第237話:見慣れた光景
《久しぶりだな、麗奈》
「フェンリルさん!!」
麗奈の持つ精霊の欠片とノームの魔力コントロールにより、大規模の召喚魔法を成立させた。大精霊の力を持つ、上級の精霊達を一斉に呼び出す魔法。
過去それらを扱い、生きた術者はいない。
大精霊を召喚するのにも大量の魔力が必要な上、距離に応じた魔力の消費。名前だけはあるが、実行するには大量の魔力が必要だからだ。
しかし、精霊達は皆知っている。
この召喚魔法を実現するには、同時に大量の人間を死んでしまうのを――。
古い資料にも名前はあれど、詳細がないのは実行しても生きた者が居ないから。時間が流れていくにつれ、その魔法の言葉すら聞かなくなって久しい。
麗奈とフェンリルが交流を始めるきっかけは、ブルームとアシュプが護衛をするようにと頼んだからだ。
ラーグルング国では、その時ユリウスに掛けられた呪いを解く為に行動を開始していた。
防衛の要である柱。
それは四神の式神としている青龍達が封じられている事を意味し、同時に彼等もユリウスと同じく呪いにより苦しめられていた。
結果として呪いを解く事に成功したが、ブルームが自分の危機だと言い麗奈だけをディルバーレル国へと転移。力を封じられている術を壊す為に陰陽師である麗奈の力が必要だった。
仕掛けたのが魔族のユウトであり、麗奈と同じ陰陽師。
術の系統が違くとも、壊せる要素を見抜ける筈だと睨んだブルームが勝手に呼んだ。
仮契約をしていたユリウスはその事情を麗奈に話し、必ず迎えに行くという約束を交わした。
そこまでは良かったが、転移した時にキールとラウルに掴まれた結果――転移場所が違うというトラブルに巻き込まれる。
だから頼んだのだ。
ブルームがユリウスと仮契約した事で、今まで沈黙していた大精霊達が目を覚ました。
最初に目覚めたのがダリューセクにある精剣に宿るフェンリルに託した。
彼が育ったのが、ディルバーレル国だったのも頼みやすいと思われたのだろう。
青い毛並みの美しい狼であるフェンリルは、麗奈との交流を重ねていく度に絆を深めていた。だから、危険な真似はしないと勝手に思っていたのかも知れない。
《何か謝る事がある筈だ》
「えっ」
《先に言っておく。俺達は事情を知っているからな》
「へっ……」
麗奈は驚きのあまり固まったが、ザジがぎゅっと抱きしめた。そして、それを見たサスティスが「あ、ずるーい」と言いつつちゃっかり反対側から抱きしめられる。
「ちょっ、ザジ!? サスティスさん、何をして――」
「なんとなく」
「ザジのを見て羨ましくなっただけだよ」
そう答える2人にフェンリルはやはりかと溜め息を吐いた。
しかし、そんな彼に「君の所為でもあるよ」とサスティスは告げる。
「君が彼女に、私達の存在を教えた上に気を付けるようにと言ったのがきっかけ。大丈夫。彼女は君の警告をちゃんと分かってるよ。でも、私達が寄って来たらしょうがないよねぇ」
《何……?》
「ふふっ。睨まないでよ」
「お、お願いですから。サスティスさん、煽らないで」
「えぇ、煽ったつもりないよ」
そう言いながらも、サスティスはぎゅっと再び麗奈の事を抱きしめる。
反対側に居たザジは嫌そうな顔をしながらも「嫌なら殴れ」と、麗奈に言うがそれが出来ない。そう言う意味も込めて首を振る。
「だよね。君が優しい性格なのを知ってて、ワザとやってる」
「タチ悪いな、おい」
「やった。ザジに褒められた」
「褒めてねぇーよ」
ボロボロと崩れていく。
謝ろうとしたタイミングも、何で精霊達が知っているのかという疑問に答えるタイミングも見失ってしまう。
「ごめんなさい。フェンリルさんからの話を聞いていたのに、守れなくて……」
「それは違うよ。私達が寄ったから仕方なく対応しただけでしょ?」
「そ、それは、まぁ……」
《1つ聞く。彼女を守る理由はなんだ》
「「守りたいからだ」」
ザジとサスティスが同時に言い、真剣な眼差しがフェンリルを見つめ返す。
その言葉に嘘はない。
2人共、麗奈の事をぎゅうぎゅうに抱きしめている。その行動を見れば、嘘を言っていないのがよく分かる。
ふぅ、と重い溜め息を再度フェンリルは吐いた。
ウンディーネの言う様に、何故2人がここまで麗奈に固執するのかが分からない。チラリと麗奈の方を見れば、彼女は申し訳なさそうに縮こまっている。
《それだとフェンリルがイジメてる図、だよな》
《おい……》
抗議の意味も込めて、フェンリルはそう発言をしたガロウを睨む。
一方のガロウは気にした様子もなく、麗奈に向けて手を振ってる。気付いた麗奈も手を振ろうとして、ピタリと止まる。
