第249話:狂気の果て
ラークの繰り出す攻撃に麗奈は結界で防ぎつつ、風を呼んで自分の足場を確立させていた。
しかし、段々と自分の体が重くなっているのに気付き早く立て直さないといけないと焦る。そんな彼女に、ラークは言葉を投げかける。
「まさか最後は氷の騎士に倒されるとはね。ま、彼も生きてないだろうけど」
「――え」
氷の騎士と聞いて麗奈が思い浮かべるのはラウルだ。
ラーグルング国に来てから麗奈に優しくしてくれた人物であり、自分に好意があるのだと告げた。しかし、彼は同時にユリウスと麗奈の事を応援している為に誓いを立てた。
ラークと決着を付けたがっていたラウルの様子から、彼が倒したのだと聞かされて流石だと思った。
だが、生きていない?
ラークが生きているように見えるのは自分が死者と会話出来るから。生者と死者の境が曖昧になりかけるが、今のラークは怨霊と同じどす黒いオーラを纏っている。
怨霊と同じ人間に対して嫌な気を放ち、生者に害を成す存在。
だから今の言葉も同様を誘う為の罠。そうだと分かってはいても、すぐには反応が出来ない。
「ほら、隙だらけ」
「っ!!」
眼前に迫るラークに防御が追い付かない。
そう思った時、アルベルトが砂の壁を作り出し麗奈を救出。ノームが彼女を抱えて、上へと移動しており他の精霊達が見える。
《麗奈さん、平気!?》
「あ、はい……」
「クポポ。クポ~」
「ありがとう、アルベルトさん」
ぴょん、と目の前に来て大丈夫かと額に手を当てる。
熱を測る様なその仕草に、麗奈は安堵し思わず笑いが込み上げた。
瞬時にノームが防御魔法を張り、ラークの攻撃に備えた。ほぼ同時に襲い掛かる彼の力とノームの魔法。拮抗していたかに見えたがすぐに破られる。追って来た精霊達の魔法もぶつかるが、ラークが振り向く事もせずにそれらを相殺させた。
ラークの背後には数多の黒い手が動いていた。
それが彼を守るように、あるいは攻撃を防ぐようにして魔法を相殺していく。
(前より恨みが強い。彼に殺された者の嘆きも苦しみも、全部ラークの力に変換されてるんだ)
麗奈は何度かラークと対戦し、彼の黒い手の魔法は知っていた。
その魔法が闇の魔法によるものであると同時に、何処か歪で気持ち悪さが込み上げて来る。黒い手に掴まれた事がある麗奈は、ラークに殺された声を直に浴び危うく意識が奪われる所だった。
その寸前で、青龍と黄龍が助けに入り意識は保てたが彼等が来るのが遅ければ麗奈はあの時に攫われていただろう。
だからこそ分かる。その時よりも、あの魔法は強化されただけではなく全てを喰らい尽くす恐ろしい能力へと変わった。
ノームが作り上げた防御魔法も、フェンリル達が放った魔法も浸食されて喰われる。
決定打に出来ないのを感じ焦る中――ふっと意識が飛びそうになった。
「うくっ……」
「クポ!?」
「ご、めん。大丈夫だよ……」
「ポポ。フポポ」
無理して笑う麗奈に、アルベルトは少しでも回復をと思い魔力を分ける。
ノームは麗奈が今までに溜めて来た疲れがここで一気に来たのを感じ、彼も急がなければという焦りが出て来る。
《(当たり前だ。彼女はさっきまで儀式によって力を奪われていた身。そして、儀式が始まるまでの間は力を封じられていた。逆にここまで意識が保っていた方が不思議だ)》
体力の低下は魔力の低下を生み、扱う魔法の威力にも関わる。
儀式を破壊してすぐに四神の使用と神衣の連発。ユウトの術を破るのに使ってきた魔力が、あとどれ位保てるのかと言う疑問の含めて戦闘の継続は困難だと考えた。
しかし、それは誰よりも本人が理解している。
現に麗奈を支えている白虎は半透明であり、いつその姿が完全に消えてもおかしくない。姿が見えないだけで、今の麗奈の霊力を保たせているのは朱雀と玄武の2人。
青龍はまだ自前で動けているがそれがあとどの位になるのか。
あまりラークとの戦闘も長引かせる訳にはいかない。その後にはサスクールが控えているのだ。
《なっ……》
《シルフっ!?》
ノームはフェンリルの焦る声にハッとなる。
見ればシルフの体がラークの生み出した黒い手により、浸食されていくように染まっていく。
《ぐっ、掠ってこれかよっ……》
《そのままだとマズいっ。シルフ、結晶化になれ!!》
《ちっ、仕方ねぇか》
悪い、と麗奈と精霊達に言いシルフは人型から、自らの属性の色である薄緑色のひし形の結晶へと姿を変える。無防備になったシルフをツヴァイが拾い上げ、麗奈の元へと持って行く。
