第230話:上へ行く為に
治療を受けている間、ハルヒ達は警戒を続けながらもお互いの情報を交換しあっていた。
ハルヒとアルベルトは大精霊アシュプの討伐を行った。自我が殆どないに等しい上、契約者である麗奈はその時点で魔王サスクールの魔力を受けていた。
彼等は知らない。
麗奈は一時とはいえ、サスクールに身体を乗っ取られていた事に。
麗奈が捕まり、離れの塔に幽閉されていた時。
ブルドは彼女の世話をして離れる事は出来ず、ティーラも魔王バルディルが居る事で近付けなかった。下手に調べれば、侵入者の排除という名目でもっと早く始末されていた可能性もある。
大精霊アシュプは、魔族のユウトの作り出した術式に苦しめられていた。魔法を無力化する事は成功し、鮮血の月を再現させた。
その元は、吸い上げたアシュプの魔力だ。
精霊達の動きは封じられなくとも、力はある程度は抑えられる。
予想に反して、大精霊ブルームの眷族であるドラゴンが加勢したのだ。
「魔力がまた濃くなったな」
「あぁ。上での戦闘か? 誰が居るんだ」
《魔力の感じで行くと、魔王サスクールとランセ。ブルーム様とその契約者、それと麗奈さん。あと1人は少し魔力が弱まっているけど、ギリギリな感じだよ》
「魔王? あぁ、人間に手を貸しているとか言う奴だったか」
戦士ドワーフのネストとバットル。
アルベルトの父親であるシグルドの傷の具合を見つつ、ラーグルング国での状況を聞いた。
魔王ランセとは協力関係であり、彼は人間をむやみに殺さない。
あくまで自分に歯向かう敵にのみ、攻撃的になるだけであるが最初は話し合いからするのだという。
「ふ、む……。変わった魔王も居た者だな」
そう言うのがアルベルトの父親である、ジグルド。
そしてふと思った事を告げた。
「というより、俺達も含めて殆どの種族は魔王の事も詳しくは知らない。人間や俺達ドワーフに牙を向くのしか知らなかったが……。ほんの一部って事か」
「そのほんの一部に、僕達はこうして振り回されているんだけどね」
ランセが例外に見えるだけで、サスクールや他の魔王も例外に近いのだ。
なんせ、彼等の目的も含めて国がある事すらハルヒ達は知らなかった。逆に言えば、魔王達は自ら歩み寄らないでいた。
もしくは行動を起こさなかった、という事に繋がる。
サスクールが人間や他の種族を襲っているのは、創造主を殺す為に乗り換える体を探しての事。そのついで、創造主の邪魔をしてくる事も考えて障害になる者達を屠って来たに過ぎない。
だが、彼等はそんな事は知らない。
サスクールの目的も。何で麗奈が狙われているのかも……。
《ジグルド。どんな感じ? 調子は悪いかな》
「そうですね……」
一方でノームは治療を完了させ、ジグルドは自分の腕を動かして調子を確かめた。
違和感がないか注意深く確認を繰り返し、小さく頷いた。
それを見て、ノームはホッとしたように息を吐き《無理したらどうなるか分かるね?》と念を押した。
「セイイチに言った手前、俺が無理をしたら意味がないしな」
「え、誠一さんと何かあったの?」
知り合いの名前が出たので、ハルヒはすぐに反応をした。
その後、誠一の腕が魔王バルディルによって切られた事。ノームの魔法でどうにか繋がった事を話し、ラーグルング国に無理に向かわせた事も話した。
ハルヒは聞いている間、黙っていたが真っ青な状態で全てを聞いた。
「そう……。僕が離れた時に、そんな事が」
悔し気に唇を噛んだ。
ハルヒがその場に居なかったのは、ユウトとの決着をつける為に離れたからだ。魔力を封じている術者をどうにかしない限り、ユリウス達を有利に出来ない。
この世界では魔法は普通だ。
その普通を封じられたら、身を守れる術を失う。ハルヒ達、陰陽師で言えば霊力を封じられた状態になる。
思わずもし――と自分が離れなければと考えるも、すぐにその思いを振り払う。
『主……』
「分かってる。僕が起こした優先事項は間違ってない。遅れればそれだけ、貴方達の反撃が出来る隙すら生み出せないんだから」
『俺も含めて、君も彼女も出来る事は少ない。どんなに凄い力に目覚めても、扱う事が出来たって同じ事だ。出来る事には限りがある』
破軍からそう言われ、無言で頷いた。
ジグルドもそれに同調するように「気にするな」と言った。あの場では、誰かがユウトを止めない限りこうして合流する事も叶わなかったのだという。
アルベルトが心配そうに上を見上げる。
彼が心配しているのは麗奈の事もある。が、助けに向かったランセとユリウスの2人も気がかりだった。
「アルベルト。君はまだ戦える?」
ハルヒは、既に自分の限界を悟ってる。
因縁のある相手であるユウトには、全力で対応した。ゆき達と合流してからは、彼女に魔力を少しだけ分けてもらった。
