第185話:風魔の言葉
『お前は少しでも考えたことがあるのか!!』
その言葉と共に、鋭い蹴りが放たれる。
風魔の攻撃を受け止めようとしていたユリウスは、キールに引っ張られる形で避ける。
ビュン、と風を切る音と共に壁が粉々になる。
「!!」
「君は力を使うなと言われているだろ。受け止めようなんてするな!!!」
驚いている間に、キールから怒られる。
しかし彼はそれよりも、風魔の容赦のない攻撃が自分に向けられている事に疑問が湧いた。
麗奈の霊獣であり、好意的に接してきた筈だ。
彼女が捕まった時点で、四神と同様に彼も動けなくなっていた筈だ。
なのに、その彼は――憎悪をぶつけている。
(由佳里、様……。麗奈の母親、だよな)
朝霧 由佳里。
麗奈の母親で、誠一と夫婦。武彦は、彼女の父親で麗奈から見れば祖父にあたる。
浄化師の裕二は、彼女の勧めもあってこの職業に就いたのだとイーナスから聞いた事がある。
(麗奈と別れて、約2年……。この世界で、俺達といた)
ズキリと頭が痛む。
その時の事を思い出そうとすれば、必ず頭が痛む。
ユリウスは何度も思い出そうとした。
麗奈と付き合うようになってからも、風魔のことも。なのに上手くいかない。兄、ヘルスがかけた魔法によるもの。
光の魔法の中で、兄が使うのは忘却だ。
個人だけならまだいい。問題なのはそれらが、ラーグルング国全土に広がっている事。キールやランセの話では、自分達は2年もの間に彼女と交流をしていたのだという。
麗奈とゆき、誠一達を受け入れたように。
ラーグルング国に彼女を住まわせ、呪いを調べる手伝いをしていた。
「っ……」
『麗奈様も、何でお前なんかの……。お前なんか好きなる!!!』
彼の怒りは術となって溢れ、2人を襲う。
雷を放ち炎を起こし、風が押し寄せてくる。
「エミナス、インファル!!!」
部屋全体に、もしくは壊れた所も含めて襲う暴風にキールは咄嗟に精霊を呼んだ。
彼の足元と正面に一瞬だけ魔方陣が浮かび、すぐに四散する。
黒と白の一角獣、キールが契約する大精霊がそれぞれに守りを固めた。
ぶつかる衝撃にユリウスは目を瞑る。例え自分に届かないと思っていても、咄嗟にしてしまう。
『お前が由佳里様に、致命傷を与えた。お前が攻撃しなければ――』
その一瞬で、ユリウスの真横に来ていた風魔は告げる。
既にその爪は足へとかけられている。
『由佳里様は死ななかった!!!』
悲痛な叫びと続けざまに言われた言葉。
その事実にユリウスは強張り、痛みを感じた時には遅かった。
『封印の術で削られるのは霊力と自身の血だ。それよりも前に、由佳里様には大きな傷があった。あの傷は魔物のものとは違う。お前にやられたってそう言っていた』
ユリウスの右足は風魔の爪によって削られている。今も立てずに、尻もちをつくも掠っただけにすんだ。
インファルがすぐに人型へと変わり、風魔の対応へと急ぐ。その隙にキールは魔法による治療を開始するも、風魔によって聞かされた事実に少なからず動揺をしていた。
「俺、が……? 麗奈の、母親を」
「今は聞くな」
「でも」
いつもならすぐに終わる治療だった。
キール程の腕なら尚更。それでも、彼の心の内では隠していた。
だが、それが表情として現れているのはユリウスを見れば分かる。お互いに、衝撃が強すぎた。脳への処理も「何故?」と言う疑問が埋め尽くす。
『お前等が呼ばなければっ……!!! 由佳里様は今でも、麗奈様と幸せに暮らしていたんだ。お前等が、全部それらを台無しにした』
《風魔っ。今はそんな時では――》
インファルが止めるように説得するも、風魔は止まらない。
『本当に帰す気はあったのか。何も言わないから、忘れてくれるとでも思ったのか……!!!』
《キール!!!》
インファルを蹴り飛ばし、エミナスの後ろにいるユリウスとキールへと再び狙いを定める。
雷でエミナスの動きを封じ、ユリウスを無視してキールに牙を突き立てる。
「!!」
体を動かそうとしたユリウスだったが、床に叩きつけられた衝撃で抜け落ち――気絶した。
《キュ、キュウ!!》
バサバサと羽音が聞こえ、目を開けようにも上手くいかない。
《ウキュウ!! キュ、ウキュウゥ~》
「……き、み……」
《ウキュ、キュ》
段々と視界が見え始めて来る。
自分と同じ紅い瞳が綺麗な、白い小さなドラゴンはユリウスの耳を軽く噛んでいる。
時には耳元で羽音を聞かせ、早く起きるようにと急かされる。
そこで思い出していく。
風魔の攻撃で、自分達は下へと叩き落とされたこと。ペロペロと頬を舐められ、早く早くと訴える白いドラゴン。
ユリウスにしか見えない、謎の精霊。
他の精霊達に聞いても、存在はギリギリ感知出来ても姿が分からない。そして、何故だかユリウスには懐いている様子。
(足……。痛みが、ない?)