「君等、精霊は厄介だけどさ。呪いに対しての対策は出来ない……だったよね?」
ニヤリと不気味に笑うラークに、ノームは舌打ちする。
物理攻撃が効かない彼等に効果的なのは魔法。しかし、それよりもより決定打になるのは呪いの力である闇の魔法。
闇の大精霊であるガロウは効かない上、光の大精霊のサンクも効かない。治せるのは光の大精霊だが、その生き残りはもう存在していない。今のラークは恨みの籠った力の魔法がある。
精霊に対しその恨みの籠った攻撃は一撃必殺。
クラーケンが魔族と対峙した時、対峙した魔族は自身の命を懸けて呪いを発動し苦しみを与え続けられた。だからこそ大精霊だったクラーケンは、魔物へと堕ち手当たり次第の島国を襲った。
その時の事を思い出したクラーケン――今はポセイドンと名を変えた彼はシルフの結晶化を持ちながらも、呪いに対して何も出来ない自分を歯がゆく思う。
「精霊達が盾になるのは良いけど、それって自分から弱点さらけ出してるのと同じだよねっ!!!」
『いちいちうるさい奴めっ!?』
青龍がラークと対峙し、雷と怨嗟の籠った数多の黒い手が襲い掛かる。
その黒い手には既に重力魔法も付与しているのだろう。掠った瞬間、青龍に掛かる重力が何倍にもなり思う様にスピードが出ない。
「青龍っ……」
助けに入ろうとも思う様に力が入らない。
限界が近い麗奈に向けてラークは攻撃を繰り出す。精霊の数が減らせるのであれば何でもいい。今の彼の攻撃は、精霊の作り出す防御も浸食し無効する。
それはラークが死んだ事で得た能力か、ユウトが念の為にも自分達に施した術のお陰だろうと思いつつ、自分が死ぬことになったのを悔しく思う。
「最初の時も今も、守りが固くて苦労するよねぇ。だからこそ――破壊したくなるっ!!」
「っ!!」
『くそっ、いつの間にっ』
焦る白虎は風で地を蹴る様にして避ける。
四方八方から迫る黒い手をギリギリでかわすが、あまりの激しさに白虎にしがみつくしか出来ない麗奈。そして、最悪な状況は続く。ガクン、といきなり力が抜けたのだ。
「あ……」
『主っ!! うわっ、このっ』
助けようとするも、行く手を阻まれ術を使い祓う。
やはり限界が近いのだと感じ、ノームも防ぐが彼の植物達も浸食されて一気に劣勢になる。大精霊達も魔法を繰り出して進行を止めるが、落ちていく麗奈に誰も助ける事が出来ない。
《ぐあっ、しまっ――》
《サラマンダー!! ぐああっ!!》
炎の大精霊サラマンダーと兄のイフリートが貫かれ黒く染まっていく。
限界に達する前に結晶化し、ギリギリで逃げ延びる。ツヴァイとフェンリルがどうにか救出するが、彼等が再び姿を現すのにかなりの時間を有する。
焦る中でラークが麗奈へと力を伸ばす。
既に限界な上、守る術を使うのにも意識がギリギリ。魔法が浸食されるのを見た後では、それを使う事も出来ない。
今度こそ捕らえ、サスクールの元へと連れて行く。だが、彼はそこで予想外な事態になる。
「クポ――!!!」
「なっ」
麗奈の肩に居続けたアルベルトがラークの目の前へと飛び込む。
そして、彼の手には精剣が握られており怨霊になったラークへと深く突き刺した。魔物や魔族に効く剣と言う事は属性は自然と光に近いものになる。
強烈な光がラークを襲うが、彼も負けじとアルベルトを掴む。
ノームが施した身体強化と防御魔法が弾かれていき、一気にアルベルトの体が黒く染まり上げていく。
「ドワーフが邪魔するなっ!!」
「アルベルトさん!?」
黒く染まったアルベルトを無造作に放り投げる。それを麗奈は札を使って限界まで伸ばし、自分の元へと引き寄せた。今ので霊力が殆ど底を尽いたが、それ気にしている余裕はない。
「いや、アルベルトさん。死なないでっ!!!」
「ぐっそ……最後の最後で――」
「テメェは終わりだ!!!」
「がっ、は……」
精剣の攻撃を受け、動きが遅くなった所を死神のザジが襲い掛かる。
朱色の瞳に睨まれた事でラークは悟る。死者が絶対的に叶わない存在が今――目の前に居るのだと。
「散々アイツを苦しめた礼だ。苦しんで冥府に行けよ!!!」
「ぐああああっ!!!」
ラークの攻撃が無効化されていく。精霊に対して優位に立っていたのに、更なる上が存在したのだ。
青白い炎に包まれ、苦しむラークをザジはずっと睨み付けている。
彼は決めていた。
サスクールを倒す前に、叶うならラークも始末したいと。
家族である麗奈を苦しめ、恐怖を刻んだ魔族。血に魅力され、追い求めて来た彼の最後はザジの手により完全に消滅した。




