第275話:多少のワガママ
「よーし、任せて!! アウラ様に元気になって欲しいし、せっかくなら味噌とか醤油とか使えばきっと驚くよ」
ラーグルング国から転移魔法で、来たゆきは早速とばかりに準備を始めていた。
ハルヒからアウラの事を聞き、手伝える事があるならと来て貰った。イーナスの許可も出て、アウラの事を心配した誠一達からも野菜や果物などを貰っている。
「ごめんね、急に呼び出す形になって」
「平気!! アウラ様が倒れたなんて心配だもん」
「わ、私もお手伝いします。何でも言って下さい」
「咲ちゃん、こっちで料理してたの?」
自前のエプロンを着ながら聞くゆきに、咲もエプロンを着ていく。
ハルヒも久々な気持ちを抱きつつ、頭の中で献立を考える。
「ちょっとだけ。野菜を切ったり、果物を切ったりして感覚は失くさないようにしてたの。西洋料理に近い味付けだったから、リゾットとか作れたし」
「あ、ダリューセクってお米あるの?」
「商人を統括している所だから、珍しいものとか早めに入るから……。先に試して、セレーネ様に承認出来るように取り組んだりしてる。あと、ちょっといい?」
「ん?」
咲が声を潜め、ゆきに聞く。
彼女がチラリと見る先には、魔王ギリムが居た。彼は髪を1つに結びハルヒと共に手を洗っている。しかも、ゆきが持ってきた黄色のエプロンも来て準備を始めている。
「あ、あの人も……やるの?」
「うん。ギリムさん料理が上手で、ラーグルング国でも作って貰っちゃってて」
(魔王に料理させてる!?)
「何でも自国でよく振る舞ってるって聞いてて。裁縫と料理が得意なんだって。色々と教わってるんだ」
(しかも日常……!?)
最初は驚いたと言うが今では、ゆきはギリムから教われる事は教わっている様子。
咲が愕然としている中で、同じように中を伺っているのはニチリの面々。
「い、良いの? 本当に良いの?」
「そう言われても……。本人がやる気、ですもんね」
「そういう問題か!? く、王に知らせたが好きにさせるって……。ラーグルング国に影響された所為でっ」
世話係のウィル、義兄のディルベルト、宰相のリッケルが覗きながらそう話す。
ゆき達が居るのは厨房。
そして、その厨房で働いている料理人達も心配そうに見守っていた。なんせ口にするのは姫のアウラだ。
いくら恩人とは言え良いのかな、とリッケルを見る。
「言いたいことは分かるが、王が良いと言うのだ。諦めろ」
「それにゆきさんの料理上手なのは知っているでしょう? それに……あの魔王も、料理が出来ると言う事で大丈夫だと思うのですが」
「そう言いながら不安そうな顔で説明するなっ」
ディルベルトの不安そうな顔を見て注意するリッケル。
それに構わずウィルは言う。一体どんな料理を作ろうとしているのか、と。
「ここの世界だと、病気して体が弱ってた時に食べる料理ってあるのかな」
「基本的には自前の体力だな。魔法でも治せるが、慣れるとその者も為にならん」
「って事は、特別にそう言う料理はない……と?」
ハルヒの質問にギリムが答え、ゆきは小声でそう言いつつお米を洗い水に浸していく。
咲は野菜を小さくサイコロ上に切り、トマトと水を加え煮立たせていった。
「んー、スープ系ならミネストローネとか、お米を使ってお粥とか。具なしの味噌汁でも良いかも」
「味噌は身体に良いしね。ニチリは日本食に近いからお米もあるから、お粥も知ってるし」
「あ、そうなんだ。……やっぱり日本と近いと自然と親近感が湧くね」
談話しつつ、着々と料理を完成させていく。
お粥、卵粥、具無しの味噌汁。ミネストローネ、コンソメスープなどを少量ずつに器に盛られた。
「それで隠れているとは思わないが、気になるなら食べたらどうだ?」
ギリムにそう言われ、ウィル達は素直に出て来る。
ハルヒも心の中で隠れてはないよな、と納得しアウラの分をと盛る。
「本当なら梅ぼしとか入れたかったんだけど……」
「あの酸っぱさが苦手な人もいるし、良い人もいるし。そこは好みになるもんね」
「それもだけど、作るのはまだ難しくて」
「って事は漬物とかも作れてるんです?」
「武彦さんが作ってるからね。ラーグルング国に来れば自分に合う漬物あげられるよ?」
「あ、じゃあ今度時間作らないと」
後片付けをしながらゆきと咲は、洗い物をどんどん済ませていく。
ハルヒは食べ終わったのを見計らい、ディルベルト達にアウラに出しても良いかと聞く。