いつもならガロウと一緒に居る黒騎士が居た。
しかし、黒騎士はもう居ない。麗奈に宿っていた呪いを完全に失くす為に、自分の残り僅かな命と魔力を使った。
その事を思い出し、サッと顔を青くする。
「あ、わ、私……。ガロウに言わなくちゃ。言わなくちゃいけない事が……!!!」
《平気だ。全部、分かってる》
「!!」
驚きに目を見開く麗奈。ガロウは彼女に頭に手を添え、優しく撫でた。
《俺の親友だ。どうだった? 凄かっただろ》
本当なら悲しい筈だ。
黒騎士とガロウの詳しい繋がりは知らずとも、麗奈の目には2人が仲良くしているのを見て――その雰囲気が麗奈とゆきのような繋がりを思い出させた。
だから、謝ろうとして止めた。
それはガロウの望む答えではないし、黒騎士の本意ではない。
「うん。凄かったよ……ありがとう」
《へへっ。アイツもそれを聞いて満足してるさ》
謝るのではなくお礼を言う。きっと、これがガロウの望む答えであり黒騎士が望んでいた事なのだろう。何より黒騎士は生きろと麗奈に力強く言って消えた。
なのに、自分はサスクールごと消えようとしていたのだ。
ザジに反対され、青龍も最後まで拒否をし違う方法がないかと訴えて来た。
(諦めちゃダメ……だよね。皆が諦めないでいるのに、私から諦めたらダメなんだ)
やっと気付いた。この結論は早く出していただろうに、自分から閉ざしていたのだ。
それこそ見て見ぬフリをして。
フェンリル達がここに来たのは、まだ諦めていないから。
そして後押しをしたのが、ゆき達であり彼女達の為にも諦めないでいようと――そう決意を新たにした。
「隠しててごめんなさい。ザジ達の事、精霊達は誤解していると思って……交流していく中で、いい関係も築けたんです。その、言うのが遅れてごめんなさい」
《だとよ、フェンリル。俺達の事を思って、言うに言えなかった。はい、これでこの件は終わり!! フェンリルの奴が心配しまくってて笑えたな。俺としてはそこまで心配しなくて良いって思ってたし》
《ガロウ。お前の場合は、知らせるのが遅すぎるんだ!!!》
《へいへーい》
軽口を叩きながらガロウは、麗奈を正面から抱きしめる。
先に散ったサンクの分も含め、ガロウ自身やっておこうと思っての行動だ。サスティスはそれを見つつ、微笑ましい気持ちになって一緒に笑顔になる。
だがそれも一瞬。
スッ、と手を前へとかざす。爆発音が次々と起き、ビックリした麗奈はギュッと白虎の毛を思い切り掴んだ。ザジが舌打ちしつつも、サスティスと同じように防壁を張る。
それらは全てかき消され、衝突がなかったような沈黙が起きる。
その場に居た精霊達は魔王サスクールの仕業である事を見抜き、それぞれの領域を展開。
様々な色が入れ替わる不思議な空間へと早変わり。
《援軍を呼べと言ったが、誰もしゃべれとは言ってない》
「いや、麗奈のアレはもう見慣れたって言うか……。そう言うものだな、と受け取ってるから気にしてないけど」
「え、ちょっと……」
「そうでなくても召喚士としての力を使ったわけだし、休憩は必要だよ。正し死神、君等はくっ付きすぎだ。離れろ」
ブルームが呆れた様に言うが、ユリウスは普通の事だと返す。
麗奈は否定しようとするも、ランセと被った上に死神である2人組にそう注意をする。
「うわ、これだから余裕のない奴は嫌になる」
「前に魔王とか言ってなかったか?」
嫌そうな顔をするサスティスに、ザジはふと思った疑問を告げる。
麗奈とユリウスは「えっ!?」と同時に驚き、サスティスは余計な事を言うなと思いつつ舌打ちで返す。
その間、麗奈を乗せていた白虎は少しずつではあるが霊力を渡していた。
本当なら両サイドに来て、麗奈を抱きしめている死神を注意したい所だが、その時間も惜しい。
『よし。主、これで多少の術は扱えるようにしたよ。あとで褒めてね』
『あ、ズルいわ。私と朱雀ちゃんだって手伝ったのに』
『アンタ達、もう黙りなさい』
朱雀が注意しつつ、結界を張り麗奈の守りを強化する。
その様子をブルームは呆れつつ、迫りくる攻撃を全て防いでいく。ユリウスとランセも、軽口を叩きつつ残りの魔力を気にしている。
そんな2人だったが、急激に魔力が戻る現象になった。
ガロウ、ウンディーネ、シルフがそれぞれの魔力を2人に付与し、回復を促したのだ。
「い、良いのか。俺達に回復を優先させて」
《良いも悪いも、これが私達の意思だもの》
「それなら遠慮なく使わせてもらう!!!」
驚きを口にするユリウスを他所に、ランセの闇の魔法とサスクールの魔法とがぶつかり合う。
その隙に、サスティスが背後に回りサスクールの片腕を切り落とした。