治療をしていた筈なのに、痛みがなかった。
キールも手間取っていたので、痛みがない程に感覚がなくなったのだと思ったがそうではなかった。
《フキュゥ》
「悪い。君のお陰、だな」
《キュウ♪》
どうやらドラゴンによって治療が終えられていたようだ。
お礼を込めて頭を撫でれば、子供と思われるドラゴンは嬉しそうに目を細めていた。
「君は、主ちゃんの霊獣じゃ……ないんだな」
その声にハッとし、ユリウスは周りを見渡す。
少し離れた所には両腕がダランとなったキールが首を締められている。風魔が力を込めれば、苦しそうに顔を歪めている。
『当たり前だ。彼女には契約したんだと嘘をついて、お前達を殺す機会を伺っていた』
「だま、したのか……。主ちゃんは、喜んでいたのに。自分にも霊獣がって」
『っ、黙れ!!!』
「ぐあっ……」
図星だったのか、風魔は自らの爪で斬り裂こうと動く。一瞬で姿を消したキールに、周りを警戒した彼はすぐに後方へと風を放つ。
「一体、何がどうなっている」
「げほっ、げほ……。こっちが聞きたいんだけど」
放たれた風はランセの起こした魔法で消し去り、同時に風魔の動きを封じた。
苦し気に息を吐くキールを見た後でユリウスと視線が合う。
「風魔。事情は終わってから――」
『許せない……。お前達は、朝霧家を不幸にしているっ』
「待て、風魔。それは」
ギロリと睨んだ風魔にユリウスは言葉が詰まった。
違うと言いたくてもその自信がない。
思い当たる節はなくても、それは記憶を失ったから言えること。
なら――兄のヘルスによって記憶が操作されているのならば、風魔の言うように自分は……。
『何で由佳里様が選ばれる!!! 何で娘である麗奈様も巻き込まれるんだ!!! 何もかも奪って、不幸にして……お前等の所為で、お前等が居たから由佳里様を奪われたのにっ』
本当なら長期任務の後に家に戻れるはずだった。
自分の帰りを待っている娘の為に、夫の為に。引き取ったゆきと裕二がいる。自分の父親が居て、何気なく凄く日常。
麗奈には自分が居ない間、家の事も含めて陰陽師としての仕事を頑張る様に言った。
ゆきには伸び伸びと過ごして欲しいと言ってきた。
あわてんぼうの裕二には何度も落ち着くように言い、時には2人の兄としての威厳を見せる事も言ってきた。
『九尾も清も、僕と過ごした記憶が無くなってて……。僕は由佳里様の霊獣なのに、その記憶が彼等にはなくてっ……』
「ヘルスの魔法の影響か」
怒りに狂う風魔は信じられなかったと叫んだ。
封印の時に邪魔をしたのはユリウスであり、彼女はそれ責める事もしなかった。彼であって彼ではないと言った意味が分からず、風魔は怒りを覚えた。それを止めたのも契約者の由佳里であり、自分を北の柱へと封じたのも――彼女なんだと。
次に目を覚ました時には、娘の麗奈がショックを受けた。
自分の事を覚えていない上、朝霧家で暮らしてきた記憶全てがなかったことにされた。
それがヘルスの魔法によるものだと分かっていても、風魔にはどうしても許せない事があった。
『母親を殺した男を好きになるなんて、と思ったさ。事実を知らないでいる麗奈様が可哀想でならない』
だから今がチャンスなのだと言った。
どうしようもない怒りが風魔を駆り立て、ユリウスを殺せるのはここしかないのだと。
「それ以上は考えるな!! 闇に取り込まれるぞ」
『全てを、捨てても……お前だけは!!!』
ユリウスに殺意が向けられる。明かされる事実に、ユリウスはただ呆然としているしかない。
怒りを鎮める方法が浮かばない。ランセの注意も空しく爪で引き裂こうと動く風魔。
2人の間に割って入った白いドラゴンは、ユリウスを守る為に羽を広げ――虹の光が風魔を包んだ。