「も、問題ない……」
「余も見ていたが、手際は良い。3人は何かやっていたのか?」
「いや、別にそういうんじゃない」
「えっと学校の授業で基本は習うんですよ」
「まぁ、あとは自主的にって部分が多いけどね」
ハルヒも多少なら自炊はする上、ゆきは今まで誠一達の食事も作って来た経験がある。咲も自分で作った経験もあるので、動きは良いのはその所為でもある。
「さて、味は良いのだから彼にあとは任せても良いだろう。君がシルフの契約者だな?」
「……そうですが」
一方でギリムはディルベルトに話しかけた。
今、4大精霊も含めた大精霊達は居ない。なのに、何故すぐに分かったのかとディルとベルトが疑問に思っているとすぐに答えが返って来た。
「大精霊と契約した者はその名残りがある。余はその魔力が分かっただけ」
「それは大精霊と契約した者なら全員がある、と?」
「そうなるな。その大精霊達を創った天と地の大精霊とは知り合いだ。ま、向こうが余の事を覚えているかは微妙だが」
(ヘルスさんの言っていた通り、とんでもない発言するな……)
魔王ギリムの発言にディルベルトは言葉を失い、リッケルはマジマジと見る。
動きを止める咲に、反応が一緒だったなぁと懐かしむゆきは静かに見守る。皆が動きを止めている間、ハルヒはさっさとアウラの元へと向かう。
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(……冷たい?)
額に当たる心地よさに、アウラは思わず目をうっすら開けた。
見覚えのある金髪を目にした事で、彼女はすぐに誰が居るのか分かった。
「ハルヒ、様……?」
「あ、ごめん。起こしちゃった」
額に当てたタオルを変えていた時に目を覚ましたアウラに、ハルヒは申し訳なさそうにした。
彼女の寝所に向かうまでに、ハルヒはその様子を聞いていた。
熱が酷く医者の見立てでは心労が原因ではないか、と。
「声は平気そうだね。お粥とか色々と作ったんだ。少しは食べてみる?」
「これは、ハルヒ様……が?」
「僕だけじゃなくゆきと咲ちゃんも手伝ってくれたんだ。味は保証していいよ、リッケルさんが食べてたし」
まだどこかボーっとしているアウラに、ハルヒはゆっくりと体を起こす。
お腹は減っていたのか、ゆっくりとだがお粥を食べていく。ハルヒが何度か口に運んだりしたが、アウラは目を合わせる事が出来ずにいた。
(う、うぅ……恥ずかしい)
「あ、水も欲しいよね? 今用意するから待ってて」
「は、はい……」
申し訳ないと思いつつ口にするのは止めていた。
少量に用意していたが良かったのかアウラは完食した。顔色も良くなっているように感じ、ハルヒはホッとした。
そこにノックする音が聞え、ハルヒが出るとウィルがおり食器を下げようかと聞いて来た。その言葉に甘え、ハルヒは食器を渡していく。
「完食したので、あとはゆっくり休めば大丈夫かなと」
「そう。それは良かった良かった。……ふふ、愛情の成せる技って事かな」
「あいっ……!?」
大声が出そうになり、ハルヒは慌てて口を塞ぐ。
その反応に「ふふ、若いね」と楽し気に言ったウィルは、何食わぬ顔をして移動してしまった。
「……」
そのウィルを憎々し気に睨みつつ、ハルヒは再び中へと戻る。
食事を食べホッとしたのもあり、アウラは横になりつつハルヒへと声をかけた。
「ハルヒ様も、顔が赤いようですが」
「えっ!? あ、いや、これは……」
抑えようとしても、ウィルに言われた事が頭の中に巡り治まらない。
ハルヒも熱を出したのかと心配になるアウラだったが、彼が何かして欲しい事あると聞くと少し迷う素振りを見せた。
「えっと手を……手を握って貰っても良いですか?」
「良いよ。他にはある?」
「あ、頭を撫でて欲しい……です」
そう口にしたアウラは恥ずかしそうに顔を逸らしたが、ハルヒはすぐに実行した。
それが嬉しいのか、彼女は小さく微笑む。
その安心感があったからか、すっとアウラは再び眠りについた。
「ごめん、やっぱり無理をさせた……」
その呟きはアウラには届かない。彼女はすっかり安心したように眠っている。その顔を見るだけで、自分も力をくれる様な気になった。
アウラの元気が戻るまでそこから3日。食事を運ぶ係は自然とハルヒになり、周りは微笑ましそうにそれを見守り続けた。




