第217話:大事なこと
誠一が家の周りを見ると言ってから、もう30分以上も経っていた。
心配になるヘルスは外に出る。夜になるから夜空が見えるだろうと思ったが、雲は雨雲で暗くなりこれから雨が降るのではと思う程の変わりよう。
(天気では今日は雨は降らない筈……。一体、何が起きるんだ)
ゴロゴロと雷が鳴り、少し肌寒くなる。
ザジの姿が見えず探しに来たが、家に入るべきだろうかと思った時だった。少し歩いた時、見おぼえるのある黒い猫が見えた。
気配を消し、どうにかザジを捕まえる。暴れて、引っかかれようとも構わなかった。まずは家に戻ろうと考えたからだ。
「ウミャ!?」
「お願いだから、今だけは大人しくして」
暴れるザジを抑えている時だった。物凄い光が一気に地面へと叩きつけられた。
思わず抱き込んで、ヘルスは隠れる。チラリと見れてみると、誠一が何者かと対峙しているのが見えた。
しかもお互いに剣らしきものを持ち、躊躇なく切り合いを続けている。
そして、ヘルスは気付いた。今日の昼頃に自分の事を見たと思われる人物と同じなのだと。
「ちっ。いちいち、勘の触る奴だ」
「そう言って貰えるとは嬉しいな」
「思ってもみない事を言うな!!!」
互いの懐から白い札を数枚取り出す。
瞬時に霊力が練られ、雷だけでなく風が巻き起こり激しくぶつかり合う。
(あれが、陰陽師同士の戦い……)
自身も魔法で魔物と対峙した事があるし、騎士達と訓練したからこそ分かる。
彼等は本気で倒そうと動いている。
「それで。バカ兄貴、どんな用事でここに来たんだ。こっちは忙しいと言うのに」
「協会から聞かれたんじゃないのか。次の当主には誰を据えるんだ」
「何の話をしている」
新たなに刀を構える誠一に、兄である成明は聞いた。次は娘であるのだから、権利はあるのだろうと。
「何の権利だ。関係のない人間が、一体ウチに何の用だと言う」
「関係がないとは酷い事を……」
「俺は既に井波家から朝霧家に移っている。その時に、アンタ達との縁は切ったぞ」
「だが血は繋がっている」
「ふん。その時だけ家族だという事を持ち出すのか」
言葉を発しながらも殺気が感じ取れる。
なんせお互いの術を出しながら、霊獣同士でのぶつかり合いもある。そんな中、兄の成明は九尾を見て顔を歪めた。
「忌々しい弟に忌々しい狐が……」
『っ』
ビクリと九尾の体が震える。
彼の起こした力が巨大な力。霊獣の契約は運でもあり、契約者の霊力に応じる。九尾の力がそれ程に強いものだと知らず、誠一はそんな九尾に対していつも通りに接した。
だが周りからはそう見られていない。
次第にそんな力を隠していたんじゃないかと、言われない言葉を受け九尾は何度も訴えようとした。
しかし、彼の行動を止めたのもまた誠一だ。
「言ってもまた騒ぐだけだ。何もしなければ勝手に向こうから黙るだろうよ」
『……それで、良いのかよ。言われっぱなしで』
「気にするだけ無駄だ。それよりも九尾。お前の方が平気なのか?」
無理をしているようには見えない。
誠一は気にしているのは九尾だけ。九尾が陰陽師に対して良い感情を持っていないのは、契約した時に分かった。
なんせ誠一を見ている時に目には殺気が込められていた。
いつでも見ていると言わんばかりの目。何が彼をそうさせるのか分からないでいた。だが、誠一はまず霊獣である九尾に話しを聞いて貰おうとした。
過ごして少し経ったある日。
無視を続けていた九尾に構う誠一。その雰囲気からすぐに自分を封印した陰陽師ではない事。他と違うのだと分かるのにあまり時間は掛からない。
そして、彼は自分の力を見てもいつもと同じに接した。
驚きはしたがそれだけだ。そう言い放つ誠一に、自然と九尾は守りたい存在へと変わる。
だから、彼はあらゆる敵に対し容赦をしない。例え相手が誠一の兄だとしても。
そう決めていたのに、九尾はあっさり兄の言葉に動揺する。
ふと思っていた事。
厄災と呼ばれている自分。尾の1つ1つが高い霊力の塊だ。その数は全部で9本もある。それだけで、九尾がどれだけ強力なのかがよく分かる。
何処に行こうとも自分の犯した罪が付いて回る。
誰かを不幸にしてしまうのかも知れない。誠一にその不幸が無かった場合、全てが安心できるとは限らない。
麗奈、ゆき。裕二、武彦。九尾が関わる人達にそれぞれ不幸が来るのかも知れないと、常々思い何度も違うと思ってきた。
『おれは……俺はっ……!!』
成明の言葉で九尾は分かりやすい動揺を表わした。
否定してきた不幸。しかし、それはよりにもよって誠一が愛した人に向けられてしまったのだ。
最愛の人である由佳里。
例えヘルスが自分の所為だと言って来ても、九尾の頭には別の事が浮かんでいた。
自分の所為で、死なせてしまったのではないか……。
一瞬の隙をついてなのか、九尾が考えすぎていたのか分からないが彼の耳には聞こえた。
誠一が兄である成明を殴り飛ばしていた。
「ぐうっ……」
「それ以上、俺の家族を悪く言うな。次に言えば命はないと思え!!」
