第180話:奇跡の力
ガロウの記憶から、彼等の身に何が起きたのかを読み取ったサスティスは「そんなことがあったんだ」と静かに言った。
それだけで、ガロウは見られたのだと分かり鋭く睨んだ。
「勘違いしないで。あの子に助けられているのは私だって同じなんだよ。お願いだから、敵認定しないで」
ガロウの記憶を軽く覗くつもりだったが、思わぬ収穫を得た。
サンクの記憶も同時に見えているのか、サスティスは納得したように頷いていた。
「それにしてもアイツも無茶をする。属性転換はリスクが多いのに、よりにもよって光の精霊と契約するだなんて。それで彼は、扱えない筈の闇の力を扱いながらも同時に自分の属性を操れる特異な精霊になった。前から不思議に思っていた謎が解けて納得したよ」
《うるさい。さっさとしろよ》
「誰か居るの?」
ハルヒが小声で聞いてくる。
ガロウは身を固くし、サスティスが見守る。何も答えないガロウに、ハルヒは不思議そうな顔で見ている。
そこに、ヤクルが手伝えることはないかと聞いてきた。
《ヤクル。煉獄は聖属性の力も多少は含んでいる。呪いの妨害に繋がるだろうから、手を握っているだけでも違うぞ》
「そうか……」
サラマンダーからの説明で、そっとゆきの手を握る。サスティスが居る所には、破軍が座るようにし結界を作り上げていく。
防音だという説明をしたが、本来はサスティスが居ても違和感がない様に偽装しただけ。同時に、彼の声が聞こえるようにと設定をした。彼の存在を認識出来るのは、この中では死神に関わった事があるポセイドンと破軍、ガロウだけ。
サスティスの存在にいち早く気付いたポセイドンは迷った。
この事をハルヒに告げるべきかどうか。そんな迷いを抱きつつも、破軍に『内緒で』と言われれば従うほかない。
なによりハルヒの安全の為。そして、彼以外の人物達を巻き込まない為だ。
『これで話をしていても、主達からは不審がられない。……それで、死神さんだよね? 呪いは解除できそうなのかな』
「お気遣いどうも。アイツの呪いならすぐにでもやりたいが……。解除した先から別に呪いが付与されていく。だからこっちも2手3手と先を呼んで対処している。もうちょっとだけ――」
《……何でここまで干渉する》
「さっきも言ったでしょ? あの子の為だって」
そこでガロウが真っ先に浮かんだのは麗奈だ。
精霊に好かれやすく、自分の名前も存在理由を忘れかけていたサンクに仮の名を与えた。
クラーケンも新たに名前を授かった事で、呪いの呪縛から解かれハルヒとの契約を果たした。それだけ精霊にとって名前を与えられる事は破格のものだ。
サンクはそれがきっかけで、名前だけでなく今までの記憶をも呼び覚ました。小さなきっかけだが、確実に変化をもたらした。それを何でもない風にする麗奈に、ガロウはおごらない性格なのだと最初は思った。
だが、それが時折違うのだと分かることもある。
他人を優先するのに、自分の事は簡単にないがしろにしてしまう。無茶を無茶だとは思わない。
妙な違和感がガロウに渦巻き、ランセに相談した事があった。
「その違和感、私も時々感じる事があるんだよね。……母親を亡くしたショックなのか、別に引っかかる事があるのか。麗奈さん、自分の事はなかなか話さないから心配でもあるんだけど」
感じた違和感を、サスティスにも告げる。
彼は何故だか納得したように考え込んでいる。麗奈と同じように、自分の事をないがしろにしている人物に心当たりがあるからだ。
「もう1人の……。私の相棒が、そんな感じなんだ。彼女と強い絆があるのに、自分の事はほっとけだの知らなくていいだの。大事にしている割に、いざとなれば自分の事を殺せると思うよアイツ」
『あぁ、彼女に懐いている感じの』
「……懐くって」
『警戒心むき出しなのに、途端に大人しくなるしあの子に対して甘えているし。……懐いているようにしか見えないよ?』
否定しつつも、妙に納得してしまう。
懐くという時点では、自分も似たようなものだと思い「そうだね」と返す。
『それなら彼女の呪いの状況は分かるんだね? どんな感じなの』
「向こうも同じような感じだよ。何重にも、呪いが重ねられてて解いた先から別のと組み合わせられる感じ。元になる様なものを壊さないと、ずっと続けられる気がするな」
『……核みたいなものを探すってことか』
「奴から距離を離そう。少しでも影響を受けないようにしないと」
言った途端、急激に風景が変わった。
移されたのは部屋の一室であり、魔物や魔族の気配はない。その変化に驚いたハルヒとヤクルだったが、ポセイドンが苦し紛れに移動したんだと説明。
