第258話:油断
「俺の力を使わずに済んだのならそれでいい」
「ザジ。ありがとう」
麗奈達の元に降りるのは死神のザジ。
ヘルスはその名前に聞き覚えがあり思わず彼を見る。
麗奈と同じ黒髪に黒い瞳。
そして、ぶっきらぼうにしつつも麗奈の前ではそれは見せない態度。ヘルスにはどうしても、朝霧家で過ごしたあの飼い猫を彷彿させる。
「……」
「兄様? どうしましたか」
「あ、いや」
ザジを見るヘルスの様子に、ユリウスは声を掛ける。
だが、ヘルスは自分にしか知らない事だと思い言い淀んだ。それを察したのか、ユリウスはある事を告げる。
「兄様。思った事は言った方が良いですよ。彼は……麗奈が昔に飼っていた黒猫です。そして、俺と麗奈は兄様が過ごしたあの日を知っています」
「えっ!?」
「あと俺と麗奈は、創造主に会ってます。ムカつく奴ですけど、助けられた所はあります。色々と嫌ですけど……」
《キュウ!! ウキュキュ!!!》
ユリウスの言葉に同意したのか、白い子供のドラゴンは納得したように鳴いている。
ランセとヘルスは、告げられた内容に驚きを隠せずにいる。ノームは2人の反応に、親近感を覚え頷いた後で説明を始めた。
《ついで麗奈さんは、創造主様に力を回復して貰ったんだ。暴走せずにいるのは凄いんだけどね》
「す、すみません……?」
なんとなくの流れで謝る麗奈に、ノームは《んー。それも違うけどね》と困ったように答える。
一方でヘルスはユリウスの言葉を聞きザジを密かに見る。だが、その視線に気付いたザジと目が合い思わず逸らした。
心の中でいけないと思いつつ、チラリとザジを見る。
そのヘルスの視線に気付いたザジは、少し不機嫌そうに見ており麗奈に呼ばれるまでそれは続いた。
「ザジ……。まだヘルスお兄ちゃんの事、嫌い?」
「嫌いっていうか」
小声でそう答えつつ、ザジはどうすればいいのか戸惑っていた。気を紛らわすように話題を変えよう。そう思いアルベルトを指す。
「ギリギリまで抑えてた。ってか、気絶してたから無理矢理に引っ剥がしてソイツに投げたんだよ」
《キャウ、キャウ!!》
「わ、分かった。分かったから、羽を広げて暴れるな――いてっ!!」
ザジの言うソイツ――白いドラゴンは思い出したかのように、不満を表して騒ぐ。ユリウスの願いも虚しく、鳴いた後は八つ当たりのように髪を噛まれる。
麗奈もいきなり投げつけられたのだと知り、微妙な反応をした。だが、ザシがそうしなければアルベルトは死んでいたのだ。
気絶していても、自分達の為に起こしてくれた行動を嬉しく思う。そして思った。アルベルトを助けられたという事実。
「ありがとう、ザジ。味方で居てくれて」
「当たり前だろ。家族なんだから」
涙を拭う麗奈にザジは当然のように返す。
前なら言い訳を口にしていた。だが、今は違う。麗奈の記憶も、ザジが消して欲しいと言った記憶も戻った。
今なら、素直に麗奈の言葉を受け取れる。
2人で笑い合う中で、ヘルスは確信出来た。やはり、ザジはあの黒猫なのだと。
(そっか。彼は……死んでも、麗奈ちゃんの事を守り続けていたのか)
そこを創造主に利用された感が拭えないが、ユリウスの言うように嫌な存在だ。その間、ランセは自分の腕の調子を確かめていた。
子供とはいえ、回復力と魔力の多さに精霊とはまた別の存在なのを感じ取るあの白いドラゴン。
他のドラゴン達とは存在自体が違うような感じ。得体の知れない感じに、思わずじっと見てしまう。
「気になってたんだけど、その小人はドワーフなの?」
麗奈が大事そうに抱えている小人――アルベルトを見て、ヘルスは疑問を口にする。書物での知識しかない。だからこそ、不思議そうに見る。覗き込むようにしているので、麗奈がヘルスへと手渡す。
両手ですくう様にし、アルベルトが寝ている様子を見る。
体も小さいが、確か巨人と言う特別な力を持っている筈だ。そう思いながらも、ここまでの激戦を潜り抜けて来た強者。
その目で見るまで、ドワーフが参戦しているとは知らなかった。そんなヘルスの思考を読んだランセが補足する。
「麗奈さんと誠一さんに会って、一目で気に入られたみたい。最初、私とキールが聞いてどれだけ驚いたか」
「あぁ、成る程。なんか納得出来るよ」
ヘルスの疑問にランセがそう答えると、ごく自然に納得してしまう。ビックリする麗奈だが、ユリウスとノームが無言で頷いている事には気付いていない。
せめてもの救いとザジを見るが、彼も気まずそうに目を逸らす。それが答えだと理解したが、やはり麗奈の中では納得していない。
「皆さん、好意で協力してくれるだけですよ。ですよね、フェンリルさん?」
ならばと麗奈はフェンリルに質問を振った。
