第220話:私の所為だ
朝霧家に辿り着いたヘルスは、入ってすぐに感じた血の匂い。
嫌な予感が体中に巡る。麗奈の泣き叫ぶ声が聞こえ急いで向かった。
(くそっ、まさかもう犠牲者が……)
彼が辿り着いたのは大きな庭。
清がいつも綺麗に手入れをし、契約者である武彦も時間があれば同じように手伝っている。綺麗に整えられている庭を見るのは、ヘルスの1つの楽しみでもある。
だが、その綺麗に整えられた庭は今は見る影もない。
起き上がる武彦を清が支え、黒い塊は麗奈の事を捕えて離さない。そして、その近くでは大きな穴があった。
それが何かを確認する前に、ヘルスは別へと視線を向ける。
倒れている裕二とゆきを発見して急いで駆け寄る。
「ザジ……。そんな、そんな……!!!」
「これで分かったか? 加減が出来なくてつい殺してしまったがな。次は誰が良い?」
「っ……」
ビクリと肩を震わした。その震えは身体全体にまで伝わり、麗奈の目からは涙が零れ落ちる。
何故、こんな事になったのか。
ザジが傍に寄り添っていた時に息苦しさが少しずつ消えて行った。もう治ったんだと思い、嬉しくてはしゃいでいた。
そんな彼女の様子に、ゆき達がこぞって来るのは当然だ。
怨霊退治に行った誠一とヘルスの帰りを待つだけと思っていたのに、ズルリと何かに引っ張られる。
何だと思い振り返ると、見えたのは真っ暗な空間。
驚いている内に武彦と裕二が助けようとして、その影は麗奈を捕えてすぐに離れようとした。
だが、そこでサスクールにも予想外な事が起きた。
徐々にではあるが力が戻りつつある。そのスピードが予想よりもかなり遅い。
朝霧家は封印の術に特化した一族。
そして、彼女達の暮らしている屋敷はその術式の一部といってもいい。それこそ怨霊が攻めて来た場合に備えて沈静化する術式も含め、敵の動きや力を奪うものもある。
(ユウトに施して貰ったが、それすらも突き破って動きを封じるか。やはり面倒な一族め)
面倒な事が続くがそれも麗奈を捕えればすぐに終わる。
あとはこの世界から離れるまでの時間を稼ぐだけ。だからサスクールは麗奈に選ばせる。
自分と来るのか、来ないのか――と。
「お嬢さん、もう1度言おう。このまま犠牲者を増やしたいか?」
「っ!?」
「たかが小動物ごときの死にそこまで動揺するんだ。……次は誰が良いんだ?」
「あ、いや……それは……」
「麗奈、奴の声に耳を貸すな」
「黙れ!!!」
武彦の声に麗奈はハッとなる。即座に黒い触手が武彦へと襲い掛かるが、清の炎がそれを阻む。
「ちいっ。来い!!!」
「うあっ」
離れていくサスクールは屋敷の外へと出ようとする。
しかし、術式が起動したのか阻まれるがサスクールは構わずに動き回る。
一方でヘルスは裕二とゆきの傷の具合を見る。
貫かれている上に地面で血が汚していく。深呼吸をし、ヘルスは傷の部分に手を当てた。そこからほのかに輝く虹色の光。
その光は傷を治すだけでなく、血で汚れた地面すらも元に戻してしまう。
すぐに手を離し、ゆきにも同じように行った。彼女にも虹色の光が包み込まれ、顔色が悪かったのが嘘のように良くなっていく。
「……よし、これで」
『凄い。あの怪我を、こんな一瞬で……』
「すまない、ヘルス君。君にも迷惑を」
「いえ。私の所為ですから……。武彦さん、治療しますね」
ぎこちない笑顔を向け武彦にも治療を行う。
そうしている中で、飼い猫のザジがサスクールによって殺されたのを聞いた。いつもヘルスの事を見張る様にしていた飼い猫。
最後の最後まで、彼はヘルスを警戒し続けていた。
仲良くなるチャンスはあっても、ザジが逃げているのでそれも叶わない。