死神がやったとは言えず、本来なら精霊でさえあの空間を脱出するのは難しい。
その言動が気になったハルヒが質問しようとした時、慌ただしく入ってくる足音が聞こえ「ハルヒ様!!」と呼ばれながら押し倒された。
「っ。ハルヒ様っ……!!! ハルヒ様ですよね。本物……本物ですよね!?」
「ちょっ、なに……」
「うああああんっ、ハルヒ様だぁ。本物です~~」
「うぐぅ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、こんな事をして来る人物は1人しか居ないと断言できる。
その後も泣き止まないアウラを落ち着かせつつ、ゆきに起きた呪いを説明をした。仕掛けた相手が精霊とエルフを殺す魔王であり異質な存在である事。
今は魔族のティーラとエルフであるフィナントが応戦しているが、それよりも優先して狙いっているのがゆきであること。
彼女が人間でありながら、エルフだけが扱える聖属性を扱える事から狙われているのだと話す。それを話しつつも、ウンディーネ達はサスティスの存在に警戒を示していた。
「ウンディーネ。呪いの進行を遅らせる、もしくは呪いの本体のようなものって感じ取ることは出来るのでしょうか?」
《……》
「ウンディーネ? どうしました。ゆきの事をじっと見て……。状況が悪いのですか?」
死神が深く介入してきた例はない。
その異常さに拭いきれない不安があったウンディーネとシルフとイフリート。どう説明をしていいのか分からず、答えが返ってこない事に不安を覚えたアウラは再度、同じことを聞いた。
はっとなったウンディーネはごまかしつつ、ゆきの額に手を置く。
「お邪魔していると君達の集中力が切れるかも知れないから、私は退散しとくよ。呪いの進行は遅くしたけど、同じ闇属性の精霊がいればもっと遅くなるから。影響を受けた奴がいるからこれ以上はキツそうだ。それじゃ、頑張ってね」
そう言って姿を消したサスティスに、気を張っていたウンディーネ達は安堵した。
その中で、魔族のブルトだけが死神を認識していた。
(今の……。助けているのか? 魂を狩り取る、死神が……)
呪いの進行を遅くしたと言っていた。
魂を回収すると言われている死神の不可解な行動に、ブルトは困惑した。そして同時にきっかけが、誰であるのかも自然と分かってしまう。
(麗奈ちゃん。君は……一体、何者なの?)
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「コイツ!!!」
ティーラの振るう闇の力に、バルディルが同じ力をぶつけて相殺。
足元から伸びた光の蔓を感知し即座に切り刻む。その魔法を使ったフィナントごと巻き込むようにしたが、その力を感じ取ったティーラによって回避される。
「礼は言わんぞ」
「言って欲しいとか思ってねぇよ!!!」
ランセからラーグルング国にはエルフが居ると聞いていた。
気難しい奴だと思いつつ、フィナントの事を乱暴に突き放す。お互いに悪態をつきつつ、フィナントは気配がない魔王に警戒を示す。
逃げられたかと思っていると、自分達の居る場所が光に包まれていく。
暗い空間にいたのが嘘のようにあらゆる所に光が差し込み、姿を消していたバルディルが見えてくる。
《サクレ・オンブル》
その光の空間の中で、生み出されるのは白と黒が混じり合った剣が1つ。
通常はそのどちらも反発し合う。サンクは既に光を操りながらも、ランセの闇の力を取り込んできた。
自分の死を偽装するための力。
自身の経験と記憶だけでなく名前すら無に帰する覚悟を持って、魔王を討つ為だけに力を溜めて来た。
その結果、あり得ない筈の力を生み出した。
「お前、あの時の生き残り……。自ら闇に飲まれる選択をしただとっ!!」
それは既に自我はないと断言する中、サンクは否定した。
例え本来の名前、記憶が消えようとも与えられたものあるのだと。
《あの子から貰った仮の名前がなければ、もっと早くに消滅していた!!》
(アイツっ、自爆する気か!?)
サンクの意図を読んだバルディルは、即座に逃げようとしたが魔力が練られなくなっている事に気付く。その事実に驚いている内、羽交い絞めをされ動きを封じられる。
それを実行に移したのはティーラ。続けて逃げられないようにと鎖で、動きを封じたのはフィナントの魔法だ。
「貴様っ」
「俺の部下を殺しただけじゃなくて、精霊にまで喧嘩売ってたとはな……。構わねぇ、俺ごとやれ!!!」
そんな口論をしている内、サンクの魔法が迫りくる。
ティーラの言葉が届いていたのか、振り下ろされた刃がバルディルを貫いた。