彼は、ディルバーレル国に転送された時から協力してくれている。それが精霊の父であるアシュプとブルームの指示とだというのも知っている。
その時の縁から、フェンリルは何かと世話好きなのだろうと思っている。自分の中では好かれているなぁ位には思っていても、召喚士なら誰でもそうなのだろうと結論付けていた。
だが――。
《そう、だな……》
話を振られた時に、フェンリルは分かりやすくビクリと体を震わした。
自分に話を振られるのは分かっていたが、いざ質問されるとどう答えて良いのか分からない。現にノームとガロウは楽しんでいる様子。
彼等が自分を助ける事がない、と言うのが分かり小さく溜息を吐く。
「え、何で迷った感じなんです?」
《さ、さあな……?》
「え、え。酷い、フェンリルさんまで!? 違うって言ってくれないんですかっ」
《違うも何も……麗奈の状況は、かなり特殊だ》
苦し紛れに言っても麗奈は納得しない。
かなり特殊、を強調して言いどうにか逃れようとしている。その状況を見て、ヘルスはこういう感じで色んな種族とも話したのだと分かる。
「本人の気付かない間に、色々と輪が広がってるんだね」
「言っても認めないから、私達も言わないだけだよ」
「どんな広がり方をするのか。その可能性を見てみたいだけじゃない?」
「そうとも言うね。観察していて飽きないし」
「……キールみたいな事を言うようになったね」
フェンリルに問い詰める麗奈の様子を見てヘルスはそう結論付け、ランセも同意するように話を進めた。
2人の会話を聞いていたドラゴンは、あらゆる種族達に興味を持たれる麗奈という少女に興味が湧く。その証拠に、ジッと見つめた後で意を決したように彼女の元へと急いだ。
《失礼。異界の少女よ》
「は、はいっ」
《今度で構わないのだが、時間を作り話をしたい。良いだろうか?》
「へっ!? え、あ……わ、私で良いなら」
《ん。その時を楽しみにしている。その子が気に入っているのだ。我々としても興味がある》
「あ、私もドラゴンさんに興味あります!!」
《そうか? それもこれも、ブルーム様の眷族によるもの。我等の誇りでもあります》
「ブルームさん、カッコいいですもんね!!」
あぁ、今度はドラゴンか……。
ザジを含めた面々がそう思われているのを知らない。そして、何故だか麗奈はドラゴンと会話が弾んでいる。
今まで人型で居たが麗奈と話す時には元のドラゴンへと姿を変えている。
ヘルスとランセが落ちないようにと球体型の結界を作り出していた。
「あれで無自覚なんだ」
「本人は話を交わしているだけ、って感じなのが分かるよね」
《ドワーフ達との懸け橋にってお願いした身ではあるんだけどさ。正直、ここまでとは……って予想外だったよ》
「守る側が大変な理由がこれでよーく分かったわ」
ヘルスとランセの会話に、ノームの呟き。そしてザジも原因が分かり、麗奈の事が放っておけない理由が分かる。ユリウスはその会話を聞き乾いた笑いでしか反応が出来ない。
《小僧。お前も異界の女のように褒めろ。あの素直さはそうそう見れないぞ》
「いや。自慢されたいだけだろ、それ……」
《お前には誠意が感じられん》
「もっともらしい事を言うな」
その会話を聞いたからか、白いドラゴンはクイッとユリウスの髪を何度が引っ張る。
流れ的に褒めて欲しいオーラを出しているのが分かり、敢えて無視をする。すると、軽く睨んだ後で麗奈の方へと飛んで行く。
《キュウ~》
「わわっ、どうしたの?」
《キュキュ》
《む、話し込んだのかいけないのか。すまない》
「え、そう言う訳ではない気が」
やれやれといった感じでザジが仲裁に入ろうとした。
ピクリ、と白いドラゴンは何かを感じ取りすぐに泣き叫ぶ。
《ウキュウ!!!》
「――え」
今までの陽気な鳴き声ではない、警戒を含んだものに麗奈はキョトンとなる。
その鋭さと変化に気付いたドラゴン、ザジはすぐに周囲を見渡す。そんなザジの様子に、ユリウス達は驚きながらも同じく周囲を気にした。
「きゃっ……!!」
《ぬぐっ》
悲鳴をあげた麗奈に遅れてフェンリルが苦しむ。
空間にヒビが入り、影の手が麗奈とフェンリルを捕らえている。抵抗しようとした麗奈だが、力が入らない上に意識が一気に遠のいていき――空間へと引きずり込まれた。
「ちっ……!!」
「麗奈!!」
《キュ!!》
「まっ――!!」
そんな空間が閉じられようとする中、ザジとユリウス。そして創造主の使い魔とされる白い子供のドラゴンは躊躇なく飛び込んだ。
ヘルスとランセ、傍に居たドラゴンも後を追おうとしたが――空間へと繋がる穴は、小さくなった後で完全にその痕跡を消してしまった。