「これで平気です。もう、何も不安に思わないで下さい」
「ヘルス君?」
様子のおかしいヘルスに武彦は呼び止めようとした。が、目の前が急激に暗くなり意識を奪っていく。
『なっ、ヘルスどういう――』
倒れる武彦に清はヘルスを叱る。
だが、そんな彼女にも同じように目の前が暗くなる。強制的に眠らされている感覚に、これも魔法なのかと頭の中で疑問が浮かんだ。
『ま、て……いかせ……るか』
ふっと体から力が抜けていく清を優しく抱きしめたヘルス。
裕二、ゆき、武彦。そして清を居間まで運んだ。そして、1人1人の頭に手を置き自分が居たと言う記憶すら消していく。
「貴方達は不運にも怨霊に襲われた。危うい所をあのお医者さんが駆け付ければ、あとは上手く処理してくれるでしょう。……今まで楽しかったです。この3週間、とても良い時間を過ごせました」
覚悟ならとっくに決まっている。
由佳里を失ったその時から。助けられなかった人の為、彼は前々から決めていた事を実行に移すだけだ。
「これから死ぬ人の記憶なんて、持っていても意味ないでしょ?」
だから消した。
ヘルスの光の魔法にはそれが可能だから。彼は前に来ていたローブを着て、最初にこの世界に来た時の服装へと着替える。
「お世話になりました。そして――さようなら」
悪い夢を見ていたんだと言う思いを乗せ、ヘルスはサスクールを追う。
まだ来ていない誠一と九尾、そして麗奈の記憶も消さないといけない。自分が居たと言う痕跡を消し、彼女達には日常を過ごして貰う。
自分と会ったのが悪い夢であるように、ヘルスはその存在を消すことを選んだ。
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「強固な結界だな。さて、どうするか」
『嬢ちゃんを離しやがれ!!!』
一方でサスクールは九尾と対峙していた。
ヘルスを追って来た九尾だったが、彼の足が速すぎるからか途中で追えなくなった。
屋敷に着いた時に見たのは、麗奈を連れて何処かへと行こうとする謎の存在。
一目見て気付いた。奴は敵なのだと。
「九尾、良いの。もう、いいの……!!!」
『よくねぇ!!! 気持ち悪い奴が嬢ちゃんと居る。それだけで、俺にとっては倒す対象だ』
雷で何度も触手を破るがその度に再生する。
舌打ちする九尾に麗奈はきゅっと唇を噛む。自分が協力すると言ったばかりに、こんな事になった。
やはり最初の自分の勘を信じるべきだった。
得たいの知れない相手なのは分かっていた。だが、麗奈はヘルスを元の世界へと帰そうと考えた。
その方法が目の前にあったら――。
一刻も早く帰したい。彼にも帰る場所、自分達と同じように待っいる人達がいる。
その為に選択した。
けど、その結果がこれだ。ザジを死なせ、ゆきと祐二にも深い傷を負わせた。あの傷だ。治る見込みがないのは麗奈だって分かる。
「私が……私がいけないの。迷惑を掛けたから。ヘルスお兄ちゃんを帰したいなんて、思ったから……」
自分は悪い子だ。
そう責める麗奈に、九尾は言った。迷惑を掛けて良いのだと。その言葉に目を見開く麗奈に九尾は続けた。
『失敗して良いんだ。次に気を付ければいい。今回みたいな大きな決断をする時には、誰かに相談しろ。それが難しいなら俺に話せ』
「っ、でも……」
『俺は嬢ちゃんの味方だ。だからいい加減に離しやがれ!!!』
サスクールに捕まる麗奈へと伸ばされた九尾の尾。
しかし、それは影に阻まれてしまう。そこに割り込んで来たのは虹色の光だ。
(まさか、今のは……)
「サスクール!!!」
影を切り落とし、そのまま突進したのはヘルス。彼の狙いは触手に捕まる麗奈だ。
