は空中に浮かんでいる。1度目の時にも思ったが、彼から感じられる力の巨大さに未だに戸惑いを隠せない。
そして、そんな巨大な力を持っている人物が目の前にもう1人いる。
「ん?……どうした」
「あ、いや」
ギリムだ。
彼も力を隠すということをしないのか、醸し出される雰囲気に圧倒される。この世界ではこれが普通なのかと思いながらも、一応の確認をした。
「……そういう意識はしたことがないな」
「あ、えっと、息苦しいとかじゃないんです。ただ、人によってはその雰囲気に圧倒されて何も答えられないという人が出てくるかなぁー、なんて……。あははは」
『直感が鋭い者には、得体の知れない何かだと思われるだろうな。現に俺がそう思った』
「ふむ、そういうものか……。分かった。抑える技術を覚えるとする。良いな、アシュプ」
《別に構わん。お前さんの奇行には慣れた》
既に疲れた様子のアシュプは、ギリムの頭の上に乗り休憩するようにダラリとなる。
全員が(あれでいいんだ……)と戸惑いつつ、ギリムが気にしていないのでその話題には触れないまま街へと出発。
「おや、人数が増えてるね。これは賑やかになって楽しいだろうね」
「……今度は何を拾ったんだ」
目的の街は城壁があり門があった。
その門の入り口には、ギリムの説明の通りのエルフとドワーフがいる。
金髪に深緑の瞳を持つエルフは、特に驚いた様子もなく優菜達を見ている。そして、呆れたようにギリムに聞いてきたのは大きな斧を背中に背負ったドワーフだ。
「拾ったんじゃない。現れただけだ」
「お前さん達、悪くは言わん。今なら引き返せるからな。家はどこだ? 送り届けるぞ」
「おい待て。余が攫ったとでも言いのか!?」
「はいはい、落ち着いて。喧嘩するならあっちでね? アシュプ様はこちらに」
ドワーフとギリムを引っ張り出したエルフは、2人を結界へと閉じ込め優菜達の元に。
何やら言葉を発しているが、優菜達には聞こえない。それは彼女達だからなのかと思ったが、アシュプが違うと説明をしてくれた。
《声が漏れないようにしただけだ。結界を破るには魔法なんだが……》
チラリと張ったエルフの方を見つつ《毎回本気で閉じ込めるよな》と言えば、返ってきた答えはうるさいのが嫌だしというシンプルさ。
必死で何かを訴えているギリムだが、それを読み取る事は出来ない。
そのすぐ後で、ヒビが入ったようにガラスが割れるような音と共に爆発が起きた。
「くっ、破るのに苦労する」
「毎度の事だが、怪我をするのはこちらだ!?」
見ればギリムもドワーフも、爆発の余波を受けてあちこちに怪我をしている。
いつもの事なのか、2人は平然と歩いてくるがその音に慌ててきたのは街を守る兵士だ。
「い、一体何が……」
「あー、すみません。ただの喧嘩です」
「あんまり暴れないでくれると助かるのですが」
「ですね。今後、気を付けますー」
笑顔で返された上に、気を付けるとまで言われれば深くは聞けない。
少し心配そうに見ながらも、その兵士は門を開き街の中へと案内してくれた。
「んで。君達、魔力を感じないけどどういう事なんだろ? その辺も含めて聞きたかったのに、あの2人が暴れててごめんね」
「「お前が言うなっ!!!」」
怪我をしたのはエルフの所為だと言い、軽い口喧嘩が繰り広げられる。
優菜達がそれらに圧倒され、会話の隙間がないまま夜を迎えた。
その頃には彼女達の事情も話し終え、人数分の宿代と次の目的地の為にと準備を進めていく事になる。
(思ったよりも疲れてたんだ……)
優菜は、ベッドに入ると自然と目を閉じそうになる。
気を使っていたのもあるし、知らない場所だったからなのもある。明日、自分に出来る事はないかと考える暇もなく彼女は静かに眠った。