アシュプを止める為、城に残る選択をしその間にゆき達は脱出した筈だ。ノームからも魔力を分けて貰ったが、援護は出来ても向かえない。
向かえば足手まといになるのが分かるからだ。
本当なら麗奈の無事を確かめたい。その我を通せば。あらぬ被害が生まれるのも分かっている。
ランセとユリウスに余計な気を使わせる位なら、自分は援護に集中するべきなのだ。アルベルトに懇願するように聞いたのは、彼なら自分とは違うと分かっているからだ。
殆ど勘に近い。だが、ハルヒも麗奈と同じく戦ってきた陰陽師。例え魔物だろうと怨霊だろうと、戦ってきた年月は嘘をつかない。
その経験と勘が告げている。ハルヒはもう援護もギリギリだ。
しかし、アルベルトにはまだ余裕があるのだというのも分かる。
「クポ!!」
「うん。君はそう言う気がしたよ」
元気よく答えたアルベルトに、ハルヒはホッとしたように息を吐いた。
なんとなくだが、彼ならそう言うだろうなという予想もある。優しく頭を撫でれば、気持ち良さそうに目を閉じされるがままのアルベルト。
ハルヒは一呼吸おき、彼にある事を告げた。
「僕とゆき、れいちゃんはね。……親しい人を亡くしているんだ」
「!!」
突然の内容に、アルベルトだけでなくジグルド達も息を飲んだ。
大精霊のノームはただ見守り、ハルヒの言葉を待っている。微かに目を開けたアルベルトは、心配そうにハルヒを見る。
だが、彼はそれに気付いたのか気恥ずかしいのか。撫でる力を少しだけ強めた。
「僕の両親は小さい時に。ゆきはここで言う所の魔物にやられたんだ。怨霊の事をここで言っても分からないでしょ」
麗奈から少しだけ聞いていた。
魔物とは違う異形の存在。物理攻撃は効かない上、怨霊は死んだ者の魂。
恨みに積もった強い負の感情が、生きている人間に対して攻撃をする。それを対処しているのが、麗奈や誠一、ハルヒのような陰陽師だ。
魔法を扱えるのと同時に、これに対処できる者は少ない。
だが、現代で扱える人間はもっと少ない。だからどうしても、怨霊を相手にする時には1人で大軍を相手取る必要があった。
「元々、僕達の術は1人でも強力なものを扱える。そういう風に、術の開発をしてきたしね。だから僕達は、親しい人達の死にはどうしても臆病になる。れいちゃんはもっと酷いけど」
「クポポ?」
どういう事だと首を傾げた。
アルベルトも同じだ。誰でも親しい人が亡くなるのは嫌だ。そして、そうならないように動いたり出来る範囲の事をする。
「彼女は今でも、母親の死を自分の所為だと責めている。僕も詳しい状況は知らないし、何とも言えなんだけど。……れいちゃんが他人を優先する根幹は、多分そこにある」
母親の死。
身近過ぎる存在の死がきっかけで、麗奈は自分よりも他人を優先するようになった。自分が傷付くのも構わず、それが当然であるかのように――。
「だから約束して、アルベルト。れいちゃんを優先にするのを止めてちゃんと戻ってくる事。それが果たされないのなら、僕は援護しない」
「……」
言われた事の意味を考える。
アルベルトは麗奈の事が好きだ。温かい光を浴びているように、共に居る事が楽しくてしょうがない。
少しだけ思ってしまった。麗奈を助ける為なら、どんな事でも出来る。自分の命に引き換えにしても、きっと出来るだと。
「今から釘を刺さないと、無茶しかしないだろうしね」
「グッ、グポポ?」
「そうやって目を逸らす時点で、自白しているも同然だよ」
「……ポゥ」
《ふふっ、1本取られたね。アルベルト》
予想していると言わんばかりのハルヒに、アルベルトは悔し気に声を上げる。ノームも分かっていた事なのか、やんわりと釘を刺しに来ている。だが決心はついた。もう1度、アルベルトは考える。
無茶はしても、自分の命は引き換えにしない。なおかつ、麗奈を守る為にどう行動を起こすのかを。
『念の為、上に行くのは四神だけにする。黄龍、風魔。お前達はここに残れ』
『うっ』
『調整はするから良いんだけど。君等、どうやって上に上がるの?』
麗奈の元に行こうとしていた風魔は、シュンとなり黄龍は気にした様子もないまま先の事を話す。
ハルヒの霊力ではもう術の発動が難しい。出来ても矢を射る事しか出来ない。
だからこそ、ハルヒは全ての力を矢を射る為に使う。アルベルトには矢尻に捕まる様にして貰い、周りで結界を固める事で多少の衝撃を和らげる。
「……ポウ」
『平気だよ。風の抵抗も成るべく少なるするし』
白虎が元気付けようとするも、アルベルトは違うのだと首を振る。
風の抵抗力を無くそうとも、恐怖心は消えない。サッと顔を青くするアルベルトと違い、ハルヒも含めたジグルド達は準備に取り掛かった。