『主人』
信じられない事が九尾の目の前で起きた。それ位の衝撃が彼にはあった。
例え家族との縁を切ろうとも、誠一にとっては唯一の肉親。そんな誠一が庇ったのは、契約をした九尾であり彼の事を当たり前のように家族として見ている。
それが嬉しくて、思わず泣きそうになるのを堪える。
「娘にも近付くなよ。あの子には才能がないんだ。お零れを貰おうだなんて、惨めな真似をするんじゃない」
「才能がない、だと……? くっ、くくく」
誠一に向けて牛鬼が襲い掛かる。
仁王立ちをしている牛はそれだけでも迫力があるが、鬼の力を持つ事から腕力はある。殴っただけでコンクリートをへこませる事は簡単だ。
瞬時に封じに掛かったのは九尾だ。
狐の姿ではなく人型になって、牛鬼の腕力と同等の力で抑えている。向き合い、お互いの手を掴んだ時に更にコンクリートがへこんでいく。
「そんな嘘を、本気で信じると思うか!? どうせお前の術で封じているに過ぎんだろう。そんなまやかしがいつまで通じる。自力で解かれたら全て終わりだろう」
「何の話だ。あの子には才能がない。何度も言わせるな」
それが嘘のなのは誠一自身が分かっている。
娘の麗奈に才能がない。それは生まれた時に九尾が見えている事で、その証明はなされていない。逆に母親の由佳里さえも「この子に不運がないのを祈るばかりよ」と、誠一と同じように心配したほど。
本人が分かっていないだけで、誠一達から見れば才能の塊。
時期に父親を超えるのも時間の問題だろう。母親が亡くなった今、娘ならその意思を継ごうとしている。
諦めると言うのをしない。だが、それでも――と誠一は思わずにはいられない。
陰陽師でない職業なら、麗奈はどんな事を願うのか。術の構築を知るだけに時間を取られているが、本来なら友達と遊びたいだろう。
普通を望めない環境で悪かったと思いつつ、それでも麗奈には普通を望んで欲しいという矛盾がでる。
「ふん。良いだろう。今日はその戯言を見逃して置こう……。いつまでも隠し通せると思うなよ」
「2度と来なくていい」
『おりゃあ!!!』
話の区切りが丁度いいと判断したのだろう。九尾が抑えていた牛鬼を思い切り投げ飛ばした所だ。起き上がろうとする牛鬼を札に戻す。そのまま成明は何も言わずに帰っていく。
「ふん。迷惑な兄が悪かったな」
『……別に。あと、その』
「ほら戻るぞ!!」
『あいてっ』
思い切り背中を叩かれ、九尾は思わず咳き込んだ。
ゆっくり息を吸おうとして、上手くいかない。それはさっきの誠一の言葉があるからだ。
『……ホント、朝霧家って人たらしの家族だよな』
「行くぞ九尾。ん、ヘルス君にザジ。そんな所でどうした」
「え、あ……すみません」
「ウニュウゥ~~」
「いたっ……」
小声で言った九尾は反応せず、誠一はヘルスとザジへと声を掛ける。
だから彼等は気付かなかった。その時に、九尾はホロリと涙を流していたのを――。
「今日もキレイだなぁ~」
母の葬儀が終わり、麗奈は夜空を見上げる。
雲1つ無い空を見て、ヘルスの世界にもあるのだろうかと思った。
「……お兄ちゃん。寂しくないのかな」
母親と別れ、いつものように日常が来るだろう。
麗奈もそれに慣れて来て、いずれは陰陽師として働くだろう。だから、今ここで暗くなるわけにはいかない。
だから思ってしまう。家族と別れたヘルスは、寂しい思いをしていないのだろうかと考える。
そんな彼女に答える声が響く。
「寂しいだろうな。家族と別れたのだから」
「え……」
思わず周りを見る。だが、見えるのは馴染みのある家の廊下。そして、声は何もない空間からいきなりパックリと割れた。
「良い方法を教えよう。そのお兄ちゃんを返したいだろ?」
「……お兄ちゃんと、同じ所から……来たの?」
声が震える。なんせ正体が分からない上に、割れた空間からは闇が広がっている。
夜よりも深い暗闇。そこから声が発しているという事実に、麗奈の頭はついていけない。
だが、同時に興味も占めている。なんせ、ヘルスに関わる話であり彼女が知りたい事を知っているのかも知れない。
怖いと思うと同時に強い興味に惹かれた。
「あぁ、同じ世界から来た。……俺はサスクール。お嬢ちゃん、君の力を貸してもらえるか」
「私……? 何にも出来ないけど」
「別に構わないさ。協力すれば、早くお兄ちゃんを戻せるよ」
早く戻せる。
それはヘルスと離れている家族が、自分と同じ思いをしなくて良い事になる。ヘルスから少しは聞いていた。
同い年の弟がいる。その話をしている時、少し寂し気に語っているのを麗奈は知っている。
「うん。……うん、協力する。どんな事をすればいい?」
「手を出してくれ。印をつける」
「印? いたっ……」
右手首にヒリヒリとした痛みが走る。思わず顔を歪めるが、声の主はそれっきり聞こえなくなり同時に姿もなくなった。
夢かと思いつつ麗奈は眠る。
彼女は知らない。良かれと思って行動を起こした事が、悲劇に変わっていくのを――。