狙いが自分でないと分かると、サスクールはすぐに分厚い壁を作り出した。触手が幾重にも重なった、それは肉壁であり巨大な盾になる。
その盾を迷うことなく、横一文字に切り裂く。
すぐに九尾が飛び込むが、そこに麗奈は居ない。何処だと辺りを探ると、彼女は球体に閉じ込められていた。
麗奈の目の前には、札が5枚並べられていた。
そこから感じる気に九尾は自然と険しくなった。
『テメェ、どういう事だ!!! 俺に呪いをふっかけた奴とグルなのか!?』
「答える義理はないな」
『この野郎っ!!』
九尾の周りに小さな雷が作り出されていく。それらを一気に放電させるも、攻撃が当たる直前で必ずかき消される。悔し気に唸る九尾に、ヘルスは待ってと言った。
「多分、私のこの力なら……」
右手に魔力を込め剣の形へと作り出されていく。
自分がよく振るう剣の重さ、形を想像していくと馴染んだものが握られている。全てが虹色になった不思議な剣の出来上がり。
それを魔物を倒す要領で、横に一閃するとかき消されずに逆にダメージを与えた。
「ぐっ、うああぁああ!!!」
『な、効いてる!? なんなんだ、それ。それも魔法なのか』
「だと思う。でも何で扱えるかなんて説明は出来ない」
ヘルス自身にも分からない。
何故、今ここでその魔法が扱えるのか。あとどの位で消えるのか、どこまで戦えるのか分からない。そんな不安もあったが、今は麗奈を助ける事に集中する。
再び斬撃を喰らわそうとするヘルスに、サスクールは恨めしい声で叫んだ。
「またか……。またお前は、そうやって邪魔ばかり!!! ラーグルングも、朝霧とか言うあの女も本当に目障りな奴ばかり。お前の母親も、最後は変に気付きやがって……。これ以上、計画を狂わせる訳にはいかないんだよっ」
「え、お母さん……?」
ヘルスに怒っていたかと思えば今度は麗奈にも怒り始めた。
戸惑う麗奈に、サスクールは続けた。
母親を殺さずに乗っ取ろうとしたのは自分だと。だが、その母親が居ない今――娘である麗奈がその代わりになるのだと暴露した。
「え……。じゃ、じゃあ……」
「事実を知らないお前は、俺に協力すると言ったな? 目の前に母親を狙っていた奴だとも知らず、あの男を帰す為とか言って……。滑稽過ぎて笑いを抑えるのに苦労したさ」
顔は見えなくても、姿はなくても麗奈には分かった。
ニヤリと人を嘲笑うような感じ。そんな笑みを向けられているのだと――。
「あ。ああああっ……!!!」
そこで糸がプツンと切れる音が聞こえた。実際にはそんな音は聞こえていない。
だが、麗奈には分かってしまった。協力すると言った相手が、よりにもよって母親を追い詰めた人物である事。
ヘルスをこの世界に追いやった元凶であるのだと。
それが分かった途端、麗奈は頭を抱えた。ザジが死んだのも、裕二とゆきが傷付いたのもやっぱり自分の所為なのだ。手伝うだなんて言わなければ、こんな事にはならなかった。
「私……私っ……」
泣いても時は戻らない。
それどころか状況は悪くなるばかり。自分の所為でまた誰かが傷付く。今度は九尾なのか、ヘルスなのか。もしくはその両方なのか。
そんな時、サスクールに対し雷をぶつけて来た人物が居た。
ヘルスの後を追いかけて来た誠一だ。
「お前だったのか……。由佳里を傷付け、今度は娘にまで手を出そうとする。魔王だろうが関係ない。今日、ここで死ね!!!」
そう言った誠一は普段のなりを抑え、サスクールを睨み付けている。
ヘルスも九尾もまた同じように睨んでいた。麗奈を助ける為に、3人は魔王へと攻撃を仕掛ける。
その間にも、原初の大精霊であるアシュプは急いで向かっていた。
自分の中に渦巻く嫌な予感と共に――。




